サイエンス

PTSD患者の脳内で「自殺を考えている」ことを示すバイオマーカーが発見される

by Inzmam Khan

心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは命が脅かされるような強い精神的衝撃を受けたことにより、著しい苦痛などをもたらし生活に支障を来すストレス障害です。そんなPTSD患者の脳内をスキャンすることにより、「PTSD患者が自殺を考えているかどうか」を判断できるバイオマーカーが発見されました。

In vivo evidence for dysregulation of mGluR5 as a biomarker of suicidal ideation | PNAS
https://www.pnas.org/content/early/2019/05/07/1818871116

Brain Scans Reveal Potential Biomarker of Suicidal Thoughts in People with PTSD
https://www.livescience.com/65493-ptsd-suicidal-thoughts-biomarker.html

一般的にPTSD患者は自殺念慮を持ったり自殺未遂に至ったり、自殺によって死亡したりする可能性が高くなります。これまでPTSD患者の自殺リスクを増加させる生物学的メカニズムは明らかになっていませんでしたが、イェール大学の研究チームは、一般の人々よりもPTSD患者の脳内で多くなる脳受容体である、代謝型グルタミン酸受容体(mGluR5)に着目しました。

mGluR5はグルタミン酸や神経伝達物質などに反応する受容体であり、学習や記憶、睡眠、認知機能などの幅広いプロセスに影響を与えているとのこと。研究チームはPTSDを患っている29人と、うつ病を患っているがPTSDではない29人、精神障害を患っていない29人の参加者を対象に、脳スキャンしてmGluR5の発現レベルを測定する実験を行ったそうです。

まず脳スキャンを行う当日に、研究チームは参加者に対して自殺念慮を持っているかどうかを尋ねました。尋ねられた人のうち、「すぐ死にたいと思っている」「どのように死ぬかのプランはすでに立ててある」などと回答した積極的な自殺念慮を持つ人々は、脳スキャンを行わずにすぐさま緊急治療室へと移送されてケアが行われたとのこと。一方で「死んでも構わない」「死んだらいいなと思う」といった受動的な自殺念慮を報告した人々と、自殺念慮を報告しなかった人々に対しては予定通り脳スキャンが行われました。

by David Garrison

脳スキャンの結果、従来の知見通りPTSD患者は健康な人々やうつ病の患者と比べ、脳細胞の表面にmGluR5が高レベルで発現していることがわかりました。さらにPTSD患者のうちでも、自殺念慮を持つ人々とそうでない人々の間では、自殺念慮を持つ人々の方がmGluR5レベルが増加していることが判明。この自殺念慮の有無によるmGluR5の違いは、PTSD患者以外の人々においては確認されませんでした。

調査結果は脳内のmGluR5発現レベルが、PTSD患者における自殺念慮の有無を示すバイオマーカーとなることを示唆するものです。研究に参加したイェール大学の神経科学者であるIrina Esterlis氏は、「PTSD患者に特異なバイオマーカーが発見されたことにより、PTSD患者の自殺念慮を治療する薬の開発への道が開けるかもしれません」と述べています。

研究には参加しなかったニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の精神医学准教授であるChristine DeLorenzo氏は、今回の発見は非常にエキサイティングなものだと反応。「今回の結果はmGluR5が危険を示すバイオマーカーであるだけでなく、治療介入の標的となり得ることを示しています」とコメントしました。

by Gerd Altmann

すでにmGluR5を標的とする薬は開発されているそうですが、動物実験の結果から時には患者の不安を増大させてしまう可能性があることから、Esterlis氏はすぐにPTSD患者へ薬を使うことには反対しています。直接mGluR5を標的にするのではなく、mGluR5に影響を与えるホルモンなどに働きかけ、間接的にmGluR5を標的にする方法を考案したいとEsterlis氏は考えています。

なお、今回の研究ではmGluR5の発現レベルが自殺念慮の強さと結びついているのかどうかや、時間の経過によってmGluR5や自殺念慮がどのように変化していったのかについては、判明していないと研究チームは述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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