新型コロナウイルス感染拡大によって「病院の設計」を見直すべきという主張
新型コロナウイルスの感染者は日に日に増加しており、病室や病床数の不足が深刻な問題となっています。患者を受け入れるため、ホテルやコンベンションセンターなどを病室の代替にする計画が進んでいる状況で、多くの医療従事者や建築家が、パンデミック(世界的流行)による病室不足に備えるために、従来の病院の設計を見直すことを提案しています。
How COVID-19 Could Inform the Future of Hospital Design | Innovation | Smithsonian Magazine
https://www.smithsonianmag.com/innovation/how-covid-19-could-inform-future-hospital-design-180974697/
従来の病院が抱える問題点として、「突然の患者急増に対応する柔軟性に欠けている」という点が指摘されています。実際、新型コロナウイルスの流行に伴い多くの病院では、重度の感染者を治療するための救急室や集中治療室だけでなく、軽度の感染者を検査するためのスペースも不足しています。
アメリカで最も感染拡大が深刻なニューヨーク最大の医療機関であるノースウェル・ヘルスの最高広報責任者のテリー・ライナム氏は、「私たちは病院のロビーだけでなく、会議室やカフェテリアにもベッドを設置しています。利用できそうなスペースを探して、個室だった部屋にもベッドを追加している状況です」と語ります。
「理解しておくべきことは、コンベンションセンターなどに患者を収容したとしても、コンプライアンスや空調の問題をすべてクリアしているとは言えないということです」と、建設コンサルタントHKSの組織開発担当副社長であるスタン・シェルトン氏は述べています。本来病室ではない場所にベッドを増設した一時しのぎの病室は、ほとんどが軽度な感染者の隔離と医療ケアを行う施設として利用されています。しかし、暖房や換気といった空調システムが病院の基準を満たしていない場合がほとんどです。
なお、全ての施設が病室に適していないという訳ではなく、一部のスポーツアリーナやホテルのような施設は、病院に近い水準の空調設備が整っており、軽度の感染者向けの治療施設として機能できるとのこと。
多くの病院は、イギリスの看護師で近代看護教育の母とも呼ばれるフローレンス・ナイチンゲールによって普及したナイチンゲール病棟の設計に倣っていると、建築学者であるジャンヌ・キサッキー氏は述べています。
ナイチンゲール病棟に基づく病室には、新鮮な空気と日光を取り込むための窓があり、各ベッドは6フィート(約1.8メートル)以上間隔を開けて並べられ、高い水準の清潔さが求められています。ナイチンゲールによって考案された病院のシステムは、医療スタッフが衛生状態を適切に維持し、患者を綿密に管理することで機能していました。しかし、1918年インフルエンザが大流行したことで、1つの病室で多くの患者を管理することの危険性が明らかになりました。その後、感染拡大を最小限に抑えるために、病院では数十年をかけて「ベッドが1つだけの個室」が導入されていきました。
それでも、ナイチンゲール病棟のような1部屋で複数の患者を管理する病室は、「グループ単位で隔離しても問題が少ない軽度の新型コロナウイルス感染者を治療するためには有効である」とHKSの開発ディレクター、ジェニー・エヴァンス氏は述べています。
アメリカにおける、新型コロナウイルスの流行に伴う病床数の不足は、アメリカ政府と民間の医療機関による、コスト削減を重点に置いた改革の副産物であるとされています。また、診療所や薬局といった、人々が自宅の近所にある病院以外の施設で医療サービスを受けられるようになったことも一因と考えられています。
「治療の効率性を優先することで、患者が病院で過ごす時間が短縮され、必要とされる病室や病床の数も減少しました。もちろん、いい変化ではあるのですが、病院が社会的責任を果たすことに重点を置いた場合、必ずしもいい変化であるとは言えません」とアメリカの大手設計事務所、ゲンスラーのデザインディレクター、ランディ・ギロット氏は語ります。
ゲンスラーでは新型コロナウイルスによる病床数の不足を解消するため、病院での救急用ベッドの増設を支援してきました。病床数の不足を重く受け止めたゲンスラーは、病院が緊急時にキャパシティを一時的に拡大できる設計を提案しています。一例として挙げられているイスラエルのランバム病院は、緊急時に地下駐車場で2000床のベッドを展開できるように設計されています。アメリカのシカゴにあるラッシュ大学医療センターは、すべての病室を手術室、または救急医療室として使用できる設備が整っており、緊急時には患者の家族向け宿泊施設を病室として使用できるようにも設計されています。
また、新型コロナウイルス感染拡大によって、病院の柔軟なキャパシティだけでなく、新たな設備の必要性も重視されています。例えば、病室内の照明や温度をタッチフリーで制御する機能や、感染リスクを減らすため、銅のような抗菌素材で病室を設計することが求められています。他にも、一部の病院では、ウイルスを保有しやすい窓の布カーテンが廃止され、半透明と不透明の切り替えが可能で掃除が簡単なスマートガラスでできた窓が設置されています。
カリフォルニア大学の医学研究員であり、ヘルスケアデザインのコンサルタント会社Dochitectの創設者でもあるダイアナ・アンダーソン氏は、多くの患者や医療従事者が隔離による孤独で精神的な苦痛を受けていることから、ビデオ通話やVRヘッドセットといった技術を取り入れることで、友人や家族とのつながりを保つのに役立つ可能性があると述べています
「病床数の不足により、医療従事者は彼らの休憩スペースだけでなく、仮眠場所をも患者の病床にあてがっています。特に、看護師や医師が、家族を感染から守るために、自宅に帰れず車などの中で寝ているという現状を考慮すると、医療従事者に休息の場を提供する必要性は増しています」とアンダーソン氏は述べています。
アンダーソン氏によると、医療従事者のための休憩スペースは、通常、病院の設計における議論ではあまり優先されない事項であるそうです。医師であると同時に建築家でもあるアンダーソン氏は、休憩スペースは一般の病院でも、これから新しく設計される病院でも非常に重要な場所であると考えています。
「医療従事者が経験することはストレスの多いものだと思います。私たちは、彼らが憩いの時間を持てる環境を構築して、愛する人とつながり、瞑想したり、自分のための時間を過ごしたりできるようにしなければならないのです」とアンダーソン氏は主張しています。
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