サイエンス

新型コロナウイルスのワクチン開発にはなぜ年単位の時間が必要なのか?


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン開発には、少なくとも12~18カ月かかると米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・フォーシ所長やWHOのテドロス・アダノム事務局長が示しています。ワクチン開発にはなぜ年単位の時間がかかるのか、開発中のワクチンの現状や課題、そして開発のタイムラインについて研究者がレポートを発表しています。その内容を読むと「18カ月では不十分だ」というのが実感できるすさまじい内容です。

SARS-CoV-2 Vaccines: Status Report: Immunity
https://www.cell.com/immunity/fulltext/S1074-7613(20)30120-5

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は哺乳類や鳥類に病気を引き起こすコロナウイルスグループの1つ。コロナウイルスには複数の種類が確認されていますが、人間に病気をもたらすのは「HCoV-229E」「HCoV-NL63」というアルファコロナウイルスと、「HCoV-OC43」「HCoV-HKU1」というベータコロナウイルスです。SARSと呼ばれる「SARS-CoV-1」や、中東呼吸器症候群コロナウイルスと呼ばれる「MERS-CoV」は、SARS-CoV-2と同様にベータコロナウイルスに属します。

SARS-CoV-2は糖タンパク質であるスパイクタンパク質(Sタンパク質)に覆われていますが、これがヒト細胞上のアンジオテンシン変換酵素II(ACE2)と結合することで、ヒトの細胞内に侵入し、感染すると考えられています。

◆治療薬開発の現状


2020年4月時点でアメリカや中国においてレムデシビルなどSARS-CoV-2の治療薬の臨床試験が行われています。レムデシビルはエボラウイルスの流行を治療するために推進されたもので、既に安全性は証明されているため、臨床試験のプロセスを加速させるものとみられています。またHIV阻害薬であるロピナビルリトナビルの組みあわせについても臨床試験がスタートしています。このほか、ウイルスを中和し肺の損傷を防ぐべくヒトのACE2を組み換える薬や、インフルエンザ薬Arbidol、血清療法、牛から得られた免疫グロブリンGを利用する方法など、さまざまな臨床試験の結果が、今後数週間から数カ月のうちに発表されるとみられています。

◆ワクチン開発についてわかっていることまとめ
科学研究のおかげでワクチン技術は過去10年において飛躍的に向上しました。このためSARS-CoV-2はすぐに特定され、中国の研究者によって公開されたゲノム配列が世界中の研究者に共有されました。またSARS-CoV-1やMERS-CoVのワクチンがSタンパク質をターゲットにしていたこと、SARS-CoV-1とSARS-CoV-2が同じACE2と作用することなどから、研究者はワクチンのターゲットを迅速に理解することができたとのこと。

これまでに開発されたSARS-CoV-1ワクチンのいくつかは動物実験が行われ、その多くはSARS-CoV-1から動物を守ることができましたが、一方で免疫的な殺菌機能は認められませんでした。またマウス実験では肺の損傷や好酸球による炎症が起こったり、フェレットを対象とした実験では肝臓の損傷が引き起こされたとのこと。しかし、全体的にみると、ワクチンを接種した動物はワクチンを接種していない動物に比べて生存率が上昇し、ウイルスの力価を下げることができました。このように動物実験において効果が現れたワクチンは、人間にとって安全であるかを確認する必要があり、それはSARS-CoV-2についても同様です。


ただし、免疫がいつまで持続するのかという懸念点は存在します。「回復後のCOVID-19患者を検査をしたところ再度陽性に転じていた」というニュースについては偽陰性であった可能性が高いものの、免疫獲得後、数カ月から数年経つと再び感染するという可能性はあります。効果的なSARS-CoV-2ワクチンはこの問題を克服し、ウイルスが季節性の流行を繰り返す風土病になった時でも人を守るべきものである必要があるとのこと。

そして、50歳以上の人はSARS-CoV-2が重症化する傾向にあるため、高齢者を保護する必要もあります。しかし、高齢者は老化により、ワクチン接種にあまり反応しません。このため、若い人がワクチンを接種しウイルスの流行を止め、高齢者への感染を防ぐことが方法として考えられます。

◆ワクチン開発に横たわる課題とは?
安全がまだ広く確認されておらず、大量生産のためのスケールアップが行われていない技術が使用される場合、人が摂取するワクチンの開発には何年もかかる可能性があります。コロナウイルスに対するワクチンは市場に存在せず、大規模な製造能力もありません。多くの企業や機関は、規制当局の認可を可能にする後期ステージの臨床試験を行うための確立されたパイプラインを持っておらず、臨床試験を行うために必要な量の薬を作ることができないとのこと。

