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Apple・AMD・テスラ・Intelを渡り歩いた天才エンジニアのジム・ケラー氏へのインタビューが公開中、Intelで一体何をしていたのか?


AMDのAthlonZenマイクロアーキテクチャApple A4など数々のチップ開発に携わり、「天才エンジニア」と高い評価を受けるジム・ケラー氏は2021年1月にIntelを突如退職し、記事作成時点ではAIチップのスタートアップであるTenstorrentの社長兼最高技術責任者を務めています。そんなケラー氏に、技術系ニュースサイトのAnandTechがインタビューを行っています。

An AnandTech Interview with Jim Keller: 'The Laziest Person at Tesla'
https://www.anandtech.com/show/16762/an-anandtech-interview-with-jim-keller-laziest-person-at-tesla


なお、ジム・ケラー氏の経歴は以下の通り。

入社退職年企業肩書き関与した製品・プロジェクト
1980年代1998年DECアーキテクトDEC Alpha
1998年1999年AMDリード・アーキテクトK7マイクロアーキテクチャ
K8マイクロアーキテクチャ
HyperTransport
1999年2000年SiByteチーフ・アーキテクトMIPSアーキテクチャ
2000年2004年Broadcomチーフ・アーキテクト
2004年2008年P.A.Semiエンジニアリング部門ヴァイス・プレジデントモバイル向け低電力チップ
2008年2012年Appleエンジニアリング部門ヴァイス・プレジデントA4
A5
2012年8月2015年9月AMD副社長
チーフ・コア・アーキテクト
Project Skybridge
K12
Zen
2016年1月2018年4月テスラ自動運転部門ヴァイス・プレジデント
ハードウェアエンジニアリング部門ヴァイス・プレジデント
完全自律運転(FSD)チップ
2018年4月2020年6月Intel半導体エンジニアリング部門シニア・ヴァイス・プレジデント
2021年 Tenstorrent社長
最高技術責任者
未定


AnandTech(以下、AT):
あなたが手がけたものはすべてAMDに引き継がれているのでしょうか?それともあなたのアイデアをもとにまたZenのロードマップが展開されるのでしょうか?


ケラー氏:
基本的にはロードマップに沿って構築していくわけですから、私はチップに関わるごとに、5年間何をしていくかを考えました。Appleで最初にA4チップを作った時も、まず最初に大きな骨組みを作りました。コンピューターを高速化する場合には、「基本的な構想を大きくする」と「機能を追加・調整していく」という2つの方法があります。Zenでは、数世代後では当たり前のことを可能にするため、最初から大きなロードマップを描いていました。AMDはそれを一貫してやってきたわけです。

なので、どこかのタイミングでZen構想を大きく書き換えて変革しなければならないでしょう。Zenは私が関わっていた時には数年にわたる大規模なロードマップを描いており、AMDは見事にその構想を実現してきました。しかし、私がAMDを離れてからもう何年も経っています。

Jim Keller Leaves AMD | PC Perspective http://t.co/nWeVRhZw2Y pic.twitter.com/JK2kIt9rTR

— Ryan Shrout (@ryanshrout)


AT:
そうですね。最も新しいZen 3アーキテクチャはZenアーキテクチャを大幅に書き換えたものだとAMDは述べていました。一方で、Zenプロジェクトはまだケラー氏の影響下にあると指摘する人もいると思います。

ケラー氏:
何とも言えませんね。私たちはZenをゼロからデザインしました。しかし実際に作ってみると、使い勝手のよさからBulldozerJaguarの一部を流用することもありました。それらを修正し、新しいZenアーキテクチャに組み込みました。ハードウェアエンジニアたちは、優れたコードを使うことが得意なのです。

そのため、「Zen 3で大規模な見直しや設計の書き換えを行った」といっても、おそらくさまざまなコードを抽出して再設計した部分はあるでしょうが、コードの20%から80%が同じものだったり、軽い修正であったりしても不思議ではありません。それはいたって普通のことです。大事なのはアーキテクチャの構造を正しく理解し、必要に応じてコードを再利用することであり、複雑なものに手を加えてどうにかすることではありません。なので、もしAMDが「設計の書き換えを行った」というのは、アーキテクチャを修正したということなのでしょう。


