マンガ

マンガが英語版に翻訳される方法の変化に「日本のマンガそのものを楽しみたい」というアメリカのマンガファンの熱意が詰まっている


日本のマンガは世界中で楽しまれるコンテンツとなっており、翻訳家が日本語のセリフのニュアンスをくみ取って英語やその他の言語に翻訳を行っています。また、アメリカで主に読まれているアメリカン・コミックス(アメコミ)は文字が横書きのためマンガのコマを左から右に読んでいきますが、日本のマンガは文字が縦書きのためコマは右から左に読むなど、読み方やページのめくり方も異なっています。そのような違いのある日本のマンガをどのように英語版に翻訳しているのか、New York Timesが解説しています。

How Manga Was Translated for America - The New York Times
https://www.nytimes.com/interactive/2023/07/14/books/manga-comic-books.html


日本のマンガである「ドラゴンボール超(スーパー)」の翻訳版をアメリカの書店で手に取った場合、以下の画像のような「読み方ガイド」が付属しています。読み方ガイドには「あなたは間違った読み方をしています。『ドラゴンボール超』は右上から左に読んでいくもので、英語のマンガとは逆になっています」という注意書きと、コマやフキダシを読む順番をキャラクターたちが説明しているイラストが含まれています。


以下は「魔王城でおやすみ」の英語版に挟まれている読み方の案内で、同様に日本のマンガを読む正しい順番について案内しています。多くの場合は、アメコミと同じ読み方をしてしまって結末をネタバレしてしまわないように、日本のマンガの最終ページ付近にメモが挟まれていたり、最終ページに印刷されていたりするそうです。


New York Timesによると、アメリカに日本のマンガが初めて紹介されたのは1980年代と歴史が浅く、それ以来アメリカの企業は「コミック」とは異なる「マンガ」というジャンルをアメリカの読者にどう適応させるか苦心してきたそうです。最初期のマンガ翻訳者であり、マンガの研究と読み方を解説した「Manga! Manga!: The World of Japanese Comics」という書籍の著者であるフレデリック・L・ショット氏は、「英語の読者は、翻訳であることを意識せずに純粋に物語を楽しめることが望ましいです。しかし同時に、オリジナルの日本のマンガに可能な限り忠実な翻訳版でなくてはなりません。この適切なバランスをとることが難しいです」と語っています。

日本のマンガと翻訳版の違いについて、New York Timesは「AKIRA」を例に挙げています。アメリカで「AKIRA」をリリースしたEpic Comicsは、アメコミと同じフォーマットで読めるように編集することを選択しました。以下の画像は日本語版と英語版を比較したもので、左の日本語版ではコマやフキダシを右上から順に読んでいくのに対し、右の英語版では元の原稿を反転させた上でカラーにしており、左上から右下に読んでいくフォーマットになっています。


元の原稿を反転させることでアメコミと同じ読み方ができるようにしているため、日本の車を運転しているのに左ハンドルになっていたり、全ての登場人物が左利きになっていたり、鉄雄が右腕を失ってしまうシーンが左腕を失うシーンに変わっていたりと、さまざまな変更が起きています。またその他の作品では、原稿を反転せずにアメコミと同じフォーマットにするために、コマが横に並んでいる箇所は左右を入替えるようにして対処していたケースもありました。


原稿を反転する場合でもコマを入れ替える場合でも、アメコミのフォーマットに合わせる方法は費用と労力がかかるものでした。そこで、ロサンゼルスに本拠を置くマンガの翻訳・出版社であるTOKYOPOPは2002年ごろから、「マンガは日本流に読むべきである」と読者に伝えるようになりました。TOKYOPOPは日本のマンガと同じ読み方を解説しながら、自社の本を「100%本物のマンガ」として宣伝していたそうです。


また、従来はアメコミと同じ大判のサイズで日本のマンガも出版されていましたが、TOKYOPOPは日本版に近い小さくて厚いスタイルで出版するようにしていました。これにより、制作がより素早く、より安くできるようになったため、他のアメリカの出版社もTOKYOPOPに続き、1990年代後半のアニメブームと共に日本的なマンガフォーマットも大きく広がりました。


TOKYOPOPは日本と同じフォーマットで出版するにあたって、アメコミの読者が最初に開いてしまう最終ページに、「日本のマンガは読み方が違う」と示した警告ページを挿入しました。その後も、ほとんどの企業が日本のマンガを読み慣れない読者のために警告ページを入れ続けているそうです。


