100年前に起こったスペインかぜのパンデミック時にアメリカ大統領が演説した「常態への復帰」とは?
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によって世界情勢が変化し、私たちの社会のあり方も大きく変わりました。南カリフォルニア大学の歴史学者であるウィリアム・デベレル氏が、100年前のスペインかぜ流行時に「社会の大きな変容からいつも通りに戻ろう」と唱えた大統領について解説しています。
Warren Harding Tried to Return America to 'Normalcy' After WWI and the 1918 Pandemic. It Failed. | History | Smithsonian Magazine
https://www.smithsonianmag.com/history/warren-harding-back-to-normalcy-after-1918-pandemic-180974911/
第28代アメリカ大統領のウッドロウ・ウィルソンは、国際協調によって平和を構築しようとする「理想主義」を掲げていました。1918年から1919年まで続いた第一次世界大戦では、アメリカは当初中立の姿勢をみせていたものの、ウィルソンは「戦争を終わらせるための戦争」と述べて中立姿勢を放棄。アメリカは第一次世界大戦では連合国側に加担し、戦勝国となりました。
しかし、第一次世界大戦が終結した直後、国の経済は悪化。さらに「スペインかぜ」と呼ばれるインフルエンザのパンデミックによってアメリカ国内では50万人を超える死者が出ており、アメリカ社会は完全に疲弊しきっていました。
そんな中、オハイオ州選出の上院議員だったウォレン・ハーディングは、1920年に行われた大統領選挙に共和党候補として出馬し、「常態への復帰」を訴える演説を行いました。
ハーディングは「世界文明には何の問題もありませんが、人類は激動の大戦争というフィルターを通じてそれを見ているだけです。また、スペインかぜの大流行によって落ち着きがなくなり、神経がすり減り、人類は不合理になりました」と説き、「今のアメリカに必要なのは英雄的な行為ではなく、癒やしです。常態に戻るべきなのです。革命ではなく復興なのです」と語りました。そんなハーディングが目指したのは、ウィルソンが掲げた理想主義ではなく、第一次世界大戦で得たアメリカの優越的立場を維持するための孤立主義でした。
世界平和や希望を訴え続けて疲弊したアメリカ社会に、ひとまずアメリカ第一をかかげて戦前を思い出そうというハーディングの訴えは効果的だったようで、ハーディングは大統領選挙では民主党候補に一般投票得票率で26.2ポイント差という大差を付けて勝利し、第29代アメリカ大統領に就任しました。ハーディングはその後、前大統領のウィルソンが働きかけて結成された国際連盟への加入を拒否し、「1大国としてヨーロッパ諸国に立ち並ぶ強いアメリカ」を維持することを目指しました。
ハーディングは関税の引き上げと減税によって戦後の経済問題に取り組もうとしました。しかし、アメリカ連邦議会の理解を得られず、なかなか実現できませんでした。また、スキャンダルや関係者の汚職事件が報じられて人気が下落。そして、在任中の1923年に病死しました。ハーディングについては、近年再評価される動きもありますが、基本的にはワシントン海軍軍縮条約以外に目立った業績がなく、現代に至るまで低い評価を受けています。
デベレル氏は「パンデミックで生活形態が大きく変化した私たちが訴える『元の生活に戻りたい』という言葉は、ハーディングが100年前に演説で主張した『常態への復帰』と共通しています」と主張しています。
また、デベレル氏は「私たちは過去の技術変化を振り返り、より大きく速やかなイノベーションを望んでいます。しかし、発達した通信技術の影響は大きく、結果としてデマが広まるのを可能にしました。私たちが無警戒であるならば、現代のコミュニティを築くテクノロジーはいったい私たちをどこに導いてしまうのでしょうか?」と問いかけています。
さらに、「ハーディングから得られる教訓は、『常態への復帰』は決して安全なものではないというものです。実際に、いつも通りに戻るということは危険なのです」と述べ、「私たちはこれからの未来を考えており、私たちはもっとよくできます。現状から抜け出す方法を見つけようとするのであれば、少なくとも『いつも通り』は脇に置きましょう」とデベレル氏は語りました。
・関連記事
人類を幾度となく襲ってきた「パンデミック」の歴史 - GIGAZINE
ビル・ゲイツが「私たちはパンデミックの準備ができていたのか?」を語る - GIGAZINE
スペインかぜから学ぶパンデミックの教訓4つ - GIGAZINE
ペストやスペインかぜなど伝染病の歴史から生まれた「5つの隔離島」とは? - GIGAZINE
・関連コンテンツ