SARS-CoV-2のワクチンには複数の種類がありますが、いずれも以下のようにメリット・デメリットの両方を抱えている状態です。

プラットホームターゲット同じプラットフォームを使ったヒト用ワクチンの有無メリットデメリット
RNAワクチンSタンパク質なし伝染性のウイルスを扱う必要がなく、ワクチンは免疫原性を持ち、迅速な製造が可能。反応原性が報告されており、安全性の問題がある。
DNAワクチンSタンパク質なし伝染性のワクチンを扱う必要がなく、スケールアップが容易。製造コストが少なく、熱に対して安定性を持ち、SARS-CoV-1患者に対しての試験は実施済み。迅速な製造が可能。免疫原性をもたらすには特殊なデバイスでワクチンを打つ必要がある。
組換えタンパク質ワクチンSタンパク質インフルエンザ・B型肝炎ウイルス・ヒトパピローマウイルスに対してあり伝染性のウイルスを扱う必要がなく、免疫原性を増強させる補助剤の使用が可能。世界的な製造の容量に限界がある。抗原やエピトープが完全であることを確認する必要がある。高収率にする必要がある。
ウイルスベクターワクチンSタンパク質水疱性口炎ウイルスに対してあり(商品名:Ervebo)伝染性のウイルスを扱う必要がなく、MERS-CoVを含む多くの新興ウイルスにおいて素晴らしい前臨床・臨床データが示されている。ウイルスベクターに対する免疫がワクチンの効果に負の影響を与える可能性がある。
弱毒生ワクチン全ビリオンありすでに認められている複数のワクチンで明快なプロセスが確立している。既存のインフラを使用できる。ゲノムサイズが大きいため、弱毒化されたコロナウイルスのワクチンの種のクローンを作るには時間がかかる。スケールアップのためには安全性のテストが必要。
不活化ワクチン全ビリオンありすでに認められている複数のワクチンで明快なプロセスが確立している。既存のインフラを使用でき、SARS-CoV-1患者のテストが素手に行われており、免疫原性を強化できる補助剤を使用可能。伝染性のウイルスを大量に扱う必要がある(ただし弱毒化したウイルスを使用することで軽減できる)。抗原やエピトープが完全か確認する必要がある。


◆なぜこんなにも時間がかかるのか?実用化までのタイムラインはこんな感じ
前述の通り、人に対するコロナウイルスのワクチンは、まだ承認されているものがありません。このため、多くの技術は安全性を徹底的にテストする必要があります。ワクチンのターゲットとなるSタンパク質が特定され、ワクチンの候補が作られた後には、「適切な動物モデルて試験が行われ、ワクチンに防御効果があると確認すること」と「ワクチンの毒性を動物でテストすること」の2つが必要になります。

しかし、SARS-CoV-2は野生のマウスでは増殖せず、ヒトのACE2を持つ遺伝子組換え生物では軽度な症状を示すだけであり、動物実験そのものが困難という問題があります。またウサギなどを対象にワクチンの毒性をテストする必要がありますが、これはGood Laboratory Practice(GLP)という基準に従って行う必要があり、完了するまでには3~6カ月かかります。ただし、同じ製造プラットフォームで作成された類似のワクチンによってすでに十分なデータが得られている場合は、一部省略されることもあるとのこと。

またワクチンの品質と安全性を一定に保つためには医薬品適正製造基準(cGMP)に準拠した方法で製造が行われなければならず、専用設備・訓練を受けたスタッフ・適切な書類・cGMP品質の原材料が必要です。これらのプロセスはSARS-CoV-2ワクチンに適合するように設計する必要がありますが、前臨床段階の多くのワクチン候補には、このようなプロセスが存在せず、ゼロから開発する必要があります。


これらのプロセスを経てようやく臨床試験を行うためのスタートラインに立つわけですが、臨床試験は小規模な第1相試験(フェーズ1)から始まり、有効性を証明するための処方と用法を確立するための第2相試験(フェーズ2)、最後にワクチンの安全性と有効性をより大きなコホートで実証する第3相試験(フェーズ3)が行われます。3つの臨床試験で有効性が示された段階で規制当局から認可が下りるわけです。ただし、COVID-19のパンデミックが起こっている緊急時において、いくつかの段階は省略される可能性もあるとのこと。

そしてcGMP品質のワクチンを大量に製造するための生産能力が必要になりますが、全世界の人が利用できるようにするだけのワクチンを作ることは、2020年4月時点では難しいと考えられています。加えて、ワクチンの配布と投与には時間がかかり、人口の大部分がワクチンを接種するには、少なくとも数週間は必要だとのこと。さらに、一度のワクチンでは効果が小さく、複数回のワクチン接種が必要である可能性を考えると、2度目のワクチン接種は3~4週間後に行われ、そこから1~2週間してようやく免疫効果が現れることになります。これらを総合すると、臨床試験の開始後6カ月より前にワクチンが可能になることはなく、2020年3月末にはWHOが「ワクチンは少なくとも12~18か月先」と発表しますが、現実にはそれ以上の時間が必要だとのこと。

ここから考えると、現時点で起こっているパンデミック第1波に影響を与えるワクチンが入手可能になることは、おそらくありません。しかし、第2波以降のパンデミックに備えるためには、数千億円の投資を行い、世界経済に大打撃を与える可能性があるこのウイルスのワクチンを開発し、適切なインフラを構築する必要があるとのことです。

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in サイエンス, Posted by logq_fa

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