西アフリカのどんな国より旅しやすい東アフリカのケニアの魅力について
こんにちは、自転車世界一周の周藤卓也@チャリダーマンです。コンゴの首都Brazzaville(ブラザビル)で次の国のビザがどうして取れず、不本意ながらも飛行機を使いました。そうして東アフリカのケニアの首都Nairobi(ナイロビ)へと降り立ちました。
英語、左側通行、安宿、食堂、スーパーマーケット……西アフリカと比べて世界が変わりました。走り始めると山岳地帯へ突入して、スケールの違う景色が飛び込んできます。道路わきには野生動物まで出てきてくれました。ケニアは人たちもやさしく、楽しく旅ができました。ただ、料理に不満さえなければ完璧だったのですが……。
東アフリカにおけるビジネスの中心ケニアのNairobiはこの辺り
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フライト当日、タクシーを捕まえて空港に向かいました。「こんなに大きな荷物が後部座席に乗るかな」と心配してたんですが、タクシーの後部座席が倒れてトランクスペースが広がり、問題ありませんでした。
新しく綺麗なMaya-Maya Airport。
チェックインを済ませ、出国手続きも済ませます。マラリアと腸チフスで寝込んだり、ビザ(査証)取りに時間を費やしてしまい、コンゴの滞在は一ヶ月近くになっていました。
Brazzavilleを離陸した飛行機は、驚いたことにKinshasa(キンシャサ)に着陸しました。直線距離にして約25km、空の上にいたのは10分ぐらいでしょうか。離陸とともに、窓越からみえるザイール川がどんどん広がって行き、遊覧飛行をしているみたいでお得な空の旅でした。
Kinshasaを飛び立ったのはいいけれど、お腹が空いて仕方ありません。15時を過ぎてようやく機内食が出てきました。
飛行機はコンゴ民主の上空を飛んで行きます。窓から地上をのぞいてみると、緑の木々が芝生のように敷き詰められています。人工物は何もなく、河が森を引き裂いているだけです。何もありません。でも、行ってみたいと憧れてしまいます。
やがて、アナウンスと共に暗闇の中に街の光が見えてきました。それは次第に大きくなっていきます。飛行機はエチオピアの首都Addis Ababa(アディスアベバ)に到着します。Brazzavilleからはエチオピア航空を利用しました。乗り継いで、Nairobiに向かいます。
Addis AbabaからNairobiに向かう間にも機内食が出ました。
飛行機は深夜にNairobiの空港に到着しました。ケニアもビザが必要なのですが、空港で即時に取得できます。今までの苦労はなんだったんでしょう。特にBrazzavilleではコンゴ民主とアンゴラのビザを断念しただけに、この違いは衝撃でした。深夜なので空港で一晩を明かします。
明るくなってから空港で自転車を組み上げました。ここから、東アフリカの旅が始まります。
空港のATMでケニアの通貨であるケニアシリングを手に入れました。1000シリング札の裏にはゾウがいます。
左側通行になりました。アジア横断、ヨーロッパ周遊、西アフリカ縦断と2年5ケ月近くずっと右側通行だったので戸惑います。
空港から約20kmを走って首都Nairobiの中心に入りました。近代的なガソリンスタンドに感動しながらも、街を闊歩する牛はこれまでのアフリカと同様でした。選んだルートがまずかったのか、中心に近づくに連れて交通渋滞で進めません。中心部では自転車を押して歩いてました。激しい人の往来と雑然とした街なみは、ケニアと同じく旧イギリス植民地だったシエラレオネのフリータウンのようでした。Nairobiにはこれからの準備のために何日か滞在しました。
Nairobiの中心部。
南北を走る大きな通りが東側(左)の商業地区と西側(右)のビジネス地区とを分けています。
商業地区の電気街には電機メーカーの看板がいっぱい掲げられています。
ビジネス街の高層ビル。
Central Parkから眺める高層ビル群。
紫が美しいジャカランダの花の季節でした。
Nairobiの街なみを彩ります。
Nairobiは危険というイメージがあったのですが、そうでもありませんでした。確かに人の往来が激しくて、慣れていないとびっくりするでしょう。歩いていると必ず誰かにぶつかります。ただ路地や裏道に迷い込まず、人通りの多い道を歩いていれば問題ないでしょう。あと不用意な夜の外出は避けて。これまでのアフリカと変わらない感じでした。
