ゴールドラッシュの時代に最も裕福になった人物はどのようにして世界を変えたのか?

1948年頃に金脈を探し求めてカリフォルニアに数十万人が移住したゴールドラッシュの時代、サミュエル・ブラナンという男が「カリフォルニア初の億万長者」となりました。そんなブラナンの物語を中心としたゴールドラッシュの光と闇について、YouTubeチャンネルのNightshiftがアニメーションで解説しています。
The Gold Nugget That Changed America Forever - YouTube

ブラナンは1845年まで、ニューヨークで最高位のモルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)の教徒として奉仕していましたが、当時のモルモン教の信仰はアメリカのプロテスタントの価値観と衝突しており、リンチによる迫害なども発生していました。そのため1846年の初め頃、ブラナンおよび200人以上の信者たちは宗教的な聖地の建設を目指してアメリカ大陸をぐるりと回る船で移住を始め、後にサンフランシスコの金融街に位置するイエルバブエナという停泊地にたどり着きました。しかし、1846年初頭にはアメリカ軍が当時メキシコの領土だった北アメリカ大陸西海岸を目指して戦争を開始しており、ブランナンの船が到着した時期にはアメリカ海兵隊が占領し、宗教的な聖地の建設は実現不可能でした。

イエルバブエナに定住した後、ブランナンは印刷機を使ってサンフランシスコ初の新聞「カリフォルニア・スター」を発行したり、カリフォルニア公立学校と製粉所を設立したりと、さまざまな行動を起こしたことで知られています。また、スイスからアメリカに移住したジョン・サッターがカリフォルニアに「フォート・サッター」と呼ばれる砦(とりで)を建設して先住民に強制労働を強いており、ブランナンはカリフォルニア周辺の物資の不足に目をつけてフォート・サッターのすぐそばに雑貨店を開きました。そして、1848年の初めにサッターの製材所で発見された金で支払いをする労働者が来店した際に、ブランナンは財を成す計画を思いつきました。

サッターは製材所で金が見つかったことを秘密にするよう指示していましたが、労働者はこっそり抜け出して金の採集をしていました。ブランナンも金の採集に出ましたが、それだけではなくサンフランシスコの街を走り回りながら「川から金が採れる」と叫んで回ったそうです。そして、金の採集に使うつるはしや鍋などを、自身の雑貨店で法外な値段で販売しました。結果として、牛一頭が4ドルする時代に1日4000ドルを売り上げたと言われています。Nightshiftは「人々は金を採掘しましたが、ブランナンは金の代わりに、次々とやってくる炭鉱労働者を採掘したのです」と表現しています。

1849年末までに、あらゆる大陸の国々から10万人以上の人々がカリフォルニアに流入しました。それらの大半はブランナンが事業を構える地域を経由します。1851年までの約3年間で、もともと数百人程度だったこの地域の人口は5万人以上に増加しました。

しかし、冬は厳しい寒さに襲われ食料が乏しい地域で、医者ですら治療費よりも金を掘る方が稼げるため治療してくれる人がいないと言われていたり、自分の鉱山区域に侵入したとしてカリフォルニアの先住民などが暴行されたり、外国人鉱夫たちは採掘するだけで特別税を課されるだけではなく白人以外の鉱夫は略奪、迫害、あるいは殺害されたりと、地域の治安は最悪なものになっていました。さらに、1851年に当時のカリフォルニア州知事は議会演説で「人種間の絶滅戦争は、先住民族が絶滅するまで続くだろう」と公式に発言しており、先住民を民兵が襲撃するための費用を州が払うという組織的な暴力も発生しました。

そして、ゴールドラッシュに伴う地域の発展が始まってからわずか7年後となる1855年までには、金が手に入るという触れ込みはほとんど下火になり多くの採掘キャンプが放棄されました。金は高圧の水鉄砲により丘を吹き飛ばして採掘する形に工業化し、川は堆積物で汚れて魚の個体数が激減したほか、果樹園も泥に破壊されてしまったそうです。

一方でカリフォルニアの経済は発展し続け、ブランナンの財および知名度も上がり続けました。しかしその後の数年でブランナンは酒におぼれてケンカを繰り返していたことが裁判記録に残っており、その後も悪い投資が続くなどして1889年に亡くなった時には子どもたちに2ドルずつしか残せず正式に埋葬する資金もなかったと記録されています。Nightshiftは「ブランナンは、本当の幸運は夢を見ることではなく夢を売ることにあると理解していました。早く行動し、大きく賭け、改革するという青写真は、後に同地域でハリウッドやシリコンバレーが築かれたのと同じです。しかし、この地域の繁栄には、奪われた土地や搾取的な労働、そして大量虐殺があったことを忘れてはいけません」と語っています。
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in 動画, Posted by log1e_dh
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