サイエンス

なぜ新型コロナワクチンは「どんな製薬会社でも作れるわけではない」のか?


アメリカやヨーロッパでは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種がスタートしていますが、その他の多くの国ではまだワクチンが配布されていない状況です。「ワクチンが足りないのであれば、ファイザーモデルナが多数ある他の製薬会社と知識や技術を共有してワクチン生産を行えばいいのでは?」という声もありますが、実際にはこのような方法を取りたくても取れないのだと、薬化学者のデレク・ロー氏は説明。なぜ他の製薬会社がCOVID-19のワクチンを容易に生産できないのかを解説しています。

Myths of Vaccine Manufacturing | In the Pipeline
https://blogs.sciencemag.org/pipeline/archives/2021/02/02/myths-of-vaccine-manufacturing


まず最初にロー氏は、COVID-19のワクチンであるmRNAワクチンは、古くからあるワクチンの形ではなく、新しい技術であることに言及。mRNAワクチンは20~25年にわたって研究され続け、幸運にもCOVID-19のパンデミックが起こる少し前にいくつかの研究課題をクリアしました。5年前であれば「1年以内にワクチンを開発する」ということは不可能でしたが、mRNA技術が進歩したおかげで実現したとのこと。

そして、mRNAワクチンの製造は簡略化すると6つのステップに分かれており、このステップの中に「他の製薬会社がワクチンを生産できない理由」が含まれています。ロー氏が解説する6つのステップは以下の通り。

◆ステップ1
mRNAに転写する必要のある配列を含む適切なDNAを生成する。

◆ステップ2
バイオリアクターの中で酵素を使い、DNAのテンプレートからmRNAを作り出す。

◆ステップ3
製剤に必要な脂質を生成する。脂質にはコレステロールのような一般的なものもあるが、新型コロナワクチンに使用されるものは一般的な脂質ではないとのこと。

◆ステップ4
mRNAと脂質を脂質ナノ粒子として結合させる。

◆ステップ5
脂質ナノ粒子を製剤に必要な他のコンポーネント(リン酸緩衝液、生理食塩水、ショ糖など)と合わせ、それらを瓶詰めする。

◆ステップ6
瓶詰めしたワクチンを梱包し、輸送する。

まずステップ1の「DNAの生成」はそこまで複雑なものではなく、ファイザーは自社で行っていますが、モデルナは外部委託しています。このため、既に大規模なDNA生成が行われていますが、さらに必要な場合は規模を拡大することが可能とのこと。またステップ2の「mRNAに転写する」プロセスもステップ1に比べれば製造を律速するものですが、プロセス全体をみればボトルネックとまでは言えないものとなっています。


ステップ3の「脂質の生成」は、ステップ1・2とは全く異なる製造プロセスです。ワクチンを製造するには正電荷を持った脂質が必要になります。脂質の生成は「大規模な生成が簡単に行える」というわけではないのですが、必要に応じて複数のメーカーに依頼すればプロセスのスピードアップを測ることは可能です。

そして、ステップ4こそがプロセス全体におけるボトルネックだと、ロー氏は解説。mRNAと脂質の混合物を「mRNAがカプセル化された脂質ナノ粒子」に変えることは、技術的に非常に難しい作業です。新型コロナワクチンを作るいずれの製薬会社もマイクロ流体力学を使った特別な機器を用いて作業を行っているとのこと。マイクロ流体力学を利用し液体を極小の経路で流すと、正確なタイミングで緻密な混合を行えるようになりますが、このとき「極小の経路」で混合された液体は、通常とは全く異なる動きをみせます。これがプロセスにおいて非常に重要な要素となります。


脂質ナノ粒子を生成するプロセスには流量・濃度・温度のほか、経路のサイズ、混合する容器のサイズや形状など、さまざまなものが重要になります。新型コロナウイルスワクチンを製造している製薬会社はこれらの機器を特注しており、他の製薬会社は同様の機器を持っていません。マイクロ流体力学を用いた専用機器を新しく作ることができないというわけではないものの、既にこれらを導入しているファイザーやモデルナといった製薬会社はスケールアップを試みており、他の製薬企業が参入する余地がほとんどない状態です。

ステップ4が終わった後、ステップ5・6については困難なプロセスではなく、多くの企業が関与して進んでいます。ワクチン製造については「小数の製薬会社がプロセスを独占している」と指摘されることもありますが、すでに多くの企業が製薬に関与しており、「準備ができているもののワクチン製造にまだ関与できていない企業が加われば、パンデミックを終わらせることができる」という単純な問題ではないことをロー氏は指摘しました。


なお、ロー氏はソフトウェア開発者のジョナス・ノイベルト氏がまとめた「新型コロナワクチンのサプライチェーン」という記事について「私が見た中で最も有益な記事」だとしました。新型コロナウイルスのワクチンには何が含まれていて、どのような製造工程をたどるのかというノイベルト氏の記事の詳細は、以下から読むことができます。

「新型コロナワクチンのサプライチェーン」はどうなっているのか? - GIGAZINE

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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