サイエンス

森林保護の過大評価で温室効果ガス排出権を売買する「カーボンクレジット」が過剰に生み出されているという指摘


カーボンクレジットとは、企業が森林保護や省エネルギー機器の導入などで削減した温室効果ガス排出量をクレジット(排出権)として発行し、他の企業や個人との間で取引できるようにしたものです。温室効果ガス排出量の多い企業はこのカーボンクレジットを購入することにより、企業努力で削減しきれない温室効果ガス排出を相殺し、脱炭素社会へ貢献することができます。ところが、ケンブリッジ大学とアムステルダム自由大学の研究チームによると、森林保護によって生み出されたカーボンクレジットは過大評価されており、実際の温室効果ガス排出量削減に結びつく割合はほんのわずかだとのことです。

Action needed to make carbon offsets from forest conservation work for climate change mitigation | Science
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ade3535


Millions of carbon credits are generated by overestimating forest preservation
https://www.cam.ac.uk/stories/carbon-credits-hot-air

企業にとって経済的な利益を維持しつつ温室効果ガス排出量を削減することは困難ですが、他の企業や団体が生み出したカーボンクレジットを購入することで、自社が排出した温室効果ガスを相殺することができます。持続可能な経営が投資家から重要視されるようになった近年では、温室効果ガス排出量の正味ゼロ(ネットゼロ)を達成することには企業PRの観点で大きな意義があるため、カーボンクレジットの購入によってネットゼロを達成する企業も増えているとのこと。


そんなカーボンクレジットを生み出す施策のひとつに、発展途上国が森林減少や劣化を抑制して温室効果ガス排出量を維持・削減した場合、先進国が発展途上国への経済的支援を行う「REDD+」というものがあります。REDD+によって削減された温室効果ガス排出量をカーボンクレジットとして取引することで、REDD+を実施する当事者は森林保護から利益を得られるというわけです。

カーボンクレジット市場は近年急速に拡大しており、2021年には1億5000万トンを超えるクレジットが自発的なREDD+プロジェクトから発生し、その価値は13億ドル(約1900億円)に上ると研究チームは述べています。研究チームによると、一部の企業は自分たちではほとんど温室効果ガス排出量削減に向けた取り組みを行っていないものの、カーボンクレジットを購入することで自社の排出量を相殺し、「ネットゼロ」を達成したと主張しているとのこと。


REDD+によって生み出されたカーボンクレジットは、「REDD+プロジェクトがなければ発生したであろう樹木の損失と、それに伴って排出される温室効果ガスの量」に基づいて算出されます。ところが、多くの場合でこの計算は単純すぎるほか、時には恣意(しい)的にゆがめられることもあるとのこと。

そこでケンブリッジ大学土地経済学部のアンドレアス・コントレオン教授らの研究チームは、ペルー・コロンビア・カンボジア・タンザニア・コンゴ民主共和国で実施された18件のREDD+プロジェクトについて精査しました。研究チームはREDD+が実施された土地と森林率・土壌の肥沃度・周辺の産業・森林破壊の記録などがよく似た森林地域を特定し、REDD+プロジェクトの効果を測定したと述べています。

分析の結果、18件のREDD+プロジェクトのうち森林減少率を過小評価していたのはわずか1件、森林減少率を正しく評価していたのも1件にとどまり、残る16件で森林減少率が過大評価されていることがわかりました。プロジェクト開始から2020年までにこれらのREDD+プロジェクトで生み出されると予想された8900万トンのクレジットのうち、約68%にあたる6000万トンのクレジットが森林破壊をほとんど削減しなかったプロジェクトに由来しており、残る32%もプロジェクト開発者が主張するほどの成果は挙げられていないそうです。

研究チームが、各REDD+プロジェクトで予測された森林減少レベルを比較地域の森林減少レベルに置き換えたところ、実際にこれらのREDD+プロジェクトで削減された温室効果ガス排出量はわずか540万トンにとどまりました。これは、2020年までにこれらのREDD+プロジェクトが生み出したカーボンクレジットのうち、実質的に有効なものはたった6%に過ぎないことを示唆しています。2021年11月の時点で、これらのREDD+プロジェクトが発行したカーボンクレジットのうち少なくとも1460万トン分が購入されたとのことで、すでに排出量削減の観点からいえば「赤字」が発生していることになります。


研究チームは近年のカーボンクレジット市場にまつわる問題点として、カーボンクレジットの実態が不透明な「レモン市場」になっていることを指摘しています。レモン市場のレモンは、「低品質の中古車」を意味するアメリカの「レモン・カー」という俗語に由来しており、レモン市場とは「買い手が商品やサービスの品質を知らないため低品質なものばかりが出回る市場」を指す言葉です。

コントレオン氏は、「カーボンクレジットは、主要な汚染者に対してうわべだけの『気候の信任状』を与えます」「潜在的な買い手は、カーボンクレジットの氾濫によって生み出された低価格の恩恵を受けています。これは、企業が可能な限り低いコストで『ネットゼロ』にチェックマークを入れられることを意味します」と述べています。

カーボンクレジット市場がゆがめられてしまう理由としては、「カーボンクレジットを算出するための過去データが不正確なこと」「プロジェクトがもともと森林保護しやすい場所で実施されやすいこと」「認証に時間がかかるため森林減少率の変化に対応しにくいこと」「カーボンクレジットからの収益を最大化するために計算がゆがめられやすいこと」などが挙げられています。

コントレオン氏は、「膨大なカーボンクレジットを発行するための邪悪なインセンティブがあり、現時点の市場は本質的に規制されていません」「業界は、悪意のある攻撃者が排出量相殺市場を悪用するための抜け穴をふさぐことに取り組む必要があります。信頼できる市場になるには、保全林の量を定量化するはるかに洗練された透明性のある方法を開発する必要があります」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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