ゲノム編集で生物を進化させることに成功、ただのハエが「毒を食べるハエ」に
by geralt
カルフォルニア大学バークレー校の科学者たちが、ゲノム編集技術の一種であるCRISPRを用い、ハエの一種であるショウジョウバエにかつてないほどの進化的優位性を与えることに成功しました。研究チームはゲノム編集で遺伝子に3つの小さな変更を加えることで、ショウジョウバエを「毒を食べて体内に蓄え、捕食者から身を守る能力を持ったショウジョウバエ」に進化させています。
Genome editing retraces the evolution of toxin resistance in the monarch butterfly | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-019-1610-8/
CRISPR flies have been gene edited so they can eat poison
https://newatlas.com/biology/crispr-flies-gene-edited-eat-poison/
トウワタ属の植物は茎を切ると白い乳液を出します。この乳液には毒があるため、ほとんどの動物や昆虫にとってトウワタは有害です。
有毒であるため多くの動物や昆虫が避けるトウワタですが、オオカバマダラはこの毒を摂取し体内に蓄えることができるため、産卵時にはトウワタに卵を産み付けるそうです。そうすることで卵を外敵から守り、トウワタはオオカバマダラを受粉媒介生物として利用しています。また、オオカバマダラの幼虫はトウワタを食べることで毒素を体内に貯め込み、外敵から身を守ります。つまり、毒素を持ったトウワタとその受粉媒介生物が共生しながら進化を果たしたことで、「毒素に対する耐性」という能力を持つオオカバマダラが誕生したといえます。
by NickyPe
しかし、カリフォルニア大学バークレー校の研究者たちは、ゲノム編集技術を用いることでショウジョウバエにオオカバマダラと同じ「トウワタの毒素」に対する耐性を与えることに成功しています。使用されたCRISPRは、これまでに昆虫や哺乳類、人間の遺伝子編集に使用されてきましたが、毒の耐性を獲得させることで「環境に対する新しい行動と適応」を与えるようなゲノム編集が多細胞生物に施されたのは初めてだそうです。なお、今回の研究における「環境に対する新しい行動と適応」とは、「ショウジョウバエが体内に毒素を貯め、外敵から身を守ろうとすること」を指します。
ショウジョウバエにトウワタの毒素に対する耐性を与えるため、研究チームはショウジョウバエの遺伝子上でオオカバマダラの毒耐性に関連する遺伝子情報を再現しようと試みました。研究チームによると、トウワタの毒素の耐性は単一の遺伝子が原因であるため、ショウジョウバエに同じような耐性を与えるには、遺伝子の中の3つのヌクレオチドを置換するだけで済んだそうです。
遺伝子編集されたショウジョウバエの幼虫(ウジ)は、トウワタを食べて繁殖することが可能で、それにより体内に毒素を蓄えることに成功。さらに、ウジが変態してショウジョウバエになっても、毒に対する耐性は保たれたままだったそうです。なお、突然変異的な進化をゲノム編集により引き起こしたことで、トウワタの毒素の耐性を持つ進化したショウジョウバエは、野生のショウジョウバエよりもトウワタの毒素に対する感受性が1000倍も低くなったことも明らかになっています。
研究のリードしたノア・ホワイトマン氏は、「遺伝子の中のたった3か所を変更するだけで、この進化したスーパーショウジョウバエを作成することができました。しかし、私にとって最も驚きだったのは、細胞株以外では不可能だった方法で進化の仮説をテストできたことです。CRISPRで種の変異を作成する能力がなければ、これを明らかにすることは困難でした」とコメントしています。
トウワタの毒素は体内のナトリウムイオンのバランスを適切に維持するメカニズムを狂わせるそうですが、オオカバマダラにはこれを回避できる突然変異が存在しています。この突然変異をショウジョウバエで再現するには、3つの遺伝子上の変更を特定の順番で起こす必要があったそうです。研究チームは最初の2つの変異がショウジョウバエの毒に対する抵抗力を与え、神経系に大きな影響をもたらしていることを発見しています。なお、最後の変異は2つの変異により起きる負の影響を相殺し、トウワタの毒素に対する耐性だけを残すことに役立っているとのこと。
今回の研究結果は「生物に起きる進化がどのように機能するかを理解することだけでなく、新しい形質や行動の進化を指示するための方法としてゲノム編集が活用できる可能性があるという重要な意味を持っている」と科学系メディアのNew Atlasは記しています。
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