インタビュー

陶芸部活アニメ「やくならマグカップも」をどう作り上げたのか神谷純監督にインタビュー


2021年4月から放送中のTVアニメ「やくならマグカップも」は、陶芸の世界にのめり込んでいく高校生の姿を描いた作品です。舞台となっている岐阜県多治見市は焼き物の町として知られており、本当に作中に出てくるような「陶芸部」が存在するというのも興味深いところですが、そもそも原作が「フリーコミックとして8年続いてきた作品」というのも面白いところ。いったい、この作品をどのように扱っているのか、監督の神谷純さんに詳しい話を伺ってみました。

TVアニメ&実写『やくならマグカップも』
https://yakumo-project.com/


GIGAZINE(以下、G):
本作では制作前に神谷監督らによるロケハンが行われて、Forbes JAPANの記事には「実際に神谷監督は多治見市を説明できるほど熟知している」という文言がありました。

神谷純監督(以下、神谷):
「熟知」とは、とてもとても。穴があったら入りたい思いです(笑)

G:
(笑)

神谷:
作品の制作にかかる前に3日間、多治見市でかなりみっちりとスケジュールを組んでのロケをしたんです。市役所の方などにも大変協力いただきまして。そのあと、Oculus QuestにGoogleストリートビューを見られるアプリがあるので、「バーチャル散歩」をしました。

G:
おおー、なるほど。

神谷:
それでなんとなく土地勘をつかみつつという感じです。

G:
ロケハンはいつごろの実施だったんですか?

神谷:
2020年1月20日すぎでした。コロナ関連でいうと、武漢についての報道が大きくなっていた時期でした。もし、もうちょっと後ろにずれていたら学校閉鎖とかもあってバタバタしただろうから、ギリギリのタイミングでした。

G:
すごいタイミングですね。本作は、地場産業の超ローカルコミックをTVアニメ化するという、めちゃくちゃ変わった展開ですが、どういう経緯で監督のところへ話が来たのですか?

神谷:
もともと企画部に何本か企画があって、「いくつかあるんですかどうですか?」とお声かけいただきました。何ヶ月か話をする中で「これが本決まりになりそうです」となって詳しく聞かせてもらったのが、この『やくならマグカップも』でした。そこで初めて作品名を聞いて、バックボーンとかを調べてみたら、フリーペーパーとして発表されていて、しかも8年ぐらいやっている。度肝を抜かれました。東海3県だけではなく東京や大阪の店舗でも配布されていて、当時すでに30巻分ぐらいあって、もう「何事だこれは?どんなプロジェクトなんだこれは???」と。

G:
確かに、どうなっているんだと思いますよね(笑)

神谷:
「多治見の良さを伝えるため」ということで、地元のプラネットさんという企業がやっているんですよね。季刊で、年4冊、オールカラー出版。その後の収益の可能性を考慮したとしても、どう頑張っても3年が限界ですよ。それを8年やっていると聞いて「これは商売っ気でやっているんじゃないんだな」と納得しました。この業界で、大手出版社作品を原作としたアニメをやりましょうというのはよくある話ですし、僕自身もいろいろ手がけてきましたが、これは「商売」じゃないものだなと。むしろ、商売だったらここまでやっていないんじゃないかと思いました。さらに話を聞いてみると、アニメ化は、たまたま多治見出身の人間が日本アニメーションに入社して制作になり、たまたま本社で開かれたコンペに企画を出したところ、幸運にも引っかかって今に至るというんです。もう、偶然以外の何物でもないんです。

G:
強運の原作ですね。

神谷:
その強運のための8年があったんだなと。話を聞いているうちに、これは生半可には受けられんぞと……もちろん、他の作品だって生半可でやっているわけではないですが、特に重たくボディブローのように効いてきました。

G:
ちなみに、この作品で監督は久々に日本アニメーションに席を作ってもらったとのこと。ご自身のツイートによれば、『宇宙船サジタリウス』で1985年に原画作業をしていて以来、35年ぶりだそうですが、日本アニメーションに変わりはありましたか?

