ソフトウェアエンジニアリングと生成AIに関する「8つの誤解」とは?

近年は生成AIツールを業務に統合する動きが加速しており、中でもソフトウェア開発の現場ではコーディングAIの使用が一般化しています。そんな中でコンピューター雑誌のACM Queueが、ソフトウェア開発に関するAIについての主張にはマーケティング上のアピールや誤解が紛れているとして、ソフトウェアエンジニアリングと生成AIにまつわる「8つの誤解」についてまとめました。
Eight Myths on Software Engineering and GenAI - ACM Queue
https://queue.acm.org/detail.cfm?id=3807963
ACM Queueによると、生成AIは急速にソフトウェアエンジニアリングの環境を変えつつありますが、AIの利点として広まっているものの中にはマーケティング上のアピールや例外的な事例、誤って解釈された研究結果などが含まれているとのこと。ACM Queueが近年の大規模研究やインタビュー、開発現場の観察などに基づいて見つけた「8つの誤解」は以下の通りです。
◆1:開発者は時間のほとんどをコードを書くことに費やす
ソフトウェアエンジニアリングは創造性や長時間にわたる集中、そして多くのコラボレーションを必要とする厳しい仕事ですが、意外なことに実際に開発者がコードを書く時間はそれほど長くないとのこと。大きなソフトウェアは複数人のチームやさまざまなグループが連携して作られるため、開発者はコードを書く以外にも会議や計画立案、コードレビューといったグループ活動に時間を費やす必要があります。
2025年にMicrosoftで勤務する450人以上のエンジニアを対象に行われた調査では、開発者がコードを書くのに費やした時間は勤務時間の約14%であり、残りは別の業務に費やしていたことが報告されています。別の研究では、エンジニアが「今日は調子がいい」と感じている日でさえコーディングに費やす時間は18%に過ぎず、「調子が悪い」と感じた日は11%程度だったと示されました。
◆2:コードを書くことがボトルネックである
現場でソフトウェア開発に携わっていない人は、「ソフトウェア開発における大きなボトルネックはコードの作成であり、コーディングAIの導入で劇的に生産性が向上するはずだ」と考えがちです。しかし、開発者がコードを書く時間は勤務時間全体から見れば15%程度であるため、コーディング作業を高速化するコーディングAIを導入しても、全体的な生産性向上は15%未満にとどまるとのこと。
また、ソフトウェアの設計作業・既存コードの理解・環境構築といった周辺作業を考慮せずにAIでコード作成を加速させると、予期せぬ結果を招く可能性もあります。たとえば、コードの生成能力が増加すれば、その分だけコードレビュー・テスト・製品統合といった下流工程の負担も増大します。ACM Queueは、「全体の開発サイクルは最も遅いフェーズの速度に左右されますが、コーディングは必ずしも最も遅いフェーズではありません。したがって、AIを主にコード生成ツールとして使用することは個人にとっては役立つものの、ソフトウェアをより迅速にリリースするためのAIの最適な方法とは必ずしも言えません」と述べました。

◆3:「AIが書いたコードの行数」が影響を測る最良の指標である
ソフトウェア開発において、必ずしもコードの数が多ければ多いほどいいということはありませんが、多くの組織は依然として開発者の生産性を「時間あたりに書いたコード行数」で測定しています。そのため、同様の指標がコーディングAIにも持ち込まれており、生成するコード行数がAIの性能を測るものとして語られています。
しかし、健全ではない組織文化においてコード行数を指標にすることは危険です。仮に開発者がコード行数を優先するように迫られた場合、周囲とのコラボレーションや設計品質を犠牲にしたり、技術的負債やセキュリティ脆弱(ぜいじゃく)性が増加したりするリスクがあります。コーディング速度を向上させるコーディングAIはこの状況を悪化させ、結果的にレビュー・テスト・保守といった業務の負担が増える可能性があります。
◆4:AIはすべての業務とエンジニアを平等に支援する
生成AIツールと生産性の向上について調べた研究結果はまちまちであり、多くの研究では生産性が大幅に向上すると報告されている一方、生産性は大して変わらないとする研究や、むしろ悪化するという研究もあります。その理由は、生成AIがコーディングタスクにおいて有用となるかどうかは、タスク自体の性質や開発者のスキルといったさまざまな要因に左右されるためです。
Micrsoftが2024年に発表した調査レポートでは、開発者になじみがあってよく理解しているタスクはそうでないタスクと比べ、AIによる生産性向上が大きいことが示されました。また、ソフトウェア開発の経験やAIを利用した経験、問題解決へのアプローチなども影響するとのこと。ACM Queueは、「生成AIはソフトウェアエンジニアリングに大きなメリットをもたらす可能性を秘めていますが、その有効性は複雑な要因の相互作用によって左右されます。タスクの特性・開発者の経験・コードベースへの精通度・自信・プロンプト作成スキルなど、すべてが結果を左右するのです」と述べました。

