サイエンス

制汗剤やウェットティッシュ由来の蒸気が国際宇宙ステーションでトラブルを引き起こした「シロキサン事件」とは?


国際宇宙ステーション(ISS)では宇宙飛行士の尿や船内の湿気から飲料水を回収する水再生システムが使われていますが、水の再利用が本格化した後には飲料水中の有機物汚染を示す値が上昇するトラブルが発生していました。宇宙開発や生命維持システムについて発信しているマチェイ・チェグウォフスキー氏が、ISSで起きた「シロキサン事件」について解説しています。

L'Affaire Siloxane - Mars For The Rest of Us
https://mceglowski.substack.com/p/laffaire-siloxane


チェグウォフスキー氏によると、ISSの稼働初期には宇宙飛行士が飲む水をスペースシャトルで地球から運ぶ必要があり、2005年までの間で9000kg超の水がISSへ運ばれ、さらに水再生を待つ7000kgの処理済みの尿が軌道上のタンクに保管されていたとのこと。そして2008年11月にISSへ水再生システムが導入されたことで、水の再利用率は45%から80%へ引き上げられる見込みになりました。

しかし水再生システムの稼働から13カ月後の2010年6月、宇宙飛行士が飲む水に含まれる「全有機炭素」の値が上昇し始めました。全有機炭素は水中に有機物由来の汚染があることを示す指標ですが、これだけでは汚染物質の正体までは分かりません。NASAはISSを設計した際に飲料水中の全有機炭素の安全限界を3ppmに設定しており、2010年夏の時点ではこのまま上昇が続くと同年12月に安全限界を超える見通しだったとのことです。


安全限界を超えた場合、NASAは新しい飲料水をISSへ打ち上げるか乗員を地球に戻すかを検討する必要がありました。ISSには未知の化学物質を分析する設備がなかったため、飲料水のサンプルはロシアの宇宙船「ソユーズ」で地球へ戻され研究所で分析されました。その結果、未知の汚染物質はジメチルシランジオールであることが判明。

ジメチルシランジオールは「シロキサン」と呼ばれる化合物群に属しており、シロキサンはケイ素・炭素・酸素の結合を含む化合物です。シロキサンは化粧品・コンタクトレンズ、コーキング材・包装材・各種衛生用品などに広く使われ、制汗剤やヘアコンディショナーに滑らかな感触を与える成分でもあります。チェグウォフスキー氏によるとISSの中でシロキサンの蒸気を発生させていたのは主に制汗剤・ウェットティッシュ・ローション・洗い流さないヘアコンディショナーで、ISSの船内の空気には1日あたり約1.5gのシロキサン類が蒸発していたとのことです。


このシロキサン類が飲料水に入り込んだ経緯は以下の通り。チェグウォフスキー氏によると、まず船内の空気中のシロキサンは宇宙から飛び込んでくる電離放射線の助けを受けて分解され、水に溶けやすいジメチルシランジオールになります。そして、ジメチルシランジオールは水凝縮器に集まり、水処理系をほとんどそのまま通過し、最終的に飲料水へ入り込んだとのことです。

チェグウォフスキー氏は、ISSで観測された全有機炭素の急上昇は「ジメチルシランジオールが急に発生したためではない」と説明しています。ジメチルシランジオールは水処理フィルターのイオン交換媒体に弱く結合し、新しいフィルターには捕まります。そのため、フィルター交換直後の飲料水からジメチルシランジオールはほとんど検出されないとのこと。

しかし、フィルター交換から数カ月経過してフィルター内の樹脂がジメチルシランジオールで飽和すると、別の物質に押し出される形でジメチルシランジオールが飲料水側に出てくるため、全有機炭素の値が急上昇します。そして、フィルター内にたまっていたジメチルシランジオールが出尽くすと全有機炭素の値は再びほぼゼロに戻りますが、フィルターを交換すると再び同じ過程が繰り返されるそうです。

チェグウォフスキー氏はNASAがジメチルシランジオールを無視できなかった理由として、ジメチルシランジオールによる全有機炭素の上昇が別のより深刻な汚染物質の増加を覆い隠す可能性を挙げています。

NASAは水中のジメチルシランジオールだけを捕まえる方法を探しましたが、うまくいきませんでした。そこでNASAは水に入る前の段階でシロキサンの蒸気を捕まえる方針に切り替え、2015年にISS内の一部のHEPAフィルターを、活性炭の入ったシロキサン除去用フィルターに置き換えました。この新しいフィルターにより船内の空気中のシロキサン濃度は下がりましたが、今度はカビが増えてしまい、宇宙飛行士から呼吸器症状の訴えが出てきたとのことです。

最終的にNASAは活性炭とHEPAを半分ずつ組み合わせたフィルターを採用することで、カビの数を抑えつつ空気中のシロキサンの一部を捕まえることに成功しました。

チェグウォフスキー氏はISSで起きたシロキサン問題について、「宇宙の生命維持システムではありふれた生活用品由来の微量成分が大きな問題につながり得ることを示す例」だと説明しています。

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in サイエンス, Posted by log1b_ok

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