サイエンス

予防医学が死を遅らせ長生きにつながるという証拠は見つけるのが難しい

by CATHY PHAM

健康についての意識が高まり、近年は人々がヘルスケアに割くコストが大きくなっています。しかし、病気を「予防」するという試みがは死を遅らせることができるという証拠はそもそもない、と作家のバーバラ・エーレンライク氏は主張しています。なぜ「予防医学」は成立しないのかについてつづったエーレンライク氏の新刊について、医師であるヴィクトリア・スイート氏が評しています。

Your Body Is a Teeming Battleground - The Atlantic
https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2018/05/barbara-ehrenreich-natural-causes/556859/

生物学の博士号を持つ作家のバーバラ・エーレンライク氏は、「魔女・産婆・看護婦 : 女性医療家の歴史」など複数の著書を持ち、社会的・政治的側面から物事を見て、多くの人が気づく前に文化的シフトについて記録することで評判があります。ワーキングプアや貧困層をテーマにした「ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実」では自ら低所得層の仕事に就いてその暮らしの厳しさについてレポートするなど、自分の体験を分析に取り入れるエーレンライク氏は、乳ガンと診断されたことから新刊「Natural Causes」の中で医療問題へと切り込んでいます。

自身が病気と闘う中で、エーレンライク氏は死を直視しない現代の医療的・社会的文化について言及。私たちた「死とは耐えがたいものである」と考えるのは、「私たちは自分自身の体をコントロールできる」とする還元主義の科学が根本的に信じられているためだとエーレンライク氏は主張しています。このため、前提としての「私たちは体をコントロールできない」という可能性について再考する必要があるとのこと。

例えば予防医学の基本として、私たちは診察や血液検査、結腸内視鏡検査、マンモグラフィーなどを受けることを推奨されます。「病気が体を圧倒してしまう前に治療を行う」という発想についてエーレンライク氏は長年疑問を挟まず、医師のアドバイスに従っていました。しかし、強迫観念に取りつかれたように運動を行う人々が早期に死を迎える様子を見てきたこと、また76歳になり自分自身が「死を迎えてもおかしくない年齢」になったことを受けて、エーレンライク氏はそもそもの前提である「予防が人を長生きさせるという証拠はどこにあるのだろうか?」と考えるようになったとのこと。

つまり、心臓疾患の多い家系であれば高血圧を治療することで早期の死を避けることができるものの、そもそも心臓疾患の多い家系でなければ、予測も予防もできないのではないか?ということが考えられるのです。また、大腸がんを発見する結腸内視鏡検査を受ければ、その他の安く非侵襲的なテストよりも大腸がんによる死を避けられる、という証拠もありません。さらに、マンモグラフィーによって致死性でないかもしれない腫瘍を発見すれば、過度の治療によって逆に体に問題が起こる可能性すらあります。このように、「病気の早期発見」は寿命を伸ばすという前提のもとで私たちが行っている予防医学としての検査は、全体としての死亡率を下げていない可能性があるとして、エーレンライク氏は予防治療を受けることをほとんどやめてしまったとのこと。

by Brooke Lark

また、中年の時代にはフィットネスにのめり込んだというエーレンライク氏ですが、フィットネスやダイエットの強迫観念に捕らわれ続けた過去40年間のことを、「健康の利益よりも文化的な不快感の方が多かった」と語っています。運動をしているうちに自分を抑制したり、競争したり、コントロールする必要が生まれ、70歳になったエーレンライク氏の膝は使いすぎによって関節炎になってしまったとのこと。

また、生物学の博士号を持つエーレンライク氏は長年信じてきた「免疫系は体を守ってくれる魔法のマントである」という考えが近年の研究によって否定されていることにも言及。骨・脳・リンパ節・胚・胸など体のいたるところに存在し、血液の中を循環しているマクロファージは、「体内に存在する変性物質や細菌といった異物を捕食して消化してくれることで、病気から体を第一線で守ってくれるもの」として説明されてきましたが、近年の研究によってマクロファージは必ずしもがん細胞を殺さないことがわかっています。それどころか、時にマクロファージはがん細胞の成長を助け、体中に拡散するのを助長することすらあるのです。

多くの人は心臓発作・脳卒中などの原因がコレステロール・タバコ・運動不足などにあると考えて、禁酒や禁煙をしたり、運動を行ったりしますが、研究者らは、炎症が起こる大きな原因の1つはマクロファージであり、心臓発作・脳卒中・自己免疫疾患・関節炎などがマクロファージの影響を受けていると考えています。「運動や食生活の節制を通して免疫系を強くしている」と考えていたエーレンライク氏ですが、免疫系を強くすることでマクロファージの働きを助けてきたとすれば、逆に病気の可能性を高めていたのではないのか?と考えるようになります。

by Sharon McCutcheon

しかしエーレンライク氏は不調を受け入れろ、とは述べておらず、かといってNatural Causesは健康のハウツー本にであるわけではありません。「私たちの免疫系は体全体に対する細胞の暴動をけしかけることがあれば、体を守ることもある」という発見の概念、そしてその道徳的な意味合いにフォーカスを当てています。健康のために「ポジティブシンキングや体への気遣いを行い、秩序だったメカニズムを持つ心身を作る」という発想自体が間違いだったら?ということに着目しているのです。

エーレンライク氏はNatural Causesの中で、マイクロファージが時に本人の体を守り、時に攻撃することについて「行動は予測できないがランダムではない」ということを示す研究結果について言及しています。これはつまり、私たちの細胞は決定論的なメカニズムによって統制されておらず、いつどのように振る舞うかを細胞自身が決めているということを意味します。エーレンライク氏は「狂ったことのように聞こえますが」と前置きしつつも、マクロファージが殺すべきあるいは保存すべきがんを決めたら、何かの指示に従いコントロールされるのではなく、すべきと感じたことを行うのだと説明しました。

人間の体はしばしば全体論で語られてきましたが、そうではなく人の体は酸素・陣地・食べ物を求めて競いあう生物学的な戦場ではないのか?とエーレンライク氏は問いかけています。体が「指示やコントロールの存在する統一体」ではなく、その真逆である「部分的な同盟による戦場」であるとしたら、体はもともと平和なユートピアではなく統制が行われていないディストピアだということになります。そうであれば、これから先の未来で免疫細胞たちを協力させるツールが生み出され、健康が保たれたとしても、それは一時的なことであり、体がディストピアに基づいている以上最終的にはコントロールは失われます。

by Scott Webb

ただし、エーレンライク氏の考え方についてスイート氏は疑念も抱いています。体は病気になれば回復しようと戦うことからも、体が健康を保とうとするという考え方は自然に思えるためです。エーレンライク氏は自分の体のコントロールを失い、「諦めたい」と考えたことから、このような発想に至ったのでは、とスイート氏は見ています。

そして医師としての経験からスイート氏は、患者の多くは最終的にコントロールを失い、それを受け入れて死を迎えることを認めています。一方で「エーレンライク氏はコントロールを失うことができるか?」という問いについて「人は、自分が生きたようにしか死ねません。例え発狂したとしても、脳死だったとしても、そうです。勇敢な人は勇敢に死に、好奇心がある人は好奇心のままに死に、楽天家の人は楽天的に死に、生来的に受け入れるタイプであれば死を受け入れます。コントロールを得るために戦って生きてきた人は、戦って死にます。そしてエーレンライク氏はファイターです」と語りました。

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