『やくならマグカップも』の監督に抜擢していただき、本当に久しぶりに日本アニメーション本社スタジオに自分の席ができた。
『宇宙船サジタリウス』の原画作業で1985年にスタジオで作業していた時以来だから、実に35年ぶり。

— 神谷純 (@junkamiya)


神谷:
若干きれいになったなと思いましたが、大ざっぱに言えば、あまり変わってはいないですね(笑)。日本アニメーションの建物は多摩市にあって、前身は実写系のスタジオだったらしいんです。もともとが非常に古い建物で、改装・改築や内装の塗り直しなどはしていますが、基本的なたたずまいは変わっていなくて、懐かしかったです。なにしろ、35年ですから。

G:
監督のツイートで紹介されていた岐阜新聞の記事やYouTubeの動画を見て、「陶芸部」が実在していることや、作中の部室にモデルが実在することに驚きました。

『やくならマグカップも「アニメ+陶芸」日本一暑い街が聖地に』
現地のムービーも記事中にありますが、ロケハンの時から制作の過程の中でも、お世話になっている場所だったり、お世話になっている方々だったりです。
https://t.co/LFXTgnJL76 #岐阜新聞 @gifushimbunより 『

— 神谷純 (@junkamiya)


神谷:
ロケにも行かせてもらいました。多治見工業高校という高校で、セラミックの部活やカリキュラムがあるというところがまず驚きでした。部員もそれなりの数がいて、作品をいろいろな大会に出していたりするんです。作品自体も、手堅いものからアバンギャルドなものまで、いろいろ見せてもらいました。「陶芸」というものがこれだけ地に根付いているからこそ普通に部活動があると。陶芸部では皆さんの話を聞くことができて、『やくならマグカップも』というフィクションの中で、女の子たちが陶芸するということのリアリティの裏打ちとして、とても参考になりました。

G:
岐阜新聞の記事によれば、モデルは多治見市住吉町にある「虎渓窯」だと。

神谷:
はい、ここも見に行きました。モデルはここだと聞いて行ってみたら「おんなじだ!」と(笑)。「写真がそのまま参考になりそうだね」と美術設定の人と話をして、「できるだけ撮っておこう」と、棚からガス給湯器に至るまで、写真を撮りまくりました。

G:
アニメを見たとき、部室では特に実在感が立ち上がってくる感じがしましたが、その徹底的な取材が理由なんですね。

神谷:
そうですね、僕も原作を読んでいたので驚き、感動しました。内部については、虎渓窯さんの作陶教室のところがモデルなんですが、外観は水月窯という文化財になっているところがモデルで、こちらも見せてもらって「ああ、部室があった」と思いました。

G:
今回、「やくならマグカップも」のTwitter公式アカウントがスタジオ潜入レポートを積極的に投稿していたのを見かけました。その中で監督が絵コンテをPCで描いているツイートがあり、監督自身も、Storyboard Proで作っているとツイートしていましたが、iPad Proで絵コンテを描き始めたのはいつごろなのですか?

【アニメ『やくならマグカップも』スタジオ潜入レポート☕】

監督が作業中です????
ディスカッションを経て決定した内容を踏まえ、絵コンテに起こしています????#やくもtv pic.twitter.com/TD3esmIDXr

— TVアニメ&実写『やくならマグカップも』公式 4月2日よりTV放送開始! (@yakumo_project)

iPad Proをタブレットとして使っています。 https://t.co/sV6nVi9fUB

— 神谷純 (@junkamiya)

絵コンテはStoryboard Proというソフトウェアで作成しています。 https://t.co/n8oJZxtzS2

— 神谷純 (@junkamiya)


