人が細菌やウイルスに感染するまでのプロセスを感染症の研究者が解説、感染を防ぐ効果的な対策とは?
ウイルスや細菌などの病原体は日常的にさまざまな形で人体に侵入を繰り返していますが、人体には免疫という防衛システムが備わっているため病気にはなりません。しかし、一度に大量の病原体が体内に侵入してしまうと防衛が追いつかず発病に至ってしまいます。そうした病気の発症プロセスを元に、どうすれば病気になりにくくなるのかについて感染症を研究しているタラ・C・スミスさんが解説しています。
How Many Microbes Does It Take to Make You Sick? | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/how-many-microbes-does-it-take-to-make-you-sick-20230927/
病原体が人体を「病気」の状態にするには、皮膚や粘液、繊毛、胃酸などの障壁を乗り越えて体内に侵入する必要があります。一部の細菌や寄生虫は体内のどこでも増殖のプロセスを開始できますが、その他の細菌やウイルスは細胞内へ侵入しなければ増殖のプロセスを開始できません。さらに、人体にいる間は常に免疫システムからの攻撃を受け続けることになります。こうした関門を突破して病原体が増殖を始めると「病気」になってしまうというわけ。
人体へは日常的に病原体が侵入していますが、通常は侵入する病原体の数が少なすぎるため免疫を突破できません。病原体の数が増えれば増えるほど免疫が突破される可能性が高くなり、病気になる確率が上がっていきます。「病気が発症するまでにどれくらいの数の病原体が体内に侵入する必要があるのか」は病原体によって異なり、「最小発症菌量・最小発症ウイルス量」という数値で表されます。
一般的には病原菌の数がかなり多くならないと病気になりませんが、ノロウイルスなど病原菌の中にはきわめて少ない病原菌の量で病気になってしまうものも存在しています。ノロウイルスの最小発症ウイルス量は「ウイルス18個」となっているほか、体の外でも数日間以上生存できるため、感染者が一度ウイルスをばらまいてしまった場合には数日に渡ってその場所に触れた人全員に感染が広がってしまう危険があるとのこと。
病原体によって最小発症菌量が異なる理由はまだはっきりとは明らかになっていませんが、2023年9月時点で主流なのは「細胞を直接攻撃する病原体は最小発症菌量が小さい」という考え方です。「細胞に害を与えるタンパク質を分泌する」など、細胞への攻撃手段が間接的になるほど「攻撃」が時間と空間によって希釈されるため、発症までにより多くの細菌が必要になると考えられています。
最小発症菌量を把握する研究では、人体に病原体を投与すると病気が大幅に悪化したり長期合併症を引き起こしたりする危険があるなど倫理的に困難のため、代わりにモルモットやラット、マウス、フェレットなどが使用されています。その他、直接病原菌を投与するのではなく、発病者と日常的に接触している人がどれくらいの期間で病気になるかを観察する方法も存在しています。
なお、実際に病気が発症するには感染経路も重要です。特に血液に直接侵入した場合、人体の多くの防御機構をバイパスできてしまうため口や肺から侵入するのに比べてはるかに少ない菌量で発病するとのこと。HIVの感染リスクを比較した場合、輸血や注射は性行為よりもはるかに危険性が高くなっています。
「最小発症ウイルス量」とは別に、「ウイルス量」という概念も存在しています。最小発症ウイルス量が感染を引き起こすのに必要なウイルスの量を表しているのに対し、ウイルス量は体内など一定の区画にどれくらいウイルスが存在しているかを表す指標で、HIV・AIDSなどの治療を管理する際に用いられています。
COVID-19の原因となる新型コロナウイルスが登場してからの4年間でさまざまな研究が行われており、そうした研究結果からは「最小発症ウイルス量」が100~400PFU(プラーク形成単位)と小さいことが新型コロナウイルスが非常に感染しやすい理由の1つであることが示唆されています。一方で、新型コロナウイルスに感染した患者のウイルス量は高まりやすく、発症から8日間は1分あたり最大800個のウイルスRNAを吐き出すことが示されています。ウイルスRNAからはどれくらいのウイルスが生存状態だったのかを知ることはできませんが、仮にこのウイルスRNAの半分が「生きている新型コロナウイルス」だとするとたった1分の濃厚接触で感染が広まってしまうというわけです。
以前感染した病原体が侵入してきた場合、以前の感染時に生成された抗体が病原体と結びつき、細胞への付着を妨害したり、白血球の1種である好中球が攻撃しやすいようマークをつけたりします。また、細胞へ侵入された後でもメモリーT細胞による攻撃が行われるようになります。このように、同じ病原体が複数回侵入してきた場合はさまざまな追加の防御機構が働くため、最小発症菌量が増加して発症しにくくなります。実際に感染する場合のほか、ワクチンを接種することで感染したのと同じ効果を得ることができ、体をより発症しにくい状態にすることが可能です。
感染症を回避するためには、病原体の濃度と接触時間を減らしていく事が大切です。マスクをしたり、換気をしたり、ソーシャルディスタンスを確保したりすることで病原体の濃度を下げることができるほか、ワクチンを接種して最小発症ウイルス量を高めて感染しにくい状態にすることで、発症するリスクを抑えることができます。なお、新型コロナウイルスの研究ではワクチン接種を受けた人は排出するウイルス量が減少する傾向が見られているため、周囲の人に感染を広げないためにもワクチンの接種が大切だと言えそうです。
・関連記事
新型コロナウイルスワクチンの追加接種が奨励されるアメリカでは国民の半数以上が追加接種を受ける予定 - GIGAZINE
新型コロナは大きく変異したので「SARS-CoV-3と呼ぶべき」と専門家が提唱 - GIGAZINE
新型コロナの後遺症の影響は「計り知れないほど大きい」と研究者が語る - GIGAZINE
「ロングCOVID」による認知機能の低下は新型コロナ感染から2年以上も持続するケースもあることが判明 - GIGAZINE
新型コロナは感染後に脳組織で増殖し最大230日間も体内に残り続けるという研究結果が発表される - GIGAZINE
・関連コンテンツ