AT:
まだ退職したばかりで話せないことも多いとは思いますが、Intelで何をしたかについて、詳しく教えてください。

ケラー氏:
もちろんあまり多くは語れません。私は半導体エンジニアリング部門のシニア・ヴァイス・プレジデントを担当しており、チーム人員数は1万人でした。いろんなことをやっていて、とにかくすごいのです。一度に60個だか70個だかのSoCを、文字通り設計から試作、デバッグ、生産まで一貫して行っていました。メンバーは多種多様で、スタッフにはヴァイス・プレジデントや上級研究員もいて、かなり大所帯となっていました。

私はてっきり新しい技術を開発するために呼ばれたのだと思っていました。私はIntelでのほとんどの時間を、新しいCADツールや新しい方法論、チップの新しい開発手法など、組織や方法論の変革に費やしてきました。私がIntelに入る数年前に、IntelはSoCというチップ構築の考え方を採用し始めました。しかし、Intelは優れたクライアントやサーバーの部品を単純にバラバラにしていただけで、うまくいっていませんでした。部品をただバラバラにするだけでなく、部品をちゃんと再構築しなければなりませんし、それに伴う方法論の一部も必要になります。


また、IP品質やIP密度、ライブラリ、特性評価、プロセス技術にも多くの時間を費やしました。私の毎日はかなり忙しく、1日で14もの案件を抱えることもありました。クリック、クリック、クリック、クリックするだけでたくさんの物事が処理されていきました。

AT:
Intelではたくさんの会議を行ったようでしたが、ケラー氏は何かを成し遂げましたか?

ケラー氏
技術的には何もしていません。「あなたはシニア・ヴァイス・プレジデントです」と言われ、評価をしたり、方向性を決めたり、判断を下したり、組織や人を変えたりしました。しばらくすると、仕事の結果がちゃんと積み重なっていきます。何かをやりとげるために重要なことは、自分がどこに向かっているのかを知ることであり、その方法を知っている組織を構築することです。なので、コードはあまり書きませんでしたが、メールはたくさん送りました。

AT:
Intelは2021年2月に、Intelの元最高技術責任者であるパトリック・ゲルシンガー氏をCEOに迎えました。もし機会があれば、Intelに戻ることも考えますか?

ケラー氏:
わかりません。今の仕事は非常に楽しいですし、爆発的な成長を遂げている市場に身を置いています。だから、ゲルシンガーCEOの幸運を祈っています。ゲルシンガー氏がCEOに就任したのはIntelにとって良い選択だったと思いますし、そうであってほしいと願っていますが、何が起こるかはわかりません。ただ、ゲルシンガーCEOは間違いなくIntelのことをよく考えていますし、過去には実際に成功を収めています。彼は間違いなく、Intelにもっと技術的なフォーカスを当てさせるでしょう。しかし、私は前任のボブ・スワン元CEOとの仕事が好きでした。

AT:
事前に質問を募集したところ、ISA(命令セットアーキテクチャ)について、「Armx86についてどう思うか」という質問が多く集まりました。どちらが速くて、どちらの性能が高いのでしょうか?あまり気にしませんか?

ケラー氏:
ちょっとは気になります。x86は、登場した当時は非常にシンプルでクリーンなISAでした。x86やMC6800MOS 6502といった8ビットアーキテクチャが当時存在しましたが、私はそれらすべてをプログラムしたことがあります。x86は当初オープンでしたが、7つの会社がライセンスを所有し、そのうちの1つがIntelでした。その後、16ビット、32ビットと進み、仮想メモリや仮想化、セキュリティが追加され、ついには64ビットも登場し、どんどんx86の機能が増えていきました。進化と共に新しい機能がアーキテクチャに追加されていきますが、互換性を保つために古いものは残したままになります。

by htomari

Armが最初に登場した時も、x86と同様にクリーンな32ビット向けISAでした。x86と比べると、見た目はずっとシンプルで簡単に開発できます。その後16ビットモードが追加され、If Then命令が追加されましたが、これはひどいものでした。そしてさらにその後、レジスタファイルにオーバーレイを使った浮動小数点ベクター拡張セットが追加され、さらに64ビットモードが追加され、一部はクリーンになりました。しかし、セキュリティやブートのための特別な機能もあり、Armはますます複雑になっていきました。

