地上15mのリアクターで太陽光・二酸化炭素・水からカーボンニュートラルなジェット燃料を生産するシステムが開発される
近年は、人為的活動で排出する二酸化炭素量と吸収する二酸化炭素量を釣り合わせる「カーボンニュートラル」という考えが広まっており、さまざまな分野でカーボンニュートラルの達成が目標に掲げられています。スイス・チューリッヒ工科大学の研究チームは、太陽光・二酸化炭素・水からカーボンニュートラルなジェット燃料を作る巨大なタワー型ソーラーリアクターを開発したと発表しました。
A solar tower fuel plant for the thermochemical production of kerosene from H2O and CO2: Joule
https://doi.org/10.1016/j.joule.2022.06.012
All-in-one solar-powered tower makes carbon-neutral jet fuel -- ScienceDaily
https://www.sciencedaily.com/releases/2022/07/220720121020.htm
This 'Solar Tower' System Produces Jet Fuel From CO2, Water, and Sunlight
https://singularityhub.com/2022/07/25/this-solar-tower-system-produces-jet-fuel-from-co2-water-and-sunlight/
All-in-one solar tower produces jet fuel from CO2, water and sunlight
https://newatlas.com/energy/solar-jet-fuel-tower/
近年では自動車産業において化石燃料からバッテリーへの移行が進みつつありますが、世界の温室効果ガス排出の5%を占めている航空産業では依然として化石燃料が使われており、クリーンな航空技術の開発・展開にはまだ時間がかかります。そこで航空産業が目を付けているのが、二酸化炭素排出量をトータルで相殺する「カーボンニュートラルなジェット燃料」です。カーボンニュートラルな燃料は、通常の化石燃料と同様にエンジンで燃焼して二酸化炭素を排出するものの、製造過程で環境中の二酸化炭素を取り込むため、トータルでみると二酸化炭素排出量を抑えることができます。
カーボンニュートラルな燃料としては、木質系セルロースなどのバイオマス原料を用いたバイオジェット燃料などが注目されていますが、これらの燃料は植物を栽培する土地が必要になるほか、肥料や農機具などが二酸化炭素を排出するという問題もあります。また、埋め立て地の廃棄物や廃油などから燃料を合成する方法も、製造過程で多くのエネルギーを使用することから、結局は二酸化炭素排出の問題が残るとのこと。
そこで、チューリッヒ工科大学機械プロセス工学科のAldo Steinfeld教授らの研究チームは、太陽光・二酸化炭素・水を用いてカーボンニュートラルなジェット燃料を製造するシステムを開発しました。研究チームがシステムの実証実験を行うため、実際に建設したものがこれ。中央に建っているのが、ジェット燃料の製造を行うタワー型ソーラーリアクターです。
このシステムでは、周辺に並べられた169枚の太陽追跡反射鏡で反射させた太陽光を、高さ15mの位置にあるソーラーリアクターの直径わずか16cmの穴に集めます。大量の反射鏡が集めた膨大な熱エネルギーを利用して水と二酸化炭素に酸化還元反応を起こし、液体燃料の元となる合成ガスを生産するという仕組みとなっています。
リアクターの中はこんな感じ。収束された太陽エネルギーはリアクター内の酸化セリウム(IV)からなる多孔質構造と共に、水と二酸化炭素の酸化還元反応を促進し、水素と一酸化炭素からなる合成ガスに変換します。リアクターが正常に動作するには1450度もの高温が必要ですが、臨界温度の1500度に達するといくつかのサイクルを停止する必要があるそうで、あまりに熱すぎてもうまく動作しないとのこと。
生産された合成ガスはタワーの底部にあるGas-to-Liquid unit(ガス-液体変換ユニット)へと供給され、16%の合成灯油と40%の合成ディーゼルを含む液相と、7%の合成灯油と40%の合成ディーゼルからなる油層に変換されます。これらの液体炭化水素燃料に含まれる炭素は空気中から抽出された二酸化炭素に由来するため、ジェット燃料として燃焼されても、トータルの炭素排出量を相殺できるというわけです。
研究チームは実際に9日間にわたってタワー型リアクターを動作させ、どれほどの燃料を生産できるか実験しました。この実験では天候がよければ1日に6~8サイクルを行い、各サイクルは平均53分間持続し、総稼働時間は55時間に及んだとのこと。
タワー型リアクターは最終的に、9日間の稼働で合計5191リットルもの合成ガスを製造したことが報告されていますが、最終的にどれほどの合成灯油と合成ディーゼルが精製されたのかは不明です。なお、ボーイング787の燃料容量は最大12万6372リットルであり、アメリカ・ニューヨークからベトナム・ホーチミンまで1万4140kmの距離を飛ぶことが可能。これを考えると、1つのソーラーリアクターが製造できる燃料が少なすぎると感じるかもしれませんが、合成燃料は通常の燃料と混合することができるため、すべての燃料を置き換える必要はありません。たとえ、リアクターが生産する合成燃料がすべてのジェット燃料を代替できなくても、生産した分だけ全体の二酸化炭素排出量の削減につながるというわけです。
今回の実験では、太陽エネルギーから合成ガスへのエネルギー変換効率は4%に過ぎませんでしたが、研究チームはより多くの熱を回収・リサイクルし、酸化セリウム(IV)の構造を見直すことで効率を20%以上に高められると考えています。Steinfeld氏は、「私たちは初めて、水と二酸化炭素から灯油までの熱化学プロセスチェーン全体を、完全に統合されたソーラータワーシステムで実証しました。このソーラータワー燃料プラントは産業界への導入に適した設定で運転され、持続可能な航空燃料の生産に向けた技術的なマイルストーンを打ち立てました」と述べました。
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