神谷:
僕はガジェット好きなので、iPadは一番最初のやつからずっと買っていて、その当時から「絵コンテがiPadで描ければ素敵だな」と思っていました。当時は、UPADというアプリで、絵コンテ用紙をスキャンしたものを台紙として読み込んで、iPadを使ってスタイラスで描き込むということをしていました。やがて、絵コンテ絵コンテソフトがあるということを聞き、リサーチするうちに「これが使えたら面白いな」と導入したのが4年ぐらい前だったかな、と思います。

G:
そうなると、デジタルで絵コンテを描くことに関しては、かなりのキャリアがあるということですね。

神谷:
楽なんです。手描きの絵コンテって、いわば、脚本の文章をほぼ全部手書きにして、さらに1.5倍の量を書くようなことになるんです。セリフも書くし、ト書きも書くし、さらに絵の部分、たとえば写真を参考にしてそのまま貼れればいいなというときでも、手描きだと一生懸命描き写すしかなくて。

G:
ああー、なるほど。

神谷:
兼用カットで2つも3つもあるところでも、やっぱり頑張るしかない。あるいは、プリンターで印刷してコピーを貼るしかない。これをデジタルでやれたらと思っていたので、比較的早い段階から導入していきました。ただ、ただ、Storyboard Proは、iOS版がないんです。僕はMacを使っているので、AstropadというiPadをタブレットにするアプリがあるので、それを使ってiPadをタブレット化しています。なにしろ、Apple Pencilが使いやすくて、画面は小さいんですが、市販の液タブよりも描き心地がいいんです。それにより、絵コンテ作業は早くなりました。

G:
なるほど。監督の経歴を拝見すると、絵コンテを担当していることが多いですね。

神谷:
そうですね、「キングダム」が終わって以降、円谷さんの「大怪獣ラッシュ」のシリーズがありましたけれど、その後は職業絵コンテマンみたいな感じになっていましたね。

G:
本作について、監督のツイートで全話の絵コンテを描き終えてからオープニングとエンディングをやるという話がありました。「やくならマグカップも」の絵コンテ作業は、なにか特別だったり、あるいは難しかったりしたのでしょうか?

日本アニメーションの社内作業は28日で締めたとはいえ、例によって絵コンテを書きつつの年越しになる。
「やくならマグカップも」本編は全話の絵コンテを書き終えてはいるが、オープニングとエンディングを書かないと。

— 神谷純 (@junkamiya)


神谷:
本編に関していえば、演出家・神谷としては得意なフィールドではあるんです。少ない人数でこってりとした芝居というのが好きなんです。その、自分のフィールドに近いところで描かせていただいたので、12本すべて自分で描けたのはよかったと思います。それだけに、オープニングはすべて描いた後だったから「ネタがない」となってしまって、歌の力に助けられました。とても爽やかないい歌だったので、奇をてらわず、大上段から、王道を照れずにやろうと、それがテーマになりまして。「照れずに、夕日の堤防を走ろうぜ」とか「草に寝っ転がろうぜ」とか、そういうことをてらいもなく真っ正面からやろうと、一大決意をしました(笑)

G:
コンテの話では、「つくづく自分の絵コンテの遅さに困る」というツイートも見かけました。詰まってしまうのは、どういったことが理由なのでしょうか。

もう日々、絵コンテの日々なんだけど、つくづく自分の絵コンテの遅さに困る。
みんなはどうなんだろ?と常々思うんだけど、シーンが変わると毎回手が止まって、それなりの導入カットが浮かぶまで結構かかる。
絵コンテ描いてうん10年だけど未だにそう。
その辺り、ズバズバ書ける人、マジ羨ましい。

— 神谷純 (@junkamiya)


神谷:
シーンが変わると、次のシーンはどういう形でどう入れば視聴者の気持ちをつかめるのかなというところですね。誰のどういう感情を描いたらいいだろうかと。喜びなのか、悲しみなのか。最初のカットから匂わせるために何から入ったらいいんだろうと立ち止まってしまうんです。考え出すと……とりあえず違うことをやるよね、みたいな(笑)

G:
(笑)

神谷:
なーんてやってると、シーンが多くなると立ち止まること自体が増えてしまうんです。『やくならマグカップも』に限らず、第1話は自分の中でもスタイルを探りつつ、今回の作品はこういうスタイルになるのかなと思いつつの作業になるので、どうしても遅くなりがちですね。

G:
第1話が一番時間かかるのかなと思いますが、どれぐらいの時間がかかるんですか?

