なぜ「におい」は記憶を呼び覚ますのか?
親しい人が愛用していた香水や、よく親が作ってくれた料理の香りなどをかいだ時にふと懐かしい感覚を覚えたことがある人は多いはず。ラットの脳を調べる実験により、五感の中でも特に「匂い」が特定の記憶、つまり「場面」と強く結びついているのは、これらが脳の同じネットワークで処理されているからだということが分かりました。
Spatial maps in piriform cortex during olfactory navigation | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04242-3
Neurons in the Olfactory Cortex Link Smells to Places | Technology Networks
https://www.technologynetworks.com/neuroscience/news/neurons-in-the-olfactory-cortex-link-smells-to-places-357110
When a smell evokes a memory: new research offers clues about how the two are linked in the brain
https://theconversation.com/when-a-smell-evokes-a-memory-new-research-offers-clues-about-how-the-two-are-linked-in-the-brain-174477
人が匂いをかいだ時、まず香りの分子が鼻の受容体を刺激し、その刺激が鼻腔(びくう)の上にある嗅球という組織に伝わります。そして、香りの信号が神経を通じて嗅球から脳の嗅覚皮質にある「梨状皮質」と呼ばれる領域に送られることで、脳の中で匂いの感覚が発生します。一方、記憶をつかさどる脳の部位である海馬には特定の場所に反応する「場所細胞」があり、人はこの場所細胞を通じて自分がいる位置を把握します。
このように、脳が嗅覚などを処理する個別のプロセスは詳細に分かっていますが、これらが密接にリンクしているのはなぜかという疑問は、長年にわたり神経学者を悩ませてきました。
そこで、ポルトガルにあるシャンパリモー研究所のシンディ・プー氏らの研究チームは、「野生動物が匂い、空間的な認識、そして記憶を頼りに餌を見つける」ということをヒントに、これらの要素を処理しているラットの脳を調べる実験を行いました。その実験の模様は、以下のムービーの再生開始から2分5秒が経過したあたりから見ることができます。
Science Snapshot: A Scent of Space - YouTube
実験には、四方に分かれた十字路が使われました。
十字路には、シトラス・草・バナナ・酢の4種類の香りが出る装置があり、この香りが出た後に香りに対応した方向から報酬が出るようになっています。
例えば、シトラスの香りなら南から水が出るので、この香りを嗅いだ後に南に行けば水を飲めるという具合です。
このトレーニングをした結果、ラットは約3週後には70%の確率で香りを頼りに正しい方向に行くことができるようになりました。
そして、研究チームが十字路での実験をしている最中のラットの脳をモニタリングしたところ、海馬にある場所細胞と同様に特定の場所で反応する細胞が、嗅覚をつかさどる梨状皮質にも存在していることが分かりました。しかも、実験中のラットの脳内では海馬と梨状皮質の反応が同期すること、つまり「記憶を処理する領域と匂いを処理する領域が連携している」ことも判明しました。
この結果について、プー氏は「私たちは、ある神経細胞が匂いに反応し、また別の神経細胞が場所に反応し、さらに別の神経細胞が匂いと場所の両方に反応することを突き止めました。これらの神経細胞は混在していて、おそらく相互につながっているはずです。従って、嗅覚と空間の結びつきも、今回見つかった香りと位置に反応するネットワークの活動によるものではないかと考えられます」と述べました。
嗅覚と位置を同じ領域で処理するように脳が進化したのは、匂いが場所と強く関連しているのが理由だとされています。例えば、地下鉄のホームとレストランとでは違う匂いがするように、自然界でも森と草原、キツネのすみかとネズミの巣は違う匂いがします。このように、匂いと位置を密接に結びつけることが動物の進化の過程で有効だったため、これらが同じネットワークで処理されるのようになったのではないかと考えられているとのこと。
論文の共著者であるザカリー・マイネン教授は、「嗅覚が発達しているラットとは違い、人間は匂いより視覚的な情報に頼ることが多い生き物です。しかし、記憶の中からこれまで行ったことがある場所を思い出し、目的の場所にたどり着くプロセスはとてもよく似ています」と話しました。
・関連記事
ニオイはどのようにして「記憶」を思い出させるトリガーとして働くのか? - GIGAZINE
捕食者の匂いをかぐとストレスが高まる仕組みをノーベル賞受賞者が解明 - GIGAZINE
「匂い」についての知られざる5つの事実とは? - GIGAZINE
鼻呼吸によって記憶力が強化されることが判明 - GIGAZINE
過去の記憶も呼び起こす「歴史のにおい」を保存している女性 - GIGAZINE
香りで睡眠学習の効率が大幅にアップすることが判明 - GIGAZINE
脳は高カロリーな食べ物ほど置き場所を記憶しやすいという研究結果 - GIGAZINE
・関連コンテンツ