インタビュー

映画『犬王』湯浅政明監督インタビュー、見ている人に「満足」を越えた「歓喜」を味わってもらうところを目指したいという思いを聞いてきた


室町時代に活躍した能楽師・犬王と盲目の琵琶法師・友魚(ともな)が才能をクロスさせて高みに上っていく姿を描く、映画『犬王』が2022年5月28日(土)から公開されます。古川日出男氏の『平家物語 犬王の巻』を原作として作品を作り上げたのは、『マインド・ゲーム』(2004)、『四畳半神話大系』(2010)、『夜明け告げるルーのうた』(2017)、『映像研には手を出すな!』(2020)など、国内外で評価されている作品を送り出している湯浅政明監督です。

湯浅監督の作品では、リズムに乗った小気味よいアニメーションを見られるのですが、本作は能楽師&琵琶法師が主人公ということで、もはや「ライブミュージカルアニメ映画」とでもいうべき作品となっています。音楽を担当したのは連続テレビ小説『あまちゃん』や大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』をはじめドラマ・映画などの劇伴を数多く手がける大友良英さん。

このライブ感をどのように作り上げていったのかをはじめとして、いろいろなポイントについて、湯浅監督にお話をうかがいました。


劇場アニメーション『犬王』
https://inuoh-anime.com/

GIGAZINE(以下、G):
ヴェネチア国際映画祭のワールドプレミア時、湯浅監督が本作の音楽と絵について、「本当は音楽を先に作って、それに合わせて映像を作るのがベストだと思ったんですが、こちらのイメージをなかなか具体的な言葉で伝えられなくて。それで、音楽の大友良英さんから『先に振付が欲しい』と言われたんです」と話しておられました。今回、音楽に合わせた映像を作るのは、かなり苦労された部分でしょうか。

湯浅政明監督(以下、湯浅):
自分としては「力強いロックで行きたい」と言っていたのですが、大友さんに最初に作っていただいた音楽は、自分のイメージしているロックな感じではなかったんです。当初、僕は「当時の楽器をできるだけ使って」と言っていたんですが、だんだん「もっと現代の太鼓とか打楽器とかを全面に使った方がいいよね」になっていって、一方で大友さんも「金管楽器を前へ」となっていたのがエレキギターをギンギン入れる方向になって、結局「僕が欲しかったのはコレだったな」となりました。つまり、「ロック」という言葉だけでは専門家の大友さんと自分がイメージするものが違っていたんです。僕が思うロックは強いギターのリフで、優しい感じではなく、挑発するような力強いディープ・パープルみたいな感じだったんです……と言っても、専門家の方からすれば受け取る幅が千差万別だと思うんですが。


G:
なるほど。

湯浅:
尺が想定されていて、長すぎても困るので「こういう展開の曲が欲しい」というのがあって。一曲の流れの中で「ここは盛り上がって、何分何十秒のところからさらに上がり、ここからは下がっていく」というのが出てくると、大友さんから、それを作るには絵がないと難しいです、という話があって。

G:
ふむふむ。

湯浅:
曲がないと絵が想定できないところで、絵が曲より先に欲しいと言われたので、これはもうコンテを先に作るしかないのかなと。曲があることを想定して、ここは歌唱があって、このあたりは間奏でという展開をコンテにした上でビデオにして「こんな感じで行きたいです」と伝えました。すると、大友さんがコンテの指示や振付、適当な仮歌詞にぴったり合うように作曲してくれて、しかも、こちらが求めるロックの音楽にもなっていて、そこで「欲しいものができた、意思の疎通ができた」と感じました。

G:
おお。

湯浅:
そこにたどり着くまではやはり難しくて、絵も白っぽい線画だったのでアニメーター以外にはわかりにくいもので、コーラスの録音ぐらいまでは、最後の曲のピーク位置も少し食い違いがありました。録音時に「盛り上げるところはそこよりちょっと前に」と伝えたら、大友さんが「それは作曲し直さないと」とその場で譜面を直して、盛り上がりのポイントをずらしてくれたり。

G:
その場でですか。

湯浅:
はい。大変そうでしたが対応していただきました。「絵が先か、音楽が先か」というのは、音楽は絵があった方がつけやすいし、こっちは音楽があれば絵が描きやすいというところがあって、『犬王』の場合は歌であったけれども、細かい想定がある劇