サイエンス

実験室で培養した「ミニ脳」をバイオコンピューターとして使用するというアイデアを研究者が提唱


近年話題となっている人工知能(AI)は、人間の脳に触発されたアプローチによって大きな進歩を遂げています。そんな中で学際的な研究チームが、ヒト幹細胞を基に作られた脳オルガノイド(ミニ脳)を生物学的ハードウェアとして使用する「Organoid intelligence (OI/オルガノイドインテリジェンス)」というアイデアを提唱し、実現に向けたロードマップを説明しました。

Frontiers | Organoid intelligence (OI): the new frontier in biocomputing and intelligence-in-a-dish
https://www.frontiersin.org/journals/science/articles/10.3389/fsci.2023.1017235

Scientists unveil plan to create biocomputers powered by human brain cells - Science & research news | Frontiers
https://blog.frontiersin.org/2023/02/28/brain-organoids-intelligence-biocomoputing-hartung/

Scientists unveil plan to create biocomputers | EurekAlert!
https://www.eurekalert.org/news-releases/980084

Lab-grown minibrains will be used as 'biological hardware' to create new biocomputers, scientists propose | Live Science
https://www.livescience.com/lab-grown-minibrains-will-be-used-as-biological-hardware-to-create-new-biocomputers-scientists-propose

脳オルガノイドは人間の脳をそのままミニチュア化したものではないものの、学習や記憶といった認知機能に必要不可欠なニューロンやその他の脳細胞など、脳機能や構造の主要な部分を持っています。また、一般的な培養細胞とは違い立体的な3次元構造を有しているため、細胞密度が高くニューロンがより多くの接続を形成できるとのこと。


すでに脳オルガノイドを使用した研究は数多く行われており、薬物が脳に及ぼすメカニズムについての研究ラットの脳損傷を人間の脳オルガノイドで修復するという研究が報告されています。また、脳オルガノイドに卓球ゲームの「PONG」をプレイさせることに成功したという研究結果もあります。

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そんな脳オルガノイドを生物学的ハードウェアとして使用するアイデアとそのロードマップについて発表したのが、ジョンズ・ホプキンズ大学で細胞培養や薬理学について研究するトーマス・ハルトゥング教授らの学際的な研究チームです。ハルトゥング教授は、「私たちはこの新たな学際的分野を『オルガノイド・インテリジェンス(OI)』と呼んでいます。この技術は、高速でパワフルかつ効率的なバイオコンピューティングの新時代を切り開くと確信しています」と述べています。

「いくら脳オルガノイドが人間の脳を模倣する上で優れているとはいえ、コンピューターにはかなわないのでは?」という疑問に対し、ハルトゥング教授は「シリコンベースのコンピューターは確かに数字に強いですが、脳は学習に優れています」とコメント。たとえば、2016年に人間のトッププロを打ち破ったことで話題を呼んだ囲碁AIの「AlphaGo」は16万試合ものデータで訓練されており、人間がこれほどの試合経験を積むには1日5時間の対戦を175年以上続ける必要があります。しかし、人間はこれよりはるかに少ない時間とエネルギーコストで囲碁の腕前を磨くことができ、学習時間やコストに対するパフォーマンスでは人間に軍配が上がるとのこと。

また、ハルトゥング教授は「脳には推定2500TBもの情報を保存する驚くべき能力もあります」「小さなチップにこれ以上トランジスタを詰め込むことはできないため、私たちはシリコンコンピューターの物理的限界に達しつつあります。しかし、脳はまったく異なる配線をしており、約1000億個の神経細胞が1015個以上の接続点を介してリンクしています。これは現在のテクノロジーとは比較にならないほどのパワー差です」と述べ、脳オルガノイドをコンピューティングに使用する利点を訴えています。

研究チームは脳オルガノイドを使用してオルガノイド・インテリジェンスを構築するため、さまざまな点での改善が必要だと記しています。たとえば、記事作成時点の脳オルガノイドには約5万個の細胞が含まれていますが、オルガノイド・インテリジェンスには脳細胞の数を1000万個まで増やす必要があるとのこと。さらに、生物工学や機械学習などの分野を組み合わせ、脳オルガノイドと情報をやり取りする通信システムや、データを記録するツールも開発する必要があります。すでにハルトゥング教授らの研究チームは、2022年8月に発表した論文で、脳オルガノイドと信号を送受信できるブレイン・コンピューター・インターフェースを開発したと報告しました。

脳オルガノイドの利用に期待が高まる一方で、学習や記憶する能力を持ち、環境と相互作用できる脳オルガノイドを作成することは、複雑な倫理的問題を提起します。すでに脳オルガノイドに原始的な目を発達させることに成功したという研究結果があるほか、脳オルガノイドから赤ちゃんの脳波に似た信号が検出されたという報告もあります。

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論文の共著者であるカリフォルニア大学サンディエゴ校のアリソン・ムオトリ教授は、すでに脳オルガノイドが赤ちゃんの脳波を模倣できることがわかっており、麻酔をすると人間の脳と同様に脳波がフェードアウトすることも判明していると指摘。脳オルガノイドの意識がどれほどのものか測定するため、ムオトリ氏らは意識の有無の尺度であるPerturbational Complexity Index(PCI/摂動複雑性指数)を収集する研究を行っているとのこと。

科学者らは脳オルガノイドが何らかの意識や知性を獲得する可能性があると考えているものの、実際に人間のような意識が発生するかどうかは不明です。スタンフォード大学で生物科学から生じる倫理や法的問題について研究するハンク・グリーリー教授は、科学系メディアのLive Scienceに対し、「互いに接続されたニューロンが何個あっても知的なものにはなりません。私が100万個の切石を積み上げてもシャルトル大聖堂ができるわけではなく、ただの切石の山にしかならないでしょう。実際の脳を作るのは脳細胞の構造、つながり、そして環境なのです」とコメントしました。

ハルトゥング教授は「私たちのビジョンの重要な部分は、倫理的かつ社会的に責任のある方法でオルガノイド・インテリジェンスを開発することです。このため、私たちは当初から倫理学者と提携し、『組み込まれた倫理』アプローチを確立しています。すべての倫理的問題は倫理学者・科学者・そして一般の人々で構成されるチームにより、研究の進展と共に継続的に評価されることとなります」と述べ、倫理的配慮を持ってオルガノイド・インテリジェンスの研究を進める姿勢を見せました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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