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「日本の小説ブーム」がイギリスで起きている、「猫」や「曖昧さ」などブームに不可欠な意外な要素とは?


2020年代前半のイギリスでは「日本の小説」が空前のブームとなっており、2022年にはイギリスにおける翻訳小説の売上の25%を日本小説が占め、2024年には翻訳小説の売上ランキングトップ40冊のうち40%超が日本小説でした。イギリスで日本小説がブームになっている理由や、イギリスで人気の日本小説にみられる特徴について、イギリスの日刊紙であるThe Guardianがまとめています。

Surrealism, cafes and lots (and lots) of cats: why Japanese fiction is booming | Fiction in translation | The Guardian
https://www.theguardian.com/books/2024/nov/23/japanese-fiction-britain-translation

The Guardianによると、2024年にイギリスで最も多く売れた翻訳小説は、首都圏連続不審死事件をモチーフにした柚木麻子氏の「BUTTER(英題同じ)」だったとのこと。週刊誌の記者が獄中の犯人と面会するうちに影響を受けていく様子を描いたこの作品は日本でも話題となりましたが、イギリスでも大きな人気を博しています。


イギリスにおける日本小説の人気は今に始まったことではなく、1990年代には村上春樹氏と吉本ばなな氏の2人がブレイクし、特に村上氏の「ねじまき鳥クロニクル(英題:The Wind-Up Bird Chronicle)」はカルト的ともいえるヒット作となりました。2000年代初頭にイギリスの書店チェーン「Waterstones」で購買チームを率いていたスコット・パック氏によると、当時は出版されたどの村上氏の著作も仕入れが追いつかない状態だったとのこと。村上氏の大ファンだというパック氏は村上作品の魅力について、「とても親しみやすいのに、奇妙な感じがするのです」と語りました。

一方の吉本氏は、村上氏よりも早い1980年代後半~1990年代初頭から「キッチン(英題:Kitchen)」や「とかげ(英題:Lizard)」などの作品が英訳されていました。パック氏は「彼女が村上春樹より前から存在していたことを指摘するのは、非常に重要なことです」と述べています。吉本氏の作品は、しばしば個人的な悲劇を乗り越えようとする、疎外された女性を描いている点が特徴です。


村上氏と吉本氏の作品の共通点としてThe Guardianが挙げているのが、疎外感やシュールレアリスムの感覚、そして社会的な期待への抵抗感といった要素です。これらの作品は今日のイギリスでベストセラーとなっている日本小説にもみられますが、ここ10年間ほどで日本の作家の幅は大きく広がったとのこと。

2024年にイギリスで最も多く売れた翻訳小説トップ20に松本清張の「点と線(英題:Tokyo Express)」がランクインしたほか、村田沙耶香氏や川上弘美氏、川上未映子氏らが描く女性視点の小説も人気となっています。特に2018年に村田氏の「コンビニ人間(英題:Convenience Store Woman)」が出版されたことは大きな転機であり、同作はイギリスで50万部を超えるヒット作となりました。同作を含めて村田氏の翻訳小説を3冊出版している出版社「Granta」でアソシエイト・パブリッシング・ディレクターを務めるジェイソン・アーサー氏は、「彼女は驚異的な存在です」と述べています。

東京に20年間住んでおり、「コンビニ人間」の英訳も手がけた翻訳者のジニー・タプリー・タケモリ氏は、村田氏の成功は驚くべきものだとコメントしています。イギリスでは「コンビニ人間」を自閉症についての本だと考える人が大勢いますが、これについてタケモリ氏は「その見方は沙耶香氏が必ずしも意図したものではありませんでしたが、彼女は人々がそのように本作を見ることを気にしていません。彼女は、私たちが当たり前だと思っていることが、実はまったく普通ではないことを示しています」と語りました。


加えてイギリスにおける日本小説ブームを語る上で外せないのが、「癒やされる」や「心温まる」といった宣伝文句で売り出されている「comfort books(コンフォートブック)」というジャンルです。マスコミや文芸誌で大きく取り上げられることは少ないものの、イギリスでベストセラーとなっている日本小説の半分以上はコンフォートブックだとのこと。

