サイエンス

人が悲しみを感じる時、脳はどのような反応を示すのか?

by Anthony Tran

2018年11月8日に医学・生化学・分子生物学などのライフサイエンス分野における世界最高峰の学術誌であるCellに掲載された研究論文で、脳内で行われる電気的なやり取り、つまりは脳の領域が互いに情報をやり取りすることについての分析結果が報告されています。これによると、人は不安を感じたりうつ状態などに陥ったりしている際、記憶と感情に関わる脳の特定の領域での情報のやり取りを増加させるそうです。

An Amygdala-Hippocampus Subnetwork that Encodes Variation in Human Mood: Cell
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(18)31313-8


What Does Sadness Look Like in the Brain?
https://www.livescience.com/64043-sadness-brain-activity.html

研究者によると、気分が落ちている時に脳内の特定領域で増加するやり取りは、何が原因で起きるのかは記事作成時点では明らかになっていないものの、脳のどの部位の活動が活発になっているのかは特定することに成功したとのことです。

人間が不安やうつなどを感じている際、脳に物理的な症状が起こっていることは、これまでの研究結果からも明らかになっていました。Cellで発表された最新の研究を指揮したカリフォルニア大学サンディエゴ校の精神科医であるヴィカース・ソハール博士は、「多くの患者にとって、うつ状態になった際に『脳内で測定可能な具体的なものが原因である』と知ることは非常に重要です。一部の患者にとっては、重要なバリデーションを提供することにもつながり、適切な治療の助けになる可能性があります」と語り、うつなどで気分が落ちた際に脳内でどういった症状が起きているのかを正確に知ることの重要性を説いています。

by Zoltan Tasi

研究者たちは頭蓋内脳波検査(iEEG)と呼ばれる手法を用いることで、脳波を測定して脳内の活動を測定しました。この手法は「頭蓋内」と記されているように、頭蓋内に電極やワイヤーを埋め込んで行われる測定で、脳内の電極で脳細胞の電気的活動を記録します。科学メディアのLive Scienceは、「言い換えると、脳細胞でやり取りされる通信を記録するようなもの」としています。

脳活動と感情のつながりについて調べた過去の研究では、脳のさまざまな部位への血流の変化を測定しました。しかし、この研究はあくまでも脳内の活動を血流を通して間接的に測定したものであり、今回のように非常に短い時間の中で起こる脳活動を計測することはできませんでした。


もちろん、今回の研究にも欠点はあります。研究で用いるiEEGは脳内に電極を埋め込むという侵襲的な措置であるため、研究が終わった後も脳内に電極が残り続けることとなります。そこで、研究では既に脳内に電極を持つ被験者を募集。最終的に、発作を識別するために脳に電極を持つてんかん患者21人が被験者に選ばれることとなりました。

研究では被験者21人の脳活動を7~10日間測定。同じ期間、被験者たちには自分の気分を日記に記してもらったそうです。調査の結果、21人の被験者のうち13人が気分が落ちたと答えた際に、感情処理に関する脳の領域である扁桃体と、記憶に関する脳の領域・海馬の間でのやり取りが増加していることが判明しました。

by Francisco Gonzalez

ソハール博士はLive Scienceに対して「ネガティブな経験やマイナスの感情が記憶と密接に結び付いているという考えは、精神医学の分野では古くからある考えであり、認知行動療法の中心にある考えでもあります。我々の発見は、認知行動療法における感情と記憶の関係の生物学的基盤を表したものかもしれません」とコメントしています。

また、ソハール博士によると、扁桃体や海馬といった脳の領域は、うつ病や不安な感情と関係していると長らく考えられてきたそうです。しかし、「扁桃体や海馬が不安な感情と関係していること」はわかっていても、どのように作用しているのかまでは明らかになっておらず、さながら、ある曲がラジオで再生されていることは知っているものの、どの局で流れているかはわからない状態だったそうです。

しかし、ソハール博士たちの研究により、扁桃体や海馬でのニューロンの活動パターンや信号のやり取りの詳細が明らかになったため、これからは脳のこれらの領域(扁桃体および海馬)を標的とした新しい治療方法の開発などが行えるようになる可能性があるとのこと。例えば、うつ状態などになると扁桃体と海馬の間で過剰な情報のやり取りが発生するため、これを阻害して適度なやり取りになるよう調節する治療法などが挙げられます。

by Diego PH

それでも感情と記憶がどのように混ざり合っているかまでは明らかになっていません。ソハール博士は、「おそらく人がうつ状態にある時、扁桃体の負の感情が海馬から悲しい記憶を呼び起こす、もしくはその逆が起きているのでは」と推測しています。

また、不安な感情が起こることで扁桃体と海馬のやり取りが増えるのか、それとも扁桃体と海馬のやり取りが増えることで不安な感情が増すのかは不明です。もしも正解が後者であり、脳の別の部分が人の不安な感情に悪影響を及ぼしていることが明らかになったとしても、扁桃体と海馬のやり取りが増えることで負の感情が増幅する可能性は極めて高いとのことで、扁桃体と海馬のやり取りを阻害することで負の感情が増幅することを防ぐというアイデアは極めて有用なものと考えられます。

加えて、負の感情により扁桃体と海馬のやり取りが増える場合には、この現象を利用し、ペースメーカーで心拍リズムを測定するように、重度のうつ病患者の負の感情レベルを監視することが、治療の役に立つ可能性があると研究者は述べています。

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in サイエンス, Posted by logu_ii

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