神谷:
本作はちょっと特殊で、30分ものだと普通は3週間でやってもらうというのが制作としては一般的なスケジュールです。『やくならマグカップも』は15分と半分なので、1週間半が目安ということになりますね。こちらとしても1週間から2週間でなんとか描ければいいかと思っていたんですが、1話は1ヶ月半かかりました。まあ苦労しましたね……。

G:
なんと。

神谷:
後日、脚本の荒川さんに聞いてみたら「僕も1シーンごとに詰まっています」と。「やっぱりそうだよね、初物ってそうだよね」というのはありました。ただ、コンテに関しては、スタイルが作品をやっているうちにできてきて、それなりのスピードになっていくので、最終的には2週間に1本ぐらいのペースになっていきました。

G:
その作品ごとのスタイルは、やっていて「わかってきたぞ」と実感する瞬間があるのでしょうか?それとも、気づいたらもう最終回だったという感じですか?

神谷:
いやー、毎回すっごく苦労しています。ただ、気づきがまったくゼロというわけではなく、だんだん「こういうシーンならこういう入りだろう」と、作品ごとにゼロ発進ではなく選択肢が見えるようになってきます。しかし、半パート分とはいえ、1つのお話ではあるので、30分ものの半パートを描くのとはカロリーが違いました。

G:
カロリーが違う。

神谷:
同じ15分でも、30分のうちの半分というのと、15分にまとめ込んでいくというのは全然違うんだなとしみじみ思いました。正味でいうと10分半という長さの中で決してダイジェストにはならず、1本見たような心地を視聴者に与えるような描き方。駆け足ではなく「1本見たぞ」という気になってもらうシーンの作り方、そういうカットの置き方というのを、けっこう慎重にカット単位で考えながら描いているというところがありました。

G:
なるほど。

神谷:
そうなると15分だけれど1本なんだなと。短いからこそ、より注意しないと、ずるずると長いもののダイジェストになってしまう。シーンだけはちゃかちゃかと進むけれど、見たときの心地として「あれ?今のシーンはなんだったの?」みたいなものになってしまう。尺が短いからこそ、気を遣いますね。

G:
絵コンテ以降だと、重要視しているのはダビングと編集であるというツイートがありました。この工程、本作で気をつけたポイントはどういったところですか?

監督として、絵コンテ以降で最重要視している二つの工程があります。
ひとつは全ての音が集まるダビングであり、もうひとつが編集です。 https://t.co/JFgbqGI9zI

— 神谷純 (@junkamiya)


神谷:
これは『やくならマグカップも』に限らずの話ですね。各話数にはそれぞれ演出さんがいて、絵の現場は演出さんにできる限り任せることになり、監督が作品を再び触り始めるのが編集からなんです。それで、編集では自分なりの体感で流れを整えるということをやって、ここで自分の体感に合うリズムを作り、冗長にならないように、あるいは舌足らずな時間にならないように、「このカットはこの秒数では短い。印象が弱い」というのを、たとえば10秒足しましょうとか、各カットのもともとの狙いに対して、改めて編集で「狙いに向けて整える」ということをしています。

G:
おおー、なるほど。

神谷:
ダビングに関していえば、僕は常々、アニメーションは7割ぐらいが音だと思っているんです。

G:
7割ですか。

神谷:
自分が子どものころ、1970年代にアニメを浴びるように見ていたとき、作品は同じでも各話の見た目はばらつきが大きかったんです。それでもなぜ楽しめたかと考えたら、声優さんの演技やBGM、SEで十分に感動していたんだなと思ったんです。「絵はきれいだけれど、あまり面白くない……?」というときは、音がべたーっとついていたなと。

