サイエンス

「世界で初めてデザイナーベビーを誕生させた科学者」の知られざる物語


2018年、中国の科学者である賀建奎(He Jiankui)氏が「ゲノム配列を編集する技術を用いて、世界で初めてヒト受精卵に遺伝子操作を行う実験を行った」と発表し、世界中で大きな批判を浴びました。賀氏が発表した実験が学会にどのように影響を与えたのか、学術誌の「サイエンス」が解説しています。

The untold story of the ‘circle of trust’ behind the world’s first gene-edited babies | Science | AAAS
https://www.sciencemag.org/news/2019/08/untold-story-circle-trust-behind-world-s-first-gene-edited-babies

賀氏は1984年に中国湖南省で生まれました。貧しかった賀氏は地元の書店を何度も訪れ、買う余裕のない教科書を読んでいたといいます。その後賀氏は奨学金を得て中国科学技術大学で物理学の学位を取得、アメリカに渡り生物物理学の博士号を取得した後、起業家の力を借りて中国の深圳(深セン)にある南方科技大学で共同研究室を開設しました。

2017年6月、南方科技大学で、賀氏らによるこれまでに行われたことがない医学実験についての話合いが持たれました。この話合いの中で、「夫がHIVに感染しており、子に感染するかもしれない」と嘆く夫婦の話を聞いた賀氏は、潜在的な解決策としてゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」を使用することを提案しました。


2012年にCRISPR-Cas9による細胞のゲノム編集が成功したと発表されて以降、その技術の使用には慎重を期さねばならないという声が世界中であがっていました。CRISPR-Cas9の人間の胚への使用は倫理的な面から中国を含む多くの国で禁止されていましたが、一方で、当時、この技術の人間に対する使用には反対意見ばかりだったわけではありませんでした。

例えば、全米医学アカデミーが召集した委員会が2017年に発表した報告書では「厳格な基準が満たされた場合、人間の生殖細胞系列の編集が許可される場合がある」とされています。委員会で科学者や生命倫理学者は規制の枠組みについて議論しましたが、最終的に「様々な見方があるために基準は曖昧である」と結論付けました。このため委員会は特に国際的な規制を設けず、「各国が専門家の監修に基づく適切な自主規制を行うべき」としました。


結果的に賀氏はゲノム編集技術を使って遺伝子操作を行い、2018年11月26日に「HIVに先天的な耐性を持つ双子の女児が誕生した」と世界的に発表することとなります。さらに賀氏は2018年11月28日に行われた第2回ヒトゲノム編集国際サミットに登壇し、20分間の講演と40分間の質疑応答を行っています。この発表は当然のごとく世界的な批判を浴び、中国政府は研究内容の調査を実施、2018年11月30日には賀氏らのチームに研究の中止を命じます。調査によると、賀氏は外部へ実験の情報が漏れないよう文書の偽造を行い、同僚や上司にも秘密で実験を進めたとされています。

賀氏に広報担当として雇われていた神経科学者、ライアン・フェレル氏は、各メディアの質問に対応すべく、賀氏の研究を知っていた、あるいは研究が行われていることを疑っていたとされる60人の人々のリストを作成しました。フェレル氏が「信頼の輪」と呼ぶそのリストのメンバーには、ノーベル賞受賞者を含む中国とアメリカの科学者や、ベンチャー起業家、少なくとも一人の中国の政治家が含まれているとされています。

リストのメンバーの一人にジェニファー・ダウドナの名前がありました。ダウドナ氏はCRISPR-Cas9の開発によりノーベル化学賞を受賞した人物で、賀氏の以前からの知り合いでした。2018年11月26日、実験の最初の発表が行われた後の賀氏との夕食会で、ダウドナ氏を含むヒトゲノム編集国際サミットの主催者は、賀氏に対し実験内容の完全な開示を求めるロビー活動を行ったとされています。

また、賀氏から実験内容の公開時期について相談された人物の一人に、医学と生殖生物学の博士号を取得しているジョン・チャン氏がいました。チャン氏はドナーの卵子からミトコンドリアDNAを採種して不妊症に悩む女性の卵子に移植して活性化させ、活性化した卵子に受精を行うことで、遺伝的に3人の親を持つ赤ちゃんを誕生させたことで注目を集めた人物で、チャン氏は「いつの日か赤ちゃんの遺伝子編集は携帯電話と同じくらい安全で、一般的なものになるだろう」と主張していました。しかしチャン氏は「賀氏とは純粋に学術的な議論を行ったことがあるだけで、賀氏の実験についてはほとんど何も知らなかった」と述べています。


リストに並ぶ何人かの人物は「自分は実験の詳しい内容を知らなかった」として、このようなリストを作成したフェレル氏を公に批判しています。フェレル氏自身は賀氏の実験が始まった時には不安を感じ、実験の発表と、それに伴い訪れるであろうマスコミの猛追及をひどく恐れたと語っています。


実験の発表後、賀氏は南方科技大学を解雇され、さらに2019年1月頃から公の場に姿を現さなくなりました。賀氏が公開するとしていた実験データや誕生した赤ちゃんの所在も分からなくなっており、これらは全て2021年2月時点でも行方が分かっていません。

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サミットでの賀氏の講演後、中国政府は国内での人間の胚を扱う研究に対する規制を強化しています。学会は生命倫理に対する価値観を見直す必要性があるとし、様々な国際委員会が設置されて規制についてのより強固な枠組みについて議論が行われています。ダウドナ氏は「CRISPR-Cas9の開発によってゲノム編集が避けられないものとなってしまった。私にとって今の問題は、ゲノム編集をどうやってコントロールするのか、そもそもコントロールできるのか、そしてゲノム編集が今後の社会にどのような影響を与えるのかを考えることである」と述べています。

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in サイエンス, Posted by log1p_kr

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