コンフォートブックにはいくつかの頻出するモチーフがあり、「コーヒーショップ(例:川口俊和氏の『コーヒーが冷めないうちに(英題:Before the Coffee Gets Cold)』)」「書店や図書館(例:青山美智子氏の『お探し物は図書室まで(英題:What You Are Looking for Is in the Library)』)」「猫(例:新海誠氏原作の『彼女と彼女の猫(英題:She and Her Cat)』)」がそれに該当します。


イギリスで最も成功しているコンフォートブックの出版社「Doubleday」で副編集長を務めるジェーン・ローソン氏は、2017年に有川浩氏の「旅猫リポート(英題:The Travelling Cat Chronicles)」を出版し、シリーズ100万部以上を売り上げました。ローソン氏はコンフォートブックの興味深い点として、「性別や年齢などの垣根を越えて、老若男女を問わず多くの読者にとって魅力的なこと」を挙げています。こうしたジャンルは以前から存在していましたが、InstagramやBookTokの影響で、よりクールなものとしてみられるようになっているとのこと。

一方で、出版社がコンフォートブックにみられる共通のモチーフを追求するあまり、それが表層的なトレンドになっている点もThe Guardianは指摘しています。しかし、出版社にとって売上は非常に重要なため、売れていればOKという精神で既存作に似せていく試みは活発です。


実際、あるイギリスの出版社は「コンビニ人間(英題:Convenience Store Woman)」の人気にあやかるため、日本で「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」というタイトルで出版された花田菜々子氏の本を、「The Bookshop Woman」として出版しました。東アジア文学を専門とする文芸エージェントのリー・カンチン氏によると、この本はとてもよく売れているそうです。

また、表紙に猫が描かれていることは販売上とても有利だそうで、2024年の翻訳小説売上ランキング第5位になった八木沢里志の「森崎書店の日々(英題:Days at the Morisaki Bookshop)」のイギリス版の表紙では、物語に関係ないにもかかわらず猫が描かれています。なお、タケモリ氏はThe Guardianに対し、「日本では猫の本が大人気というわけではありません。存在はしていますが、イギリスほど大きなブームにはなっていません」と指摘しています。


特定のジャンルが優勢であることとは別に、日本文学がイギリスの読者を引きつける要素についてもThe Guardianは言及しています。日本文学を紹介するウェブサイト「Read Japanese Literature」を運営するアリソン・フィンチャー氏は、ジェンダーを超えたロボットやAIを描いた大原まり子氏のSF小説「ハイブリッド・チャイルド」が日本では1990年に刊行されていたことを指摘し、「日本文学は英文学より20年も前から、後期資本主義問題、ジェンダー、フェミニストの問題に対処し始めていたことに気付きました」と述べています。

また、カンチン氏は日本作家の多くが都市部に住んでおり、それが物語にも反映されていることを指摘。「この都市部の風景はイギリスの読者にとってなじみ深いと共に、東洋にあるため少し魅力的に感じるのだと思います」と述べています。書籍ブロガーのトニー・マローン氏も、「人々が求めているのは離れすぎていない『他者』なのです。つまり、心地よい他者ということです」と述べ、同様の魅力が日本小説にあると主張しました。

さらにタケモリ氏は、「日本小説は西洋小説と比べて批判的ではありません。西洋小説は物事が善か悪かに焦点を当てる傾向があります。一方で日本小説は、善と悪の境界がはるかに曖昧で、悪いキャラクターでも何かしらいい点を持っていることがあり、いいキャラクターにもしばしば欠点があります。小説の結末も、西洋のものよりずっとオープンです」と語っています。

出版業界は常にトレンドに左右されているため、日本小説のブームもいずれは過ぎ去るとみられていますが、評価の高い本はその後も残り続けます。たとえばカンチン氏は、偽装妊娠によって社会に反抗する女性を描いた八木詠美氏の「空芯手帳」などが文学研究の対象となるだろうと予想しています。


The Guardianは、「日本であれその他の国であれ、猫の本であれ犯罪小説であれ、結局のところフィクションが売れるのは、ジャンルや言語を超えた普遍性があるからです。フィンチャー氏が村田作品を評した『私たちは誰もが少し変であり、人間社会は奇妙なものです。この小説に登場するのは、私たち全員なのです』という言葉の通りです」と述べました。

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in メモ, Posted by log1h_ik

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