「従業員の心身の健康を損なっている企業活動の在り方を変えるべき」という考え方
職場における健康についてのある研究によると、アメリカでは61%の人が職場にストレスがあって体や心に健康被害があり、7%の人は実際に入院するに至っているとのこと。また、ストレスによってアメリカでは年間3000億ドル(約31兆円)のコストが発生し、12万人が命を落としているとも。さらに中国ではオーバーワークで毎年100万人が命を落としているとのことで、この状況に警鐘を鳴らすスタンフォード大学経営大学院のジェフリー・フェファー教授は書籍「Dying for a Paycheck」(給料のために命を削る)を発表し、社会がこの状況を変える必要があると説いています。
“The Workplace Is Killing People and Nobody Cares” | Stanford Graduate School of Business
https://www.gsb.stanford.edu/insights/workplace-killing-people-nobody-cares
フェファー氏はこの著書について「職場の健康における『沈黙の春』になればいいと思っている」と語っています。沈黙の春は1962年に発表されたレイチェル・カーソンによる著書で、DDTを始めとする農薬などの化学物質の危険性を、鳥達が鳴かなくなった春という出来事を通して訴え、自然保護と化学物質公害追及の必要性を世に知らしめた作品です。フェファー氏はまた、非健康的な仕事の在り方によって「会社の業績と個人の幸福の両方が害されており、私たちはこの状況を『ここで止めるべきである』というサインと理解する必要があります。あまりにも多くの被害がそこにはあります」とも語っています。
フェファー氏は、スタンフォード大学経営大学院が運営しているメディアの中でインタビューに応え、社会のあるべき姿について語っています。
インタビュアーはまず、フェファー氏が話題にあげた内容について質問。その内容は、Barry-WehmillerのCEOであるロバート・チャップマン氏がある講演の中で、聴衆である1000人のCEOに対して「あなたたちが医療危機の原因です」と語ったというもの。これに対してフェファー氏は「それは本当の話です」と回答。フェファー氏によると、チャップマン氏は3つのポイントを挙げて話を展開したとのこと。
その第1のポイントは、「先進国、特にアメリカのような国では、膨大な医療費負担の大部分が、糖尿病や心疾患などの慢性疾患に費やされている」という点。これは世界経済フォーラムなどでも報告されたデータと一致しており、アメリカではこれらの慢性疾患が医療費の75%に相当する大きな割合を占めているとのこと。
第2のポイントは、糖尿病や心疾患、メタボリックシンドロームに加え、過食や運動不足、薬物およびアルコール乱用など問題行動の多くが、ストレスに起因していることを示す疫学的文献が非常に多く存在していることを挙げています。
そして第3の点として、ストレスの最大の原因が「職場」であることを示唆する大量のデータがあることを挙げています。これらの点を挙げ、チャップマン氏は1000人のCEOに対して「あなたたちが医療危機の原因です」という理論を展開したとのこと。
「この問題はずっと前から存在しているのでしょうか?それとも、近年そのような傾向が強くなったのでしょうか?」という質問に対してフェファー氏は「ずっとあったものだと思う」と答え、これまでに見てきた数々の実情から「近年において職場環境が悪化したと結論付ける証拠はない」と述べています。
調査会社「ギャラップ」による調査によると職場定着率は低く、信頼度調査エデルマン・トラストバロメーターによると、職場に対する不信率は高い状態。また、全米産業審議会による調査からは仕事満足度は低い状態が続き、しかも一貫した低下傾向が続いているとのこと。そして職場が提供する健康保険を利用する率は減っており、驚くほど多くの人が高い医療費を理由に病院に行くことを躊躇しているといいます。
フェファー氏はこの状況について、スペインのビジネススクール「IESE」のヌリア・チンチーラ教授の言葉を引用して「社会的汚染(Social Pollution)と表現。これについて尋ねられたフェファー氏は、企業が従業員に対して課す長い労働時間が、結婚率の減少や子育ての難しさが増すこと、その他一般的な家庭の問題が問題となっており、これらを「社会的汚染」を説明。フェファー氏はその例として、GEに務めていたある人物が出張続きのために子どもの顔をまともに見たことがなく、最終的に仕事を辞めたことで初めて子どもに触れ合う時間を持てた、という例を挙げています。
フェファー氏はまた、著書の中で「社会のダメージを無視した企業の存続可能性」というものについて触れています。インタビュアーから解説を求められたフェファー氏は、「世の中で、『我が社は森の木々を完全に伐採し、石炭をとるために山を一つ切り崩した。そしてそのことを誇りには思っていない』などと言いたい人は全くいないか、いても非常に少ないはずです」と述べ、企業は経済活動を進める際に、何かを犠牲にしていることから目を背けているという実態を語ります。
そして、社会がその状況を許容してしまっていたこともフェファー氏は指摘。「かつて当たり前のように行われていた行動は、現代の基準ではもはや受け入れられないものも存在します。今や、何でもかんでも好きなものを燃やして空気中に放出されることは許されず、水の中に化学物質をどんどんと捨てることは許容されることではありません。そしていま、企業はこれらの変化を受け入れ、対応を進めています」と語ります。
しかし、これらの行動がこと人間に対してとなると、それほど大きくは改善されていないというのがフェファー氏の主張の一つ。一定の経済性を犠牲にしてでも環境に対する取り組みを進めることができるのであれば、人間の「保護」についても同じことができたとしても、おかしくはないのかもしれません。
なお、フェファー氏がこの内容について語る時、よく「そんなに大変な仕事だったら自ら去って別の仕事を見つければ良い」という反応が寄せられるとのこと。それについてフェファー氏は「それは口で言うほど簡単なことではない」と見方を示しています。
フェファー氏はこの問題について、「ヨガ教室に通うことや、昼寝用の部屋を用意することは解決策にはならない」と述べているとのこと。インタビュアーからの「この、長時間労働を認める文化が変わるためには?」という問いに対しては、大気汚染問題を改善に導いたのは人々が「それは許されない」というメッセージを企業などに示したためであり、労働問題に対しても同様の取り組みが起こることで改善される可能性があると答えています。また、そのためには単に「長時間労働はダメだ」と声にするだけではなく、政府に働きかけて規制の枠組みを作るなどの具体的な取り組みが必要であるとも述べています。
最後に「この本を書いたことで考え方が変わったか?」という質問に対してフェファー氏は、「私が予想していたよりも事態は悪いと考えるようになりました。そして、これらの健康的問題を引き起こす職場の問題は、環境汚染問題と同列に考えるべきものではないことがわかりました。もし十分な教育を受けられていなかったとすると、あなたは低賃金や自分の仕事環境をコントロールする能力が低い状態に置かれます。それにより、あなたの健康は悪い影響を受けます」と述べています。
フェファー氏はまた、「私は人々の目を覚ましたいと考えています。これは、企業にとっても業績に悪い影響を与えるものであり、人々の健康にも問題をもたらします。私たちは人々の心身両面での健康状態を、企業利益のためだけに追い求めるべきではありません」と考えを示しています。
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