サイエンス

科学者はあらゆる言論弾圧に抵抗しなければならないという主張、現代の言論弾圧「キャンセル・カルチャー」とは?


相次ぐネット上の言論弾圧について、ドイツ科学協会の発行するジャーナルNachrichten aus der Chemieが「科学者はあらゆる言論弾圧に抵抗しなければならない」という論文を掲載しました。この論文は、現代の言論弾圧「キャンセル・カルチャー」をテーマにしています。

Scientists must resist cancel culture - Krylov - 2022 - Nachrichten aus der Chemie - Wiley Online Library
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/nadc.20224120702

ソクラテスの弁明ガリレオ裁判から中国の金盾に至るまで、検閲は古今東西存在します。ナチスドイツやソビエト連邦などの20世紀に全盛を迎えた全体主義では、政治的見解などに基づいて科学的研究に制限が課されるという上意下達型の検閲が主流でしたが、現代では政府主導ではなく草の根から広がる「キャンセル・カルチャー」という検閲が広がりを見せています。

新たに南カリフォルニア大学のアンナ・クリロフ教授が発表した論文は、「科学者はキャンセル・カルチャーに抵抗しなければならない」という内容。キャンセル・カルチャーというのは、特定の言動を取り上げる形で糾弾を続け、最終的には職や社会的地位を失わしめるという社会運動を指します。


キャンセル・カルチャーに対する科学界の弱腰を代表する事例としてクリロフ教授が取り上げているのが、トーマス・フドリツキー氏の事例です。フドリツキー氏は2020年に「“Organic synthesis—Where now?” is thirty years old. A reflection on the current state of affairs(『有機化学合成は今どこにあるのか?』から30年目を迎えた今の考察と現状に関して)」という、「研究者の採用は人種や性別の多様性に配慮して行うのではなく、純粋に能力に基づいて行うべきである」「科学誌の質は低下し続けており、この30年に掲載された論文は実験部分が少なくなり、不正確・不完全なデータや不正が非常に多くなった」という旨のエッセーを公開しました。

“Organic synthesis—Where now?” is thirty years old. A reflection on the current state of affairs
https://48bedcf3-b2e1-48d0-89db-c6c99da1e737.filesusr.com/ugd/6b5494_1e44876cf8c44c93b27e76f9b53a9cc4.pdf


しかし、このエッセーは発表から数時間後に「不快」「扇動的」「外国人差別」などの批判が相次ぎ、フドリツキー氏自身も「人種差別主義者」「女性差別主義者」と非難されました。この一件は延焼を続けた結果、エッセーを掲載した出版社の編集委員16人が抗議のため辞任し、エッセー自体も削除されることとなり、フドリツキー氏に対する講演依頼はなくなり、フドリツキー氏の共同研究者は関係を断つように求められました。

この事例に対するクロリフ教授の見解は、「賛成だろうとなかろうと、雪崩のように非難を浴びせるのではなく、文明的に議論を行うべきだった」というものです。相次ぐ批判に対し、掲載誌はフドリツキー氏の謝罪や反論を掲載することもできたはずですが、単に暴徒に屈する形で掲載を取りやめただけでした。この行為は実質的に検閲を受け入れたようなもので、科学誌が果たすべき使命を放棄しているというのがクリロフ教授の意見です。


フドリツキー氏の一件以降、英国王立化学会は自社のジャーナルについて新たにガイドラインを制定し、編集者に「いかなるコンテンツも不快感を与える可能性があるかを検討すること」とルールを制定しています。しかし、このルールを詳細に見ると、「年齢、性別、人種、性的指向、宗教的・政治的信条、配偶者や親の有無、身体的特徴、国籍、社会的地位、障害などに基づいて誰かを不快にさせる可能性のあるコンテンツ」や「一部の人またはほとんどの人にとって動揺、侮辱、不快になりそうなコンテンツ」が自主規制の対象とのことで、実質的にあらゆるものが検閲対象になりかねないとクリロフ教授は指摘します。

今日では「ブラックリスト」「マスター/スレイブ」というプログラミング用語が「人種差別的」として言い換えられつつあるように、一部の人にとって好ましくないというのであれば「master password(マスターパスワード)」などの用語や、一部の少数派を除外する意味があると捉えられかねない「normal(ノーマル)」という語を含む「normal distribution(正規分布)」なども使えなくなるとクリロフ教授は主張。こうした自主規制が質の高い科学研究と科学的発展の障害になっているとして、改めて「言論弾圧に抵抗しなければならない」と論じています。

「ブラックリスト」「マスター/スレイブ」というプログラミング用語が「人種差別的」として言い換えられつつある - GIGAZINE

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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