サイエンス

ハエの脳の完全なマッピングに大規模な科学者チームが成功、ヒトの脳の理解に向けた大きな一歩を踏み出す


プリンストン大学の研究者が率いる科学コンソーシアムの「FlyWire」が、キイロショウジョウバエの脳全体の配線図であるコネクトームを構築することに世界で初めて成功しました。キイロショウジョウバエはこれまでコネクトームが作成された動物の中で最も複雑な脳を持っており、ヒトの脳の理解に向けた大きな一歩になると期待されています。

Neuronal wiring diagram of an adult brain | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07558-y


Mapping an entire (fly) brain: A step toward understanding diseases of the human brain
https://www.princeton.edu/news/2024/10/02/mapping-entire-fly-brain-step-toward-understanding-diseases-human-brain

Tiny brain, big deal: fruit fly diagram could transform neuroscience | Neuroscience | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2024/oct/02/fruit-fly-brain-connections-wiring-diagram-neuroscience

プリンストン大学が主導し、122の研究機関に属する146の研究室のメンバーで構成されているFlyWireは、ショウジョウバエの全脳コネクトームを作成することを目的としたコンソーシアムです。コネクトームとは、生物の神経系を構成する神経細胞(ニューロン)や神経細胞間の接続部位であるシナプスを詳細に表した、神経回路の地図のことです。

これまでに研究者らは、302個のニューロンを持つ線虫の脳と、3000個のニューロンを持つショウジョウバエの幼虫の脳をマッピングすることに成功していました。しかし、成虫のショウジョウバエははるかに複雑な脳を持っており、ニューロンの数は約14万個、シナプスは約5000万個に達します。

プリンストン神経科学研究所の所長であるマラ・マーシー氏は、「脳がどのように機能するのかは、どのニューロンがどのニューロンと接続しているのかや、接続の強度に強く依存しています」と述べています。一般的な神経科学者は1個のニューロンだけを見て物事を単純化する傾向がありますが、ニューロンの働きを解明するにはそれ単体ではなく、脳全体の複雑なネットワークを見る必要があるとマーシー氏は主張しています。

マーシー氏は2018年に、プリンストン大学の神経科学者であるセバスチャン・スン教授と共にFlyWireを立ち上げました。プロジェクトの陣頭指揮を執ったのは、2023年にプリンストン大学で博士号を取得し、記事作成時点ではアレン脳科学研究所に在籍するスヴェン・デルケンヴァルド氏です。

デルケンヴァルド氏は、「Googleマップなしで新しい場所にドライブしたくないように、地図なしで脳を探検したくはないでしょう。私たちが行ったのは、脳の地図帳を作り、すべての企業・建物・通りの名前に注釈を加えるようなことです。これによって、研究者が脳を理解しようとする時に、より思慮深く脳をナビゲートできるようになりました」と述べています。


ショウジョウバエの脳は直径約750μm、高さ350μm、厚み250μmと非常に小さいものです。研究チームは、ショウジョウバエの脳を撮影した2100万枚もの画像を基にして、ニューロンやシナプスをマッピングした3D画像の作成を行いました。

画像を3Dマップに変換する作業には、スン氏らが開発したAIモデルが使用されており、人間はAIが生成した結果のチェックやラベル付けを担当したとのこと。そして今回、9件の関連する論文で、ショウジョウバエの全脳コネクトームが作成されたことが報告されました。


すでに研究チームは、ショウジョウバエの全脳コネクトームを「FlyWire Codex」というウェブページで公開しており、興味のある研究者は大量のデータをダウンロードしたり、ニューロンやシナプスの経路を探索したりすることができます。マーシー氏は、「私たちは初日からデータをハエ研究者のコミュニティに公開し、『科学的なことは何でもやってください。ただし、校正や注釈付けを手伝ってください』と伝えました」と述べています。

デルケンヴァルド氏は、「この脳マップができたので、どのニューロンがどの行動に関係しているのかという疑問のループを閉じることができます。新たな実験によって新たな仮説が生まれ、それをコネクトーム全体と関連付けて再現することができるのは、素晴らしいことです。大変なのはこれからでしょう。これは始まりであって、終わりではないのです」とコメントしました。


ヒトの脳はショウジョウバエの脳よりもはるかに複雑ですが、ショウジョウバエはヒトのDNAの60%を共有しているほか、ヒトの遺伝病の約75%はショウジョウバエと類似点があるとのこと。そのため、ショウジョウバエの脳を理解することは、ヒトのようなより複雑な脳を理解する足がかりになると期待されています。

スン氏は、「これは大きな成果です。これほど複雑な成体動物のための完全な脳コネクトームは他にありません」「ハエのコネクトームがあれば、前例のないほど詳細で深く脳を理解できる可能性があります」とコメントしました。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
1立方ミリメートルの脳の断片をハーバード大学とGoogleの研究者がナノメートル単位で3Dマッピングすることに成功 - GIGAZINE

神経細胞すべてのマッピングに成功した生物はわずか1種、神経科学の強力なデータとなる「コネクトーム」とは? - GIGAZINE

脳マッピングをゲーマーにクラウドソーシングすることで新種のニューロンを発見することに成功 - GIGAZINE

新しい脳地図作成によって人間の脳の部位や特徴をこれまでより正確に分析できる可能性 - GIGAZINE

なぜ虫はあんなに小さい脳で複雑な行動ができるのか? - GIGAZINE

in サイエンス,   生き物, Posted by log1h_ik

You can read the machine translated English article here.