日本語版から英語版の変更には、ページやコマの読む順番に加えて、いくつも対処すべき点があります。まず重要なのがフキダシの位置や形で、日本語のマンガは縦書きのテキストでセリフが書かれる場合がほとんどのため、フキダシも縦に長い場合が多くなっています。例えば、「AKIRA」の初期の英語版では、フキダシは英語のテキストに合わせてすべて書き直されています。


また、近藤聡乃氏の作品集「Nothing Whatsoever All Out in the Open」では、縦長で描かれたフキダシが多かったことから、フキダシをそのままに英語を90度回転させています。


マンガには、フキダシ以外に日本語のテキストが書かれていることも多くあります。このようなシーンの翻訳版は、以下の画像のように、コマ内の表記はそのままにしてコマの外で意味を説明する場合や、重要な部分だけコマ内のテキストを英語に書きかえる場合など、さまざまなパターンがあります。


その他、マンガの翻訳に置いて重要な課題として「オノマトペ」があります。日本語のオノマトペは英語よりもはるかに多く、辞書によっては数百から数千の差があるそうです。中でも効果音としてよく用いられるのが、沈黙を表す「しーん」という表記ですが、「しーん」に該当する明確な翻訳が英語にはありません。そのため、ただ静けさを表しているのか、騒いでいる時に突然静かになったのか、誰もいない状態を示しているのかなど、状況に応じて翻訳されることが多くなっています。例えば以下の画像では、「誰もいない」ということで「しん…」という効果音を使っているコマについて、「NO BODY」と表記しています。


また、英語でなじみのある表現でも、元のマンガで用いられたオノマトペのニュアンスを表現するために、議論が起きる場合があります。以下の画像はつげ義春氏の「」のシーンで、ライフル銃を撃つ音に「ズドーン」というオノマトペがついています。翻訳者のライアン・ホルムバーグ氏は、作品の雰囲気に近いものを選択したいと考え、よく銃を発射する時に使われる擬音ではなく、日本語の音訳である「zdom」に近いものを提案したそうです。しかし、アメリカの読者にとって見慣れないオノマトペのため、最終的には「作品の繊細さを伝えることはできないけれど、アメコミの読者にとってはなじみがある」という理由で「kbooom」というオノマトペが用いられました。


フキダシ内のテキストと異なり、オノマトペはマンガの絵に合わせた工夫された形で表現されることも多くなっています。マンガの翻訳に携わったレタリングアーティストのサラ・リンズリー氏は「私たちがやろうとしているのは、日本の読者の体験を模倣することです」と語り、マンガ内で特殊な表現をしているオノマトペは、その表現を模倣した上で翻訳版を表記する工夫をしています。


その他、マンガの絵と分離することが難しい場合や、熱心なファンがいて日本語の雰囲気を求められている場合は、元の表現を重視してオノマトペを翻訳せずそのまま残すケースも多くなっています。「AKIRA」の新しいバージョンでは、オノマトペや一部の表現を日本語のまま残した上で、本の最後で脚注として翻訳と音訳を解説しています。


マンガの人気が高まるにつれ、日本風のスタイルを好むファンも多くなり、「マンガはできるだけ原作に近いものが良い」という考えが広まりました。その結果、布団や日本画といった英語圏には単純な翻訳語が存在しない単語について、「Japanese-style mattress」や「Japanese Art」とするのではなく、「FUTON」「NIHONGA」と翻訳せず残すケースが増えているそうです。


また、「~さん」「~様」というような人称表現も英語にはないため、単純に翻訳すると消えてしまうか、「Mr.」や「Mrs.」などを用いてニュアンスが変化してしまいます。そのため、「-SAN」「-SAMA」と日本語の読み方のまま残すケースが多くなっています。同じように、「~先輩」も英語には適切な訳がありませんが、「-SENPAI」と表現しても、アメリカのマンガ読者は「日本語のマンガにある表現」として意味を理解しているそうです。


さらに、アメリカのマンガが日本のフォーマットを尊重する動きは、作者の名前の表記についても及んでいるとNwe York Timesは指摘しています。コミックを専門とするカナダの出版社であるDrawn & Quarterlyは、2023年の秋ごろにつげ義春氏の作品集である「ねじ式」のリリースを予定しています。その書籍内では、日本のマンガに合わせたフォーマットで右から左に読むように案内しているのと合わせて、「表紙とタイトルでは従来通り『Yoshiharu Tsuge』としていますが、この本から、私たちは日本の伝統的な人名表記に合わせて、名字を先に書く『Tsuge Yoshiharu』のように作者を表記します」と説明しています。

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in マンガ, Posted by log1e_dh

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