ロシアのTVで「白鳥の湖」が放送されることに隠された特別な意味とは？

by Kent G Becker

「白鳥の湖」は、ロシアの作曲家であるピョートル・チャイコフスキーが音楽を作曲したバレエ作品であり、現代でも数多くのバレエ団が演じているほか、映画や文学作品の題材としても繰り返し用いられています。そんな「白鳥の湖」が誕生したロシアでは、TVで「白鳥の湖」が放送されることに特別な意味があるとのことで、プーチン政権に批判的な論調で知られるロシアのタブロイド紙ノーヴァヤ・ガゼータがその意味について解説しています。

Пора Уже Танцевать Чайковского «Лебединое озеро», или 32 фуэте из похорон и переворотов
https://novayagazeta.ru/articles/2022/03/07/pora-uzhe-tantsevat-chaikovskogo

2022年3月4日、ロシアのウクライナ侵攻に対して批判的な立場をとっていたロシアの独立系TV局・ドシチ(Dozhd)が、当局による圧力を受けて配信停止を発表しました。生放送ですべてのスタッフが辞任を表明した後、配信画面には「白鳥の湖」のモノクロ映像が流されました。この日は「白鳥の湖」の初演が1877年3月4日に行われてから145周年に当たる日でしたが、「白鳥の湖」を放送したことにはもっと深い意味があるとのこと。

「白鳥の湖」は悪魔の呪いで白鳥に姿を変えられた王女オデットと、オデットに恋する王子ジークフリートの悲恋を描いた物語です。チャイコフスキーが「白鳥の湖」の作曲を依頼された1875年当時は、バレエ音楽の芸術的価値はオペラや交響楽よりも低いと考えられていましたが、チャイコフスキーは依頼主であるボリショイ劇場の提示額がよかったこと、そして以前からバレエ音楽を作ってみたいと思っていたこともあって作曲を引き受けたとのこと。

1877年春の初演は批評家たちからの評判がよくなかったといわれていますが、その後も1883年まではボリショイ劇場のレパートリーに含まれていたそうです。1884年以降はしばらく再演されなかったものの、1893年にチャイコフスキーが急逝したことを受けて開催された翌1894年2月の追悼演奏会において、「白鳥の湖」の第2幕が抜粋上映されました。この公演が評判となったことから、台本・振付・音楽に改訂を施した上で全体の再演が行われました。その後も多くの振付師が「白鳥の湖」の改訂版を創作しており、結末も悲劇的なものからハッピーエンドまで、さまざまなバリエーションが存在しています。

ソ連の政治家らはバレエをロシアの権威付けに利用しており、外国の公式使節団をバレエに招待することが多かったとノーヴァヤ・ガゼータは指摘。中でも「白鳥の湖」が外国使節団向けに上演されることは多かったようで、王女オデットを800回以上も演じたバレリーナのマイヤ・プリセツカヤも、自伝の中で各国の首脳が公演に訪れていたことや、ソ連の代表として同伴するニキータ・フルシチョフが何度も「白鳥の湖」を見たことに触れています。また、ソ連の最高指導者だったヨシフ・スターリンもボリショイ劇場にたびたび訪れ、1953年3月5日に死去する直前の2月27日にも「白鳥の湖」を観劇したとのこと。

by llee_wu

加えて、1980年代のソ連ではTVで予定外の時間帯に「白鳥の湖」が放送されている場合、「何か喪に服すべき人物が亡くなった」ことを示していたとのこと。たとえば、1982年のレオニード・ブレジネフ、1984年のユーリ・アンドロポフ、1985年のコンスタンティン・チェルネンコといったソ連の大物政治家が死去した際、TVでは「白鳥の湖」が放送されたそうです。

また、1991年8月19日にミハイル・ゴルバチョフ氏を狙ったクーデターが起きた際にも、全てのTVチャンネルで「白鳥の湖」が放送されたそうです。結局クーデターは未遂に終わりましたが、ソ連の足並みは乱れて崩壊へと向かいました。

これは、ソ連のTV局員が「チャイコフスキーはロシア正教会で亡くなった人を追悼するラドニツァ(招魂祭)がある週に『白鳥の湖』を完成させた」ということにちなみ、追悼の意を込めて放送したのがきっかけだといわれています。特に「白鳥の湖」は作曲家がチャイコフスキーということもあって知名度が高く、悲恋の物語から連想されるメランコリックな印象があることから、国民に悲しみを訴えかける効果も期待されているのだろうと、ノーヴァヤ・ガゼータは述べました。

by Maine State Ballet

なお、ロシアの映画館では3月11日に「白鳥の湖」が上映される予定ですが、これは名作演劇を映画館で上映するTheatreHDというプロジェクトの一環だとのことです。