生き物

捕鯨はどのように産業を促進してなぜ規制が叫ばれるようになったのか?


かつては世界経済を支える重要な資源であったクジラについて、どのような捕鯨が行われ、どのようにしてクジラの保護が叫ばれるようになったのかという歴史を、YouTubeチャンネルのNightshiftが解説しています。

Whale Hunting Was Absolutely Crazy - YouTube


捕鯨が商業化されたのは8世紀ごろだと言われています。フランス西岸に面するビスケー湾沿いに当時のバスク人は石造りの監視塔を建て、海面にクジラの影が見えると装備を搭載した船で海にくり出しました。


当時のバスク人が主なターゲットにしていたのは、体長18m程度・体重90トンで沿岸水域を好むセミクジラです。セミクジラの動きは極めてゆっくりなほか、死ぬと沈まずに浮かぶ性質があるため狩りの対象になっていました。セミクジラを狩ることで食料としての肉や道具になる骨のほか、ケラチンでできたヒゲ板が何百枚も付いており、プラスチックのように加工されてさまざまな用途に使われました。


巨大なクジラから採れる肉は当時の人たちにとって魅力的な食料でしたが、肉は全体の30%程度しか採れませんでした。それ以外の50%を占める厚い油性の皮膚が食料以上の価値を示しており、加熱することで貴重な鯨油が作られます。


鯨油は機械の潤滑剤として使われるほか、タールと混ぜることで船舶の防水加工に使用されたり、石けんや塗料の製造にも役立ったりと、初期の産業における重要な資源となっていました。さらに重要な特徴として、鯨油は当時入手可能なあらゆるものと比較して明るくキレイに燃えるという点で優れていました。1740年までにロンドンの植民地にある1万5000個の街灯が鯨油で点灯されており、一晩でクジラ半頭分の鯨油が必要だったそうです。


ヨーロッパ北西部で行われる捕鯨産業は拡大し、17世紀までにはイギリスとオランダが独自の捕鯨船団を立ち上げるなど、巨大な産業になっていました。その産業はヨーロッパの各国や当時ヨーロッパの植民地であったアメリカ大陸まで伝わります。同時期にアメリカ大陸まで流れ着いた捕鯨船が体長18m・体重45トンのマッコウクジラの狩りに成功し、現代の価値で20万ドル(約3000万円)相当の鯨油が採れるとして注目されました。


当時の捕鯨について、Nightshiftは「計画は単純かつ狂気じみている」と表現しています。大規模な船や装備はないため、数人乗りのボートをこいでクジラに近づいていき、クジラの体にモリを突き刺します。モリで船とクジラがつながり、逃げて行くクジラに船が引きずられていく様子は「ナンタケットのそり遊び」と呼ばれます。その状況はクジラが力つきるまで数時間続き、船が揺れて転落してしまう船員や、仲間のクジラが反撃してきて押しつぶされてしまう船員も少なくありません。


クジラの加工は船の上で行われていました。捕獲船がクジラの死体を母船まで引っ張ってくると、厚さ20cmほどある硬い脂身を剥いで船の上にある巨大な鉄鍋で煮詰めます。立ち上る煙や海に広がる血から死臭や腐敗臭が広がり、「捕鯨船の臭いは30km離れたところからでもわかる」と言われていたそうです。


過酷さや残酷さから捕鯨に参加した人の約3分の1がすぐに脱退してしまう傾向にありましたが、それでも1850年代までに捕鯨はアメリカで5番目に大きな産業となり、世界の捕鯨船団の4分の3に当たる700隻の捕鯨船が7万人を雇用していました。記録によると、1853年のアメリカの捕鯨船だけで8000頭以上のクジラを狩り、現在の価値で約5億ドル(約770億円)を鯨油で稼いだとのこと。アメリカの捕鯨産業は投資を集めて装備を調えて海にくり出し、うまく行けば大金持ちになり失敗すると借金持ちになるという「アメリカンドリーム」と呼ばれることもあった一方で、労働力の多くはネイティブアメリカンと黒人の船員だったように、搾取的な状況であったという大きな問題がありました。


1859年に捕鯨は大きな転換を迎えます。蒸気を動力とした掘削装置が商業的に石油をくみ上げ始めたことで、石油から作られる灯油がランプの主な素材となりました。しかし同時に、鯨油は潤滑剤としては非常に優れていたため、石油によって機械化が促進されたことで潤滑剤の需要が増加し、ランプとしては不要になった鯨油の需要はむしろ高まりました。

さらに、エンジンが開発されたことで帆船による捕鯨の時代から効率が大きく変わりました。捕鯨船がエンジン駆動になったことで沿岸部以外からでも捕鯨が可能になり、第二次世界大戦後には漁期と捕獲量をあらかじめ決定する「捕鯨オリンピック方式」で乱獲が行われたことで、1964年には「トン数で見た人類史上最大の動物虐殺」が起きたとNightshiftは述べています。

捕鯨が加速したことにより、マッコウクジラは150万頭から80万頭まで個体数が減少し、大型のナガスクジラは80万頭近くから10万頭にまで減少しました。世界最大の動物と言われるシロナガスクジラは34万頭から98%減少し5000頭~1万5000頭ほどまで個体数を減らしています。クジラの保護を訴えて産業捕鯨を規制する国際会議は20世紀前半から繰り返し行われてきましたが、国際捕鯨委員会が1982年に商業捕鯨モラトリアムを採択し、商業捕鯨は事実上終結しました。


Nightshiftは産業捕鯨の歴史について「今振り返ると血なまぐさく野蛮なものに見える捕鯨は、過程に光を当てたり機械に動力を与えたりすることで、近代化の足場を築きました。進歩と破壊は常に隣り合わせで、世界を作り替える力を持っています」と語っています。

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in 動画,   生き物, Posted by log1e_dh

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