G:
ふむふむ。

神谷:
それで、作品を視聴者に届ける上で音の要素は大きいということを、監督を始めるころから意識していました。音の間に無音をあえて作るとか、見た目はつながっていないシーンでも同じ音楽をのせることで1つの感情としてまとめ上げるとか、2つの違うシーンが1人の主人公の気持ちの流れのシーンとしてつながるようにとか、そういうのを楽しんでダビングをやらせていただいています。そこに監督としてのカラーが出るのかもしれないなと思いますね。

G:
音の点でいうと、今回第1話のガヤは、このご時世だからスタッフがヘルプに入れないという事情もあり、お父さん役の石川界人さんが何人分も演じたというエピソードを見ました。

『やくならマグカップも』、そういえばと思い出した1話でのことなんですけど、このご時世、アフレコもブース内には四人までしか入れないんです。しかも一人一人カーテンの仕切りもあって。
なので生徒のガヤ録るのも大変でした。
機材ブース側の僕たちもヘルプで入ることもできない。#やくもTV

— 神谷純 (@junkamiya)


神谷:
このご時世なので、『やくならマグカップも』に限らず、みなさん収録では苦労されていると思います。今回、『やくも』のHALF H・P STUDIOは1回の収録で4人までは入れるんです。ただ、対策がしっかりしていて、4人はカーテンで仕切られていて、声を出さないときはマスクをつけています。収録を終えたら交代して、同話数の別キャストに入ってもらって録っています。まだ『やくも』がいいなと思うのは出演者が少ないという点で、「2回まわしで済むのはいいね」と言われました。これ、スポーツものとかだとどうやって録るんだろうかと思います。

G:
確かに、大変そうですね……。

神谷:
それで1話冒頭、入学でワイワイしているシーンは「どう見ても男子は石川くんしかいないよね」みたいなことになっています(笑)。本人はがんばっていろんな声色でやってくれましたが、知っている人間からすると、そこがなんとも言えず楽しいシーンでもあります(笑)

G:
(笑) 本作は陶芸部が主役ということで、いろいろな小物が画面にひっきりなしに出てきます。プロップデザインは滝れーきさんが担当していますが、滝さんに設定を頼んだきっかけとか理由というのは、どういったものなのでしょうか?

神谷:
滝さんは日本アニメーションで劇場版『はいからさんが通る』のプロップデザインをしていて、すごく精緻なデザインなのですがアニメ用に線が整理されていて、描く人間が迷わない描き方だったので、この方に頼めたらいいなと思ってお声かけしてもらったらOKだったんです。

G:
スタッフの方々には、監督から声をかけたのですか?

神谷:
僕が直接声をかけたのは荒川さんと音響ですね。81プロデュースさんとHALF H・P STUDIOさんとは、これまでの作品でお付き合いがあって無理も聞いてもらっているので、今回も是非お願いできればということで、日本アニメーションと81はあまり組んでいないのですがお願いしました。

G:
シリーズ構成の荒川稔久さんとは「BLUE SEED」や「キングダム」でもタッグを組んでいます。今回もまたタッグが実現した経緯みたいなものはあるのですか?

神谷:
本作に関しては、まず女の子しか出てこないアニメですから、「女の子しか書きたくない」といっている荒川稔久を誘わないなかったら、これは一生恨まれるなと思いまして。「これまで一緒にやってきたのに、なぜ今回に限って誘わないんだ!」と(笑)

G:
(笑)

神谷:
それで「これは企画的に荒川さんだよね」と、比較的早い段階で打診しました。荒川さんは『魔進戦隊キラメイジャー』の仕事もあったタイミングでしたが、プロとして、両方受け持ってやり遂げてくれました。

G:
神谷監督は2001年放送の『ヒカルの碁』も手がけられています。2012年に10年前を振り返るインタビュー企画があったとき、『ヒカルの碁』制作当時はアナログからデジタルへの移行期で、「デジタルで何ができるのか試算段階だった」という話が出ていました。『ヒカルの碁』から20年の本作で、監督がデジタルの変化を感じた部分はありますか?

