30億年前から生き続ける微生物から採取された希少糖が天然の除草剤として作用することが判明
1970年に開発された除草成分「グリホサート」は半世紀近くにわたって世界中で使われていますが、近年グリホサートに対して耐性を持つ雑草が増えていることが問題になっています。そのため、世界中の科学者がグリホサートに代わる除草成分を追い求めています。そんな中、エバーハルト・カール大学テュービンゲンの研究者が、シアノバクテリア(藍藻)から合成される希少糖に除草作用があることを発見しました。
Cyanobacterial antimetabolite 7-deoxy-sedoheptulose blocks the shikimate pathway to inhibit the growth of prototrophic organisms | Nature Communications
https://www.nature.com/articles/s41467-019-08476-8
Unusual sugar from cyanobacteria acts as natural herbicide
https://phys.org/news/2019-02-unusual-sugar-cyanobacteria-natural-herbicide.html
好気性の原核生物であるシアノバクテリアは、光エネルギーを化学エネルギーに変換することで空気中の二酸化炭素や水から酸素と糖類を生成する「光合成」を行うことで知られていて、植物が持つ葉緑体はシアノバクテリアが細胞内に共生した結果であるという考えが定説になっています。また、シアノバクテリアはおよそ27億年前~35億年前に酸素を作り出すことで現在に近い大気組成を作り出したともいわれています。
エバーハルト・カール大学テュービンゲンの研究チームは淡水に生息するシアノバクテリア(Synechococcus elongatus)の培養物から、希少なデオキシ糖である7-デオキシセドヘプツロース(7dSh)という単糖を単離し、その分子構造を特定しました。
通常、糖類は成長のためのエネルギーとして利用されますが、7dShは代謝拮抗(きっこう)剤としての作用があり、芳香族アミノ酸を生合成するシキミ酸経路内で使われる酵素の3-デヒドロキナ酸シンターゼ(DHQS)の働きを阻害することが判明しました。
シキミ酸経路は、生物にとって極めて重要なアミノ酸であるフェニルアラニンやトリプトファンを生合成するため、阻害されると生物の成長自体も阻害されます。また、植物や微生物の大半がこのシキミ酸経路を持つものの、動物は持ちません。そのため、このシキミ酸経路を阻害することで動物への影響を少なく抑えながら植物の生長を抑えることが可能になるというわけです。
以下の画像は、独立栄養生物であるシロイヌナズナの生育実験の様子。3枚の写真のうち、左が代謝拮抗剤を含まない寒天プレート上で育てた比較対照群で、右上がグリホサートを含む寒天プレート上で育てたもの、右下が7dShを含む寒天プレート上で育てたものです。7dShを与えられたシロイヌナズナは、グリホサートを与えられたものと同様に茎の伸長や重量が明らかに小さくなっていて、成長が阻害されたと十分にいえるものでした。また、同量のグリホサートと比較した場合、7dShを与えられた方は阻害の影響がより強く表れていたことも判明しました。
50年近く使われてきた除草成分のグリホサートは、シキミ酸経路の中で使われる3-ホスホシキミ酸1-カルボキシビニルトランスフェラーゼという酵素を阻害します。もちろんグリホサートは植物を無差別に枯らしてしまうため、アメリカではグリホサートに耐性を持つ遺伝子組み替え作物も研究されていました。しかし、これらの遺伝子組み換え作物と掛け合わされることによって、グリホサート耐性を持つ「スーパーウィード」と呼ばれる雑草が誕生し、大きな問題となりました。このことから、グリホサートに代わる新しい除草剤が求められていました。
今回発見された7dShはグリホサートと同じようにシキミ酸経路を阻害するため、動物には影響を与えず安全性の高い「ポストグリホサート」として期待できます。また、7dShは天然由来の糖であり、グリホサートに比べて分解性が高く、残存性が低い点も大きなポイント。研究チームの一人でエバーハルト・カール大学テュービンゲンの有機化学研究所に勤めるKlaus Brilisauer氏は「新たに発見されたデオキシ糖はグリホサートとは対照的な物質で、優れた分解性と低い生態毒性を持つ完全に天然の製品です。私たちは天然の除草剤としてそれを使用する絶好のチャンスを得ました」と語っています。
7dShはグリホサート耐性問題や除草剤の健康被害や環境汚染問題を解決できると期待されていますが、単離に成功したばかりで長期的な運用実験は行われていないため、野外での有効性や土壌中の分解性、家畜や人間に対して害はないかどうかについてはさらなる調査が待たれます。
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