サイエンス

イーロン・マスクの脳インプラント企業「Neuralink」がヒト臨床試験の承認を受けるまでに長い時間がかかった理由とは?


イーロン・マスク氏らが共同設立した脳インプラント企業「Neuralink」は、人間の脳に埋め込んで神経とコンピューターを接続する小型インプラントや手術用ロボットの開発を進めてきました。そんなNeuralinkは2021年からアメリカ食品医薬品局(FDA)にヒト臨床試験の認可を求めてきましたが、承認を受けたのは2023年5月のことでした。一体なぜ、Neuralinkがヒト臨床試験の認可を得るまでこれほど時間がかかったのか、FDAは何を懸念していたのかについて、オーストラリアのグリフィス大学で応用倫理の上級講師を務めるデヴィッド・タフリー氏が解説しています。

The FDA finally approved Elon Musk's Neuralink chip for human trials. Have all the concerns been addressed?
https://theconversation.com/the-fda-finally-approved-elon-musks-neuralink-chip-for-human-trials-have-all-the-concerns-been-addressed-206610


Neuralinkは脳とコンピューターを接続するブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)を開発する企業であり、脳に埋め込んで神経と接続した小型インプラントにより、Bluetoothを介して脳と外部コンピューターの通信を可能にすると主張しています。開発する脳インプラントは「Link」と呼ばれるコインサイズのユニットであり、精密手術ロボットによって頭蓋骨の穴に埋め込まれ、Linkと接続された1000本もの「極細のワイヤー」を脳神経につなぎ合わせるとのこと。それぞれのワイヤーの直径は、人間の髪の毛のわずか4分の1ほどだそうです。

既にNeuralinkはサルでの実験を行っており、サルが脳に埋め込んだチップを用いて思考だけでゲームをプレイできることも実証されています。

脳にチップを埋め込んだサルが「思考」だけでゲームをする映像が公開される - GIGAZINE


Neuralinkは脳インプラントを用いたBCIが安全に動作すれば、義肢を正確に制御することが可能になり、事故や病気などで四肢を失った人々が運動能力を回復できると主張しています。また、パーキンソン病・てんかん・脊髄損傷といった病気の治療に役立つほか、肥満・自閉症・うつ病・統合失調症・耳鳴りなどの治療にも、ある程度の有望性が示されているとのこと。Neuralink以外の企業も脳インプラントの可能性に注目しており、脳と脊髄をワイヤレス接続するデバイスで半身不随の男性が再び歩いたり、身体の不自由な人々が脳波でカーソルやデバイスを使用したりする事例も報告されています。

マスク氏は2021年2月の時点で、NeuralinkがFDAと協力して2021年中にヒト臨床試験を行うことを目指していましたが、2021年中に臨床試験の認可が下りることはありませんでした。2022年3月には再びFDAへ申請を行いましたが、その後もなかなかFDAの承認は受けられず、2023年5月25日にようやくFDAはNeuralinkにヒト臨床試験の承認を与えました。タフリー氏は、「Neuralinkがどれほど強くヒト臨床試験の許可を求めてきたかを考えると、すぐに臨床試験が開始されると想定できます」と述べています。

イーロン・マスクの脳インプラント企業「Neuralink」による臨床試験申請がついにFDAに承認される - GIGAZINE


FDAはNeuralinkに対してヒト臨床試験の承認を与えるにあたり、多くの「解決するべき問題のリスト」を持っていたと報じられており、Neuralinkは長期間にわたる徹底的なテストとデータ収集を余儀なくされたとのこと。タフリー氏が指摘する「FDAの懸念点」は以下の通り。

◆手術の安全性
小型のインプラントを埋め込んで脳神経に接続するという手術をヒトに行うにあたり重要なのが、安全に手術を実行できるのかという点です。Neuralinkは「R1」という精密手術ロボットを開発しており、周囲の脳組織に損傷を与えたり、感染症や炎症を引き起こしたり、出血したりするリスクを抑えつつ、インプラントを確実かつ安全に埋め込みあるいは除去できると主張しています。


◆有害な副作用
埋め込まれたBCIは意図した通りに動作し、意図せず脳機能に有害な影響を及ぼしたり、発作・頭痛・気分の変化・認知障害などの副作用を引き起こしたりしてはなりません。

◆安全な電源
小型デバイスによく使用されるリチウムイオン電池は、加熱することで被験者の脳にダメージを与える可能性があるほか、劣化や故障によって爆発するリスクもゼロではありません。そのため、Neuralinkの脳インプラントに使われるバッテリーでは、寿命・性能・耐久性といった基本項目に加えて、安全に交換できるのかどうかや生体適合性も評価されたとのこと。

◆ワイヤーの移動
脳インプラントは細いワイヤーを脳神経に接続しますが、自然な動作や炎症、瘢痕(はんこん)組織の形成などによってインプラントやワイヤーが移動してしまい、不適切な場所にワイヤーが配置され、脳組織に損傷が及んでしまう可能性もあります。Neuralinkは広範な動物実験を行うことにより、ワイヤーが時間と共に大きく移動したり、脳に悪影響を及ぼしたりしないという証拠を提出しました。また、Neuralinkは状況に応じてワイヤーの位置を追跡・調整する方法があることも示す必要があったとタフリー氏は述べています。

◆脳インプラントの除去
FDAは脳インプラントが必要なくなった場合、どれほど簡単に脳から除去できるのかも懸念していたとのことです。

◆データのプライバシーとセキュリティ
脳インプラントによって収集されたデータがハッキングまたは悪用されるのを防ぐため、強力な保護手段を設けることもNeuralinkには義務づけられました。タフリー氏は、「Neuralinkは、ハッカーによってLinkユーザーが干渉を受けるという悪夢のようなシナリオを回避し、デバイスによって生成された脳波データのプライバシーを保護できることを、FDAに保証する必要がありました」と述べています。


タフリー氏は今後の展望について、批評家らもNeuralinkの潜在的な有望性は認識しているものの、複数の問題を解決するために手抜きをしてはならないと指摘。また、マスク氏は脳インプラントでAIと人間を接続することで知能を増強するアイデアや、インプラントを介したテレパシーのような通信も構想していますが、これらの主張は実際に見るまで信じない方がいいだろうとしています。その上で、「Neuralinkの状況は、現在のAIの進歩および規制の必要性の高まりと、明確な類似性があります。これらの技術がエキサイティングなものであればあるほど、安全性が証明されるまでは一般に公開してはなりません」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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