「クラゲ」が動物の脳を調べる研究者に注目されている理由とは?
人間の脳には約1000億個の神経細胞(ニューロン)が存在していると言われており、それぞれのニューロンが接続して作り出す回路を分析することは、非常に複雑なパズルに取り組むようなものです。そんな脳神経科学の難問に取り組むカリフォルニア工科大学などの研究チームは、動物の行動と神経系の問題を調べるために「直径1cmのクラゲ」に注目しているとのことです。
A genetically tractable jellyfish model for systems and evolutionary neuroscience: Cell
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(21)01269-1
How to read a jellyfish's mind
https://phys.org/news/2021-11-jellyfish-mind.html
カリフォルニア大学やノースウェスタン大学、フランスのソルボンヌ大学などの研究チームは新たに発表した論文で、成長しても直径1cmにしかならないClytia hemisphaericaというクラゲのニューロンを調べるための遺伝的ツールキットを発表しました。このツールキットを利用することで、ニューロンが活性化されると光り輝くように遺伝子組み換えされたクラゲを作り出し、透明な体を通して全体的な神経活動を観察できるようになるとのこと。
一般的に実験室で使用されるモデル生物はミミズ・ハエ・魚・マウスなどであり、クラゲはこれらの動物よりも遺伝的に人間から遠いため、モデル生物としては外れ値と言える存在だそうです。しかし、論文の筆頭著者であるカリフォルニア工科大学の博士研究員・Brady Weissbourd氏は、「クラゲは人間と遠く離れた存在であるからこそ、比較するポイントとして重要です」「クラゲは私たちに対し、『全ての神経系に共通する神経科学の原理はあるのか?』『最初の神経系はどのようなものだったのか?』といった疑問を問いかけます」と指摘しています。
また、多くのクラゲは「小さくて透明である」という点も、神経科学の研究を行うプラットフォームとして有用だと考えられているとのこと。「なぜなら、光を使って神経活動をイメージングしたり操作したりするための素晴らしいツールがあるからです。生きているクラゲの全身を顕微鏡の下に置けば、神経系全体を一度に見ることができます」とWeissbourd氏は述べました。
研究チームが開発した遺伝的ツールキットを導入したクラゲは……
ニューロンが活性化するとその部分が光るようになっています。
これにより、特定の動作をしている時にどの部分のニューロンが活性化しているのかを把握するのが容易になります。
クラゲの脳は人間のように体の一部に集中しているのではなく、全身に網のように分散して存在しています。そのため、クラゲのさまざまな部位は中央制御システムなしで自律的に動作可能であり、外科的にクラゲの口だけを取り除いたとしても、口だけで「食べる」動作を続けることができるとのこと。クラゲは何億年も地球上で生き延びているため、この分散型の神経系は進化戦略として有効であるとみられますが、この分散型システムを持つクラゲがどのように全身の行動を協調させているのかは不明な点も多く残っています。
そこで研究チームは、ニューロンが活性化すると光る遺伝的ツールを導入したClytia hemisphaericaを用いて、摂食行動を神経回路が調整する方法について研究しました。Clytia hemisphaericaは触手でエビをつかむと、触手を口に近づけるために体を折りたたみ、それと同時に触手に向かって口を曲げる動作を行います。
分析の結果、特定の神経ペプチドを産生するニューロンのサブネットワークが、体を折りたたむ動きを担当していることがわかりました。また、クラゲの神経系は一見すると拡散していて構造化されていないように見えたものの、実はニューロンが組織化されていることも判明したとのこと。
Weissbourd氏は、「私たちの実験は、丸いクラゲの傘にある一見すると拡散したニューロンのネットワークが、実はピザのスライスのようなくさび形で組織されたニューロンのパッチに細分化されていることを明らかにしました」とコメント。クラゲの触手がエビをつかむと、この触手に最も近い「ピザのスライスのような範囲のニューロン」が活性化し、対応する体の部分が内側に折りたたまれて、エビが口に運ばれるそうです。「重要なことに、このレベルの神経組織はクラゲの生体構造を顕微鏡を使ったとしても見えないということです。これを見るためには活性化しているニューロンを可視化する必要があり、この新しいシステムではそれが可能です」と述べました。
by Yasunari(康就) Nakamura(中村)
Weissbourd氏は今回の研究について、クラゲの行動の一部を説明するものだと主張。今後の作業では、ニューラルネットワーク内のモジュール性や、それぞれのモジュールがどのように連携するのかを調べ、ニューラルネットワークによってどのように行動が生み出されるのかを理解したいとのこと。「最終的な目標は、クラゲの神経系を理解するだけでなく、将来的により複雑なシステムを理解するための出発点として使うことです」と述べました。
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