「自分と友人の肉体が入れ替わる」経験が自己認識を変化させることが実験で明らかに
「友人と強くぶつかったら自分の精神が友人の肉体に入り、友人の精神が自分の肉体に入ってしまった」というイベントは、漫画や小説、ドラマなどのフィクション作品によく登場します。スウェーデンの研究チームがヘッドセットを使って、「肉体の入れ替わり現象」を人々に体験させた結果、人々の自己認識や記憶に影響が及んだことが判明しました。
Perception of Our Own Body Influences Self-Concept and Self-Incoherence Impairs Episodic Memory: iScience
https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(20)30619-2
'Swapping Bodies' With a Friend Swaps Your Beliefs, Strange Experiment Reveals
https://www.sciencealert.com/strange-study-shows-swapping-bodies-with-a-friend-also-swaps-your-beliefs
科学者たちは依然として「肉体の入れ替わり」を実際に引き起こす方法を見つけてはいませんが、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者らは、ヘッドセットを使用して仮想的に肉体を入れ替える方法を用いて実験を行いました。
今回の実験に参加した友人同士のペア33組は、ベッドに横たわった状態でヘッドセットを装着しました。ヘッドセットの視界は自分のものではなく、ペアの友人が装着するヘッドセットから送信されたものだったため、参加者はヘッドセットの視界を通じて「友人の肉体に入った」かのように感じることができたとのこと。
また、研究チームは視界を入れ替えるだけでなく、棒の先に球体が付いた道具を使って参加者の体を触るなどの介入も行い、より肉体の入れ替わりを強く感じさせました。
自分の肉体に球が触れるタイミングと、視界に映る友人の肉体に球が触れるタイミングが一致することで、友人の肉体を自分の肉体だと錯覚しやすくなります。
実験はほんの数分間しか実施されませんでしたが、参加者たちは自分の精神が友人の肉体に入ったかのような錯覚を抱いたとのこと。研究チームが小道具のナイフを友人の肉体に近づけて脅したところ、自分自身の肉体はナイフで脅されていないにもかかわらず、参加者は汗をかくなどの反応を示したそうです。
また、参加者は実験の前に口数や陽気さ、独立性、自信といった特性に基づいて「自分自身の性格」と「ペアとなった友人の性格」について回答し、体が入れ替わる実験中にも「自分自身の性格」について尋ねられました。その結果、実験中の回答は実験前の回答と比較して、「ペアとなった友人の性格」に類似したものになったそうで、わずか数分の実験でも自己認識が変化したことが示唆されたとのこと。この性格の変化は、友人の肉体にナイフが近づけられた際の反応が激しいほど、つまり「自分の精神が友人の肉体に入っている」という感覚が強いほど大きくなりました。
「私たちは自己認識が急速に変化する可能性を秘めていることを示しました。これは潜在的に興味深い、いくつかの実用的な意味合いをもたらします」と、カロリンスカ研究所の神経科学者であるPawel Tacikowski氏はコメント。
たとえば、うつ病に苦しむ人は自分自身について厳しく否定的な信念を持っているケースが多く、日常生活に深刻な影響が及ぶケースもあります。しかし、肉体の入れ替えを体験させることによって、自分自身についての信念が変化する可能性があるとTacikowski氏は述べました。さらに、自分の心や精神と肉体が離れていったり、自分自身を観察しているように感じたりする離人症の理解にも、今回の研究結果が役立つ可能性があるそうです。
また、今回の実験では、肉体の入れ替わりが参加者の記憶にも影響を及ぼすことが示されました。研究チームが実験中の被験者に対してエピソード記憶のテストを行ったところ、肉体の入れ替わりを経験している参加者らは記憶力テストのパフォーマンスが低下することが判明したとのこと。
記憶に関する実験を行った理由についてTacikowski氏は、「『人は自分自身に関連する物事を思い出すことに優れている』という事実は、既に科学的に確立されています。よって、錯覚によって自己表現が妨害されたなら、それは参加者の記憶力を低下させるだろうと考えました」と述べています。
研究チームによると、実験中に自己認識が友人の認識に近寄る度合が大きい参加者、つまり「自分の精神が友人の肉体に入っている」ことをより強く受け入れた人々では、記憶力の低下が小さかったそうです。研究者はこの結果について、肉体の入れ替わりに伴う「自己の肉体と精神のギャップ」が少なかった点が、記憶力の維持に役立った可能性があると考えています。
今回の研究は、自分の身体認識に基づいて形成される自己の感覚について、あらゆる種類の興味深い問題を提起するものといえます。特に、肉体は加齢と共に変化していくため、加齢に伴う肉体の変化が精神にも影響を及ぼす可能性もあるとのことです。
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