サイエンス

なぜ1970年の科学力でも月へ行けたのにそれから半世紀以上も人類は月に行かなかったのか?

by NASA's Marshall Space Flight Center

NASAによる有人月探査ミッション「アルテミスII」は、日本時間の2026年4月2日にオリオン宇宙船の打ち上げに成功し、月をぐるりと回るフライバイを行いました。しかし、人類は1972年からアルテミスIIが実現するまで約半世紀もの間、技術的には可能だったにもかかわらず月への有人探査を行ってきませんでした。人類が約半世紀にわたって有人月探査を行わなかった理由について、イギリスのアングリア・ラスキン大学で理工学部准教授を務めるドミニコ・ヴィチナンツァ氏が解説しています。

Why has it taken so long to return to the Moon?
https://theconversation.com/why-has-it-taken-so-long-to-return-to-the-moon-274640

アメリカがアルテミスII以前に有人月探査を行ったのは、1972年のアポロ17号が最後です。アポロ17号は史上6度目の宇宙飛行士による月面着陸を行い、宇宙飛行士らは72時間にわたり月面に滞在し、船長のユージン・サーナン氏は月面に足跡を残しました。

アポロ計画では、1969年から1972年にかけて合計12人の宇宙飛行士が月面を歩きましたが、それから約半世紀にわたって有人月探査は行われてきませんでした。ヴィチナンツァ氏は、「50年以上という歳月は長い空白期間であり、『1970年代初頭にはアメリカ人が定期的に月へ到達できたのに、なぜ再び月へ行こうとするのにこれほど長い時間がかかったのか』という疑問が生じるのは当然のことです」と述べています。

すでに1969年のアポロ11号の時点で人類は月面着陸できるほどの科学力を持っていたため、長らく人類が有人月探査を行わなかった理由は技術的なものではありません。ヴィチナンツァ氏はこれを政治・資金・国際的な支援の仕組みによるものだと指摘しています。

by NASA

ヴィチナンツァ氏は、そもそも人類を月に送ったアポロ計画は永続性を想定しておらず、明らかに持続可能なものではなかったと指摘。アメリカのジョン・F・ケネディ大統領が「人類を月へ送る」と宣言した1961年は、資本主義陣営と共産主義陣営による冷戦のまっただ中でした。そのため、「人類を月へ送る」というわかりやすく大きなゴールは、防衛や宇宙開発の面でアメリカがソビエト連邦より優位に立っていると誇示する意味合いもあったのです。

ケネディ大統領の暗殺後もこの方針はリンドン・ジョンソン大統領に引き継がれましたが、ベトナム戦争の長期化による戦費の増加と国内改革を重視する方針により、次第に宇宙開発への意欲を弱めていったとのこと。実際、NASAが予算のピークを迎えたのは1966年であり、アポロ計画の成功以前から減少に転じていたため、当初の目標を達成するとアポロ計画は終了しました。


持続可能な宇宙探査には「安定した政治的コミットメント」「予測可能な資金」「明確な長期目標」が必要ですが、アポロ計画後のアメリカはこの3つをそろえるのに苦戦しました。リチャード・ニクソン大統領がスペースシャトルの建造を承認し、NASAの焦点は深宇宙探査から低軌道での運用に移すこととなりました。

その後も1989年にはジョージ・H・W・ブッシュ大統領が、宇宙飛行士の月面定住などを掲げるSpace Exploration Initiative(宇宙探査イニシアチブ)を打ち出しましたが、膨大なコストや議会による支持の弱さといった要因が重なり、後のビル・クリントン大統領の下で中止されました。2004年にはジョージ・W・ブッシュ大統領により、月面探査や将来的な火星探査を含むビジョン・フォー・スペース・エクスプロレーションが打ち出されたものの、これもバラク・オバマ大統領の下で方針が変更され、実現には至っていません。

by NASA

ヴィチナンツァ氏は、「度重なる宇宙開発計画の中止は、月探査資金の調達システムにおける根本的な限界を露呈しています。持続可能な月探査計画には複数の分野にわたる強力な取り組みと、数十年にわたる資金提供を保証する仕組みが必要なのです。しかし、こうした大規模な計画は毎年のように国防費・医療費・社会保障費といった予算と競合しなくてはなりません。アメリカの選挙による政権交代や委員会のリーダーシップの変動は、継続性の見通しをさらに弱める要因となっています」と述べています。

また、そもそも「なぜ人類を月に送り込まなくてはいけないのか?」という疑問にも、科学的な説得力を与えるのは困難です。有人の月探査ミッションが得られる科学的成果はロボットによる長期探査に比べて限られており、商業的な見通しは依然として不透明です。アポロ計画の際は「冷戦の中でソ連に対する優位性を示す」という意味合いがありましたが、冷戦終結後の世界にはそのような大義名分はないというわけです。

そこで浮上してくる疑問は、「なぜアルテミス計画は過去の事例とは違って実現に至ったのか?」というものです。もちろん、将来的な火星探査に向けた準備という科学的正当性もありますが、ヴィチナンツァ氏は商業パートナーシップと国際協力という要素が大きいと指摘。

アルテミス計画にはアメリカ政府のリーダーシップだけでなく、SpaceXをはじめとする民間宇宙企業との商業パートナーシップを結んだこと、そして月や火星の探査・利用に関する国際合意であるアルテミス合意の存在も絡んでいます。これらの要因によってリスク分散と政治的な支持基盤の拡大が行われ、アルテミス計画は実現に至ったというわけです。

ヴィチナンツァ氏は、「アルテミス計画が成功したならば、それは政治的・経済的・社会的・科学的なあらゆる要因が、ついに永続性のある形で一致したからに他なりません。しかし、その一致が実証されるまで、アポロ計画とアルテミス計画の間に50年もの隔たりができたという事実は、工学的な難題というよりも、現代の民主主義国家にとって持続的な宇宙探査がいかに困難であるかを思い知らせるものだといえます」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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