神谷:
たとえば「ろくろ」ですね。ぬらりとした質感は、すべて撮影にお願いしています。作画であの質感は、なかなか塗りとかで出せないものなんです。一方、陶芸というものを扱う作品で、質感がちゃんと出ないというのは、作品の生命線に関わってきます。実際にトライしてサンプルを出してもらって、相談しつつ「このあたりだよね」とキャッチボールしながら落とし込んでいったのが第1話のろくろのシーンです。あれはデジタルならではだと思います。

G:
なるほど。

神谷:
お母さんのカップを教室で開陳したとき、見目麗しく光ってますが、あれは「撮影で盛ってください」とお願いしたものです。「めっちゃ魅力的に盛ってもらえますか?」とお願いしたら、さすがのカッコよさのものが上がってきました。

G:
昨今、あまりメジャーではない趣味に取り組む姿を描くアニメが注目を集める中で、「陶芸」は特に珍しい題材だと思います。神谷監督の「陶芸」の印象はどんなものでしたか?

神谷:
僕も陶芸に関してはほとんど知らない状態でしたから、原作をいただいたとき、まず陶芸とは何をするのかを調べなければと思い、できる限りもろもろの本に目を通しました。あと、実際に手つきはどうなのかとか、ロケハンに行く前にレクチャー動画なども結構な数を見て、自分の中に「陶芸とはこう作られていくんだ」ということを時間をかけて落とし込んで、それからロケハンで実際に挑戦させてもらい、実感としてフィードバックするという過程がありました。絵コンテは最初こわごわという感じでしたが、自分も陶芸を勉強しながら、陶芸の魅力をだんだんと感じつつ作っていったというところですね。

G:
本作は岐阜県多治見市という実在の町が舞台となっています。実在することによってやりやすい点、架空の町にはない難しい点はどういったところですか?

神谷:
実在すると、外のちょっとしたシーンを作るときでも、これはどの場所なんだろうと考えますね。多治見に住んでいる彼女たちの物語なので、何気ないシーンや芝居でも、感情のドラマはある。それを描くにふさわしいロケーションは、多治見ならどのあたりなのかと探して資料を探し、なければプラネットさんにお願いして多治見の写真を撮ってもらったり。あるいは、市役所の方も協力してくれて、問い合わせをしたら資料をいただいたり、実際に担当の方が赴いて写真を撮ってきてくれたりしました。

G:
おお、それはありがたい。

神谷:
「うそをつけない」という難しさはありますが、強いバックボーンのおかげで、本来なら苦労するところをずいぶん助けてもらっていて、難しさの部分が緩和されました。

G:
なるほど。『やくも』からは離れるんですが、神谷監督はどういうきっかけでアニメ業界を目指そうと思ったのですか?

神谷:
僕は最初、漫画家志望だったんです。石ノ森章太郎ファンで、ご多分に漏れず『仮面ライダー』とか『サイボーグ009』とかにハマり、そういうものが描けたらいいなと思っていたら、中学の時にアニメブームがあって。

G:
おっ。

神谷:
『宇宙戦艦ヤマト』からですね。その中で「やっぱり映像を作りたいな」という方向へ傾き、さらに『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』があり、『アニメージュ』創刊。洋物SFだと『スターログ』の創刊もあり、サブカルチャーの一大文明開化でした。それを高校1年生の時にもろに浴びて「SFやりたい!」と。僕の世代だと、みんな似たような轍にハマってるんじゃないかと思います(笑)

G:
それはなりますね(笑)

神谷:
それで、いろんなアプローチを経て業界に潜り込み、演出・監督志望だったので、あちこちで作画をしつつ相談して、絵コンテを描かせていただいたりするうちに、だんだんと演出の方へシフトしていった、という流れですね。

G:
素朴な疑問で恐縮ですが、Twitterのプロフィールに「日常が怪獣とハロプロにまみれている」とあります。実際、ツイートを拝見していると納得のまみれ具合なのですが、これは一体……?