◆5:AIは個々の開発者の生産性を10倍に向上させる
AIとソフトウェアエンジニアリングにまつわる神話のひとつに、「AIツールが個々の開発者を10倍の生産性を持つ開発者に変える」というものがあります。確かに、孤立したタスクに取り組むケースを想定した実験環境では生産性が大幅に向上するかもしれませんが、これは現実世界のソフトウェア開発における複雑さを見落としています。単独のタスクで測定された生産性向上は、ソフトウェア開発の成功に必要不可欠な調整・協力・知識共有を考慮していないとACM Queueは指摘しました。
◆6:AIを活用できるかどうかは個々の開発者にかかっている
記事作成時点におけるAIとソフトウェアエンジニアリングの研究は、ほとんどが「個々の開発者がどのように生成AIツールを使うのか」に焦点を当てています。これは生成AIによる生産性向上の責任を開発者個人に負わせる考え方ですが、歴史的に見ると大きな生産性向上は個人レベルではなく、組織レベルでの体系的な変化によってもたらされてきたとのこと。
たとえば自動車メーカーのフォードは生産性を向上させるため、世界に先駆けて組立ライン方式を導入しました。これは単なるひらめきによって突然生まれたものではなく、数々の失敗と試行錯誤を繰り返し、組織として多額の投資を行ったことで実現した改善です。しかし近年では、生成AIツールが組織による十分なガイダンスなしに開発者へと手渡され、自分の業務を大幅に改善することを求められています。
ACM Queueは、「多くの人が期待していたような劇的な生産性向上が見られないことは、アクセス権だけでは不十分であることを示唆しています。生成AIの潜在能力を最大限に引き出すには、組織レベルでソフトウェアエンジニアリングのシステムとプロセスを再考し、開発者がより生産性の高いエコシステムの中でより大きな成果を上げられる環境を構築する必要があります」と述べ、生産性向上には組織による改革が必要だと主張しました。

◆7:高性能なAIツールは自動的に導入される
開発者がAIツールを導入するかどうかの判断基準は、「それによってパフォーマンスが向上するかどうか」のみであると考える人もいます。しかし、実際に開発者が新たなツールを導入するかを判断する際には、社会・組織・認知的障壁といったさまざまな問題を考慮しなくてはなりません。そもそもコーディングAIの精度に疑問を持っている開発者もいれば、既存のワークフローに統合できないため利用しない開発者、エンジニアとしてのスキル低下を恐れて採用しない開発者、倫理的あるいは環境的懸念からAIに否定的な開発者など、さまざまなケースが考えられます。
また、仕事にAIを利用すると他人からの評価が厳しくなってしまうとの研究結果も報告されており、こうした要因もAIツールの導入を阻害する可能性があります。
AIを使うと他人から厳しい評価を受けやすくなってしまうとの研究結果 - GIGAZINE

◆8:生成AIを使えば企業はスタートアップ並みの速度でイノベーションを起こせる
生成AIの登場により、小規模なスタートアップがすさまじい速度で新しい製品をリリースするケースが増えたことで、「なぜ大企業も生成AIツールを使っているのに同様のスピードで新製品をリリースできないのか?」という疑問が生まれています。この問いについてACM Queueは、スタートアップと大企業には構造的な違いがあるためだと回答しています。
スタートアップは通常、オープンソースのコンポーネントや広く文書化されたフレームワークに基づいて製品を構築するため、これらを学習データとして取り込んでいるコーディングAIとの相性がいいとのこと。一方で大企業は、AIのトレーニングに使われないような独自コードやレガシーコードに依存している上に、スタートアップの規模では気にならないコンプライアンス・セキュリティ・プライバシー・規制要件などに縛られています。
また、生成AIは既存ツールのしがらみがない新規開発環境において最高のパフォーマンスを発揮します。これに対し、大企業の商用ソフトウェアでは後方互換性を維持したり、多くの社内システムやサードパーティーツールとシームレスに統合できたりする必要があるため、そもそもソフトウェア開発の目的が異なるといえます。ACM Queueは、「AIはスタートアップと大企業の両方の動きを加速させるのに役立ちますが、構造的な現実によって両者が同じ条件下で事業を行うことは決してありません。スピードは目に見えますが、複雑さは目に見えないのです」と述べました。
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in AI, ソフトウェア, Posted by log1h_ik
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