Kenyatta International Conference Centre(ケニヤッタ国際会議場)は30階建て、高さは105m。この建物の屋上が展望台となっていて、Nairobi市街を一望できます。料金は外国人400シリング(約300円)です。
高層ビルが林立するビジネス街。ケニアだけでなく東アフリカにおけるビジネスの中心でもあります。
こちらにも大きな通りを挟んで高層ビルが並んでいます。
Nairobiから北に市街が広がっています。遠くにうっすらと標高5199mでケニア最高峰のMt.Kenya(ケニア山)が見えていました。
市街の向こうに広がる平原はNairobi National Park(ナイロビ国立公園)です。園内にはライオン、キリン、インパラ、シマウマなどがいるそうです。展望台で一緒になった地元のケニア人は、「昔は市街までライオンが現われて大変だったよ」と言ってたのですが本当でしょうか。
この円筒形の建物は世界のヒルトンホテルです。
Nairobiは標高約1600mの高原に位置していているので、空を近くに感じます。くっきりとした白い雲と、澄み切った空の青さは、いつ見ても気持ちのよいものです。
地元の子どもたちが社会科見学に来ていました。彼らはこちらを気にしているけど、なかなか前にでてきません。それでも少しだけコミニケーションを取れました。そのときの彼らの目の輝かせかたといったら。セネガルのゴレ島にいた社会科見学の子どもたちは「シノワ、ヒーホン」とげらげら笑っていて不可解でした。だからこそ、彼らの凛々しさが印象に残りました。
Nairobiに来て、よく働くケニア人に感動しました。食堂でてきぱきとオーダーを取ったり、料理を出している姿は日本と変わりません。西アフリカでは見たことのない光景でした。ケニアの人たちはちょっと違って見えます。
Nairobi郊外でショッピングセンターをみかけました。
そこにKFCがあって驚きました。2011年8月にオープンしたようです。まだマクドナルドはありません。KFCは同業他社に先駆けて、これからが期待される国々へ積極的に事業展開を広げているから面白いです。カンボジアのKFCもそうでした。
ショッピングセンター、スーパーマーケットとケニアの流通には目をみはるものがあります。首都だけでなく地方都市でもスーパーマーケットが充実していました。工業国ですのである程度のものは自国で生産しています。このケニアと匹敵するのは、西アフリカだとモロッコくらいしか思い浮かびません。それだけケニアは発展しています。そして物価も安いです。貧富の差が大きすぎると、一部の人しかお金を使わないため物価は下がりません。だけど、たくさんの人がお金を使える環境になると、物価はどんどんと下がっていきます。ケニアは後者でしょう。地に足のついたしっかりとした経済発展をしているようでした。
Nairobiでは1000シリング(約800円)の部屋に泊まっていました。
……何このUFOみたいなの?69カ国目にして初めてみかけました。電気でお湯を作り、ホットシャワーが浴びられるというシロモノです。こんなに小さいのに、湯加減は満足いくものです。
そしてトースト、卵料理、バナナ、オレンジジュース、コーヒーと、朝食までついています。
この宿も西アフリカを旅してきた自分にとっては衝撃的でした。朝食なし、水シャワーでここより高い宿なんてたくさんありましたから。宿の従業員はスーツや作業服の姿で整然と仕事をこなしています。快適でくつろげたのですが、今までと世界が変わって少し落ち着きませんでした。
ケニアに来て食事事情も変わりました。鍋をもって屋台を開いているおばちゃんを探す必要がありません。
ウガリと牛肉ソース。トウモロコシやキャッサバの粉で作られたウガリは、東アフリカ一帯で主食として食べられています。日本でいうご飯のようで、どこにでもありました。
ピラフですが味がしません。「旧イギリス植民地の料理は美味しくない」と聞いてましたが、まさかこれほどとは夢にも思いませんでした。思い返せば旧フランス植民地が多い西アフリカの料理に不満だったことはありませんでした。多くを望んでいるわけではないのですが、このピラフは例えるならスープがお湯のラーメン、ソースのないお好み焼きみたいに残念なことになっていました。