神谷:
それだけ考えて生きられたら素敵じゃないですか!(笑)

G:
(笑)

神谷:
自分の生きていたい精神年齢を小4に設定しているんです。

G:
小4。

神谷:
小4か小5か、思春期にも入っていないぐらい。子どものころ好きだったもの、怪獣とかで日々過ごせたらいいなと。一方で、ハロプロにハマって10年ぐらいなんですけれど、そのウォッチで生きていけたらいいな、と。そういう、自分に甘い人生が送りたいなということです(笑)

G:
ハロプロには、なぜハマったんですか?

神谷:
いや、不思議ですよねえ。アイドルにハマるのに理由はないんだなと実感します。僕はそれまでアイドルにハマったことはなかったんです。それが2008年、たまたま『IQサプリ』という番組で、Berryz工房がジンギスカンを歌ってしりとりをするというコーナーを任されていたんです。まず「ジンギスカンに釣られた」というのがあります。僕、高校生の時、放送部でよく「ジンギスカン」をかけていたんです。

G:
そこに引っかかった(笑)

神谷:
「この時代にジンギスカンを歌っているこの子たち、なんなんだろう」と興味を持ったことをきっかけにズブズブと。いま考えると、見事に釣られたなと思いますね。

G:
神谷監督はアニメ業界で長く仕事をしていますが、これから業界を目指す人に向けて助言するとすれば、どういったことがありますか?

神谷:
おそらく、みなさんおっしゃるだろうと思いますが、いろいろ経験した方がいいし、読めるものがあるなら読んだ方がいい。インプットはした方がいいです。それで「インプットはある、何かやりたい」となったら、遠慮せずにガツガツいった方がいいです。

G:
ガツガツ。

神谷:
アニメ業界に入ったあと「何かやりたい」という気持ちがあるようであれば、付き合いのある制作さんなどに相談はどんどん持ちかけた方がいいです。もしかしたら「だったら、絵コンテ持ってきてよ」とか「シナリオ渡すから、ちょっと描いてきて」と言われることがあるかもしれません。ここに分かれ目が確実にあります。描いてくる人と描いてこない人がいます。ここで描いてくる人は、確実に上がっていきますね。

G:
おおー。

神谷:
僕の唯一の弟子というか、本人が「師匠と呼ばせてくれ」と言っている今千秋がそのパターンで、彼女は描いてきた人でした。当時、制作進行で描くような時間は決して潤沢にあるわけではなく、むしろほとんどなかったはずですが、描いてきました。それに対して、構成的な部分ではなく「ここはこうした方がつなぎがきれいで見やすくなるよ」と技術的なことだけ教えていきました。まず、描いてくるという時点で分かれますので、「チャンスが来たら描け」ということですね。

G:
最後に、放送中の『やくならマグカップも』について、インタビューを読んで興味を持ってくれた人に「こういうことを伝えておきたい」ということがあればお願いします。

神谷:
この作品は女の子とちょっとした気持ちの揺れを描く、ある意味では地味な作品です。でも見続けていただけると、その小さな気持ちの揺れ動きがしだいに大きなうねりとなって、最後には非常に爽やかな感動を味わっていただけるのではないかと、スタッフ一同、自信を持っております。田中美海さんがアフレコで涙ぐむことがありましたが、それは幸せなうれし涙で、そういった感覚が得られる作品だと思います。疲れたときには優しい気持ちになれると思いますので、癒やし枠の作品として見ていただけると嬉しいです。

G:
本日は長時間、ありがとうございました。

「やくならマグカップも」はCBCテレビで毎週金曜日24時55分から、BS11で毎週月曜日23時から、TOKYO MXで毎週月曜日22時30分・火曜日19時から、MBSで毎週木曜日26時30分から、AT-Xで毎週月曜日20時・水曜日8時・金曜日14時から、それぞれ放送中。dアニメストアほかで配信も行われています。

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