今度はRISC-Vが登場して、新しいISA族の一員になったわけですよね。RISCにはレガシーがありません。実際、RISC-VはオープンなISAで、大学を中心に開発されていますが、x86やArmのように、多くのガラクタを追加する時間の都合はありません。その血筋と年齢から、RISC-Vは複雑化しておらず、非常に優れたISAといえます。もし私が今、本当に速いコンピューターを作りたい、高速で処理を行いたいと思うなら、RISC-Vが最も簡単な選択です。最もシンプルで、正しい機能を持ち、最適化が必要な命令の上位8つを備えており、ガラクタがほとんどありません。

by Chiara Coetzee

AT:
最近のISAは、特に古いものは肥大化しすぎているのですね。レガシーなお荷物などもあるのでしょうか?

ケラー氏:
繰り返し実行され、追加された命令によって、ISAは肥大化しすぎています。いろいろなものを追加していくと、エンジニアは苦労します。機能を追加することでより良いものにはなりますが、同時により複雑なものにもなります。機能を追加するたびに、その機能のためのインタラクションや他の機能がひどくなるので、実行が困難になります。

営業や昔からの顧客は「何も消さないで」といいますが、その一方で従来の製品の70%の性能しかない新製品を使っています。物事の相互作用は複雑であり、「シンプルで機能の少ないものの方が実際には速い」といえるほど、複雑で機能が多いものはスピードが落ちてしまうのです。この矛盾はこれまでに何度も起こっていることで、おそらく複雑性の理論と人間の邪悪さが引き起こしていると私は考えています。

AT:
半導体の先にあるものについてお聞きしたいと思います。私たち人類は50年以上も半導体に取り組んできており、シリコンのパラダイムは絶えず最適化されてきました。私たちが生きている間にムーアの法則の限界に達した場合、半導体の先に何が起こるのかを考えたことはありますか?

ケラー氏:
そうですね。コンピューターはアバカス(そろばん)から始まりましたよね?その後、機械式リレーが誕生し、真空管、トランジスタ、集積回路と発展しました。今私たちが作っているトランジスタは、第12世代のトランジスタともいえます。驚くべきものですが、まだまだやるべきことがあります。例えば、ポリシリコンに光を当てることで、面白いスイッチングができるようになりました。それが実用化されるのは10年、あるいは20年先のことであるように思われていますが、着実に技術は進歩しています。

トランジスタを作るよりも、複雑な分子1つを作る方が1億倍も安いのです。その経済性には驚かされます。トランジスタが作られると、非常に洗練された方法で組み立てられ、接続され、興味深いものになります。これに対して、私たちの体は自己組織化していて、タンパク質を必要な場所に正確に配置することができます。リチャード・P・ファインマン氏が述べたように、化学物質がどのように作られ、どのように組織化され、どのように誘導されて一定の方向に向かうのか、奥底には多くの余地があるのです。

以前、量子コンピューター関連企業の立ち上げを検討している人たちと話したことがありますが、彼らはレーザーを使って原子を抑え、3次元空間に固定していると聞き、とてもクールに感じました。量子コンピューターのように、私たちは何が可能かということについて、まだ表面をなぞっているだけだと思います。物理学はあまりにも複雑で、明らかに恣意的なので、そこから何が作り出されようとしているのか、誰にもわからないのです。だからこそ、私は考えるのです。固定した原子を数えるには、AIのような計算機が必要になるかもしれません。ただし、その可能性はあまりにも信じがたく、文字通りクレイジーなものです。

AnandTechによるケラー氏へのインタビューはかなり膨大で、ここまで紹介したのもごく一部。AnandTechは他にもさまざまな質問をケラー氏にぶつけているので、気になる人はぜひ自分で確認してみてください。

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in ハードウェア, Posted by log1i_yk

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