Nairobiのファストフードはフィッシュ&チップスならぬチキン&チップス。
こちらもチキン&チップスのお店で買える輪切ポテトのフライ。チップスやこうしたポテトを美味しく食べるために、マイケチャップを買ってしまいました。
Nairobiを後にしてウガンダ方面を目指しました。Nairobi→Nakuru→Eldoret→Wbuye→ウガンダという行程でした。起伏の少ないサバンナを軽快に走る姿を想像していたら、
いきなり山岳アドベンチャーへ突入。たくさん上らされました。
でも、思わず声をあげてしまう壮大な景色が姿をみせます。
眼下に広がる景色はミニチュア模型のようです。
遠くに広がっていく荒野に薄っすらと道が伸びています。
Nairobiを出た日は250シリング(約200円)の安宿に入りました。この日はヒルクライムが続いて目的の街に入れませんでした。
翌朝、まだまだ続く上り坂。でも3kmも走らないうちに峠のてっぺんまでたどり着きました。
右側にはダウンヒルにいたる道路、遠くの平原まで降りていきそうな勢いです。
手を伸ばしたら届きそうな程の距離で、真っ白な雲が飛んでいきます。
ダウンヒルの向こうにLake Naivasha(ナイバシャ湖)が広がっていました。
湖は標高約1850mにあります。静かで穏やかな湖でした。
Nairobiから2日で約150kmを走り、Nakuru(ナクル)という街に入りました。
Nakuruのメインストリート。
Nakuruで泊まった宿も1000シリング(約800円)でした。
怪しい空模様だったので屋根のある喫茶店へ逃げ込んだ直後にこの雨がきました。こんなのに遭遇したらひとたまりもありません。まぁ、前日はびしょびしょになったのですが。
Nakuruを出たこの日も250シリング(約200円)の安宿に入ります。ケニアでは集落単位で宿があったので助かりました。宿の数はこれまでのアフリカで一番充実していました。西アフリカみたいに「今日はここまで行かないと宿はない」でなく、ケニアでは「今日はこの時間まで走った時点で宿を探そう」という形で進んでいました。
道路に面して商店や食堂の建物が連なっています。この表側は見栄えはいいのですが、建物の裏側に入るとこのように何もありません。でも、こんな小さな集落にも宿があるのですから、ケニアの旅はやりやすいです。
緑が広がる景色。
赤道直下でダウンジャケット。北半球に戻っちゃいました。標高9100フィートは約2750mにもなります。標高2500mを超えていた田舎の安宿に泊まった際、地元の人はジャケットに帽子と防寒装備でした。夜は冷えます。赤道直下だからといって暑い所ばかりではないのです。
空に近いお牛様。
気持ちのよい緑の丘をみかけました。
Nakuruから2日で約150kmを走り、Eldoret(エルドレット)の街に着きました。
Eldoretのmatatu(ミニバス)乗り場。
Eldoretの宿はトイレ・シャワー共同で700シリング(約600円)でした。
ケニアでは「アフリカに入ったなら見てみたい」と待望していた野生動物たちに会えました。
シマウマは縞の馬。いきなり道路わきに現れました。
次は群れで出てきました。見つめてくる仕草と距離の取り方は、これまでの草食動物と変わりません。
オーストラリアの牛やサハラ砂漠のラクダのように、ケニアのシマウマは普通にそこにいました。
木の上でガサゴソと音がしたと思えば、
そこには猿の姿がありました。
そしてケニアの人たち。
小さな子どもたちを捕まえました。
素敵なおばさま方。
バイクの兄ちゃん。
立ち止まっていたら、囲まれてしまったりして。
可愛い可愛い。
パンク修理をしていたら、集まってきました。
ケニアを西へ西へと進んでいくと、ウガンダ・ケニア国境に跨がる標約4321mのMt.Elgon(エルゴン山)が見えてきました。
大型トラックが並んでいたケニア→ウガンダの国境。
東アフリカの旅のスタートが切られました。このまま南アフリカまで走る予定です。次はウガンダへ向かいます。
(文・写真:周藤卓也@チャリダーマン
自転車世界一周取材中 http://shuutak.com)
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