メモ

30年以上前に人類を核戦争による絶滅から守った1人の男とは?

by geralt

人類が最も核戦争に近づいた日の1つが、1983年9月26日だということはあまり知られていない事実。この日、ある男性が実際とは違う決断をしていたら、何億人もの人が死に、核の影響で地球環境がまるっきり変わっていた可能性があります。その判断のせいでソビエト政府から尋問にあいながらも、地球と人類を救った男性について、ジャーナリストのdylan matthews氏がつづっています。

WashingtonPost.com: Cold War Report
http://www.washingtonpost.com/wp-srv/inatl/longterm/coldwar/shatter021099b.htm

Stanislav Petrov saved more lives than just about any human who ever lived - Vox
https://www.vox.com/2018/9/26/17905796/nuclear-war-1983-stanislav-petrov-soviet-union

この日、ソビエト連邦のミサイル攻撃警告システムは「LAUNCH(発射)」という言葉を表示しました。これは非常に高い確率で大陸間弾道ミサイルがアメリカからロシアに向けて発射されたことを意味するもの。そして、この警告は次から次に、計5発分表示されることになりました。

当時、ソビエト連邦の軍に従事していたスタニスラフ・ペトロフ中佐は、この表示を目にし、決断を迫られました。警告があったことを上に報告すれば報復としてのミサイル発射が行われることになります。ダブルチェックを行う時間や、アメリカと交渉する時間はありません。

by Queery-54

当時のレーガン政権は、それまでのカーター政権やニクソン政権よりもソビエト連邦に対して強硬な姿勢を取っており、戦略防衛構想を打ち出していました。またレーガン政権はソビエト連合に対抗するため西ドイツやイギリスにパーシングIIという二段式弾道ミサイルを配備している最中であり、アメリカとソビエト連邦との競争が苛烈して実際にアメリカがミサイルを撃ってきたという可能性も、十分に考えられたとのこと。

しかし、ペトロフ中佐と彼のチームは5度にわたって表示された警告を「誤報」だと判断し、上へ報告しませんでした。実際に、この警告は太陽光が雲に反射したものをミサイルだと誤検知したものだったと、後に判明しました。1983年当時のソビエト連邦は3万5804発の核弾頭を、アメリカは2万3305発の核弾頭を保有しており、ペトロフ中佐の報告次第では核戦争に発展してもおかしくありませんでした。1979年5月に発表された(PDF)報告によると、両国が相手に向けてミサイルを発射した場合、2国合わせて1億3600万~2億8800万人の死者が出ると予測されていました。加えて、戦争が地球の気温に影響し、農業が打撃を受けてさらに死者が増える可能性もありました。

何億人もの人の命がかかった決断は、ペトロフ中佐にとってとてつもなく重いものでした。もし判断が間違っていてアメリカのミサイルがロシアに到達すれば、運よく生き残っても反逆罪に問われることになったはず。実際に、ペトロフ中佐の判断は間違っていなかったにもかかわらず、ペトロフ中佐は激しい尋問を受け、その決断が政府から称賛されることはありませんでした。


しかし冷戦が終わると、ペトロフ中佐は国連から称賛され、国際平和賞であるドレスデン賞を受賞しました。2014年にはペトロフ中佐のドキュメンタリー「The Man Who Saved the World」が公開されましたが、この中でペトロフ中佐は「私はちょうどその時、その場所にいただけです」と語っています。その後、2017年、ペトロフ中佐は77歳で亡くなりました。

核戦争を防いでくれたのはペトロフ中佐だけではありません。ソビエト連邦の潜水艦「B-59」の副艦長であったヴァシーリイ・アルヒーポフ氏も、キューバ危機の際、アメリカ海軍への核魚雷の発射を防いだ人物として知られています。

by National Geographic

1962年10月27日、キューバ近郊の潜水艦の中で、連海軍は核魚雷の発射準備を始めました。核魚雷の発射には3人の士官の承認が必要であったところ、アルヒーポフ氏以外の2人は「核戦争はすでに始まっている」と考え承認を行いましたが、アルヒーポフ氏は異議を唱えました。これにより、核戦争の勃発はすんでの所で防がれたわけです。アルヒーポフ氏は1998年に72歳で死亡しましたが、その死には原子力潜水艦K-19の原子炉事故による被ばくが影響したとみられています。なお、B-59の事実が明らかになったのは2002年になってのことでした。

さらに、ロシアの初代大統領のボリス・エリツィン氏も、1995年1月25日にアメリカから核弾頭が発射されたという報告を受け、決断を迫られました。ロシアの核弾頭を担当する部隊は迎撃に備えましたが、エリツィン氏は最終的に「反撃を行わない」という決断を下しました。後になって、実はこれも誤報であり、ロシアの警告システムが検知したのはアメリカとノルウェーが協力開発したオーロラ研究用のロケットだとわかったとのこと。

by Президент России

これまでに核戦争寸前まで行ったことは一度ではなく、ロシアとアメリカが核兵器庫を持ち続ける限り、同じことが起こる可能性はあるとDylan Matthews特派員は述べました。

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in メモ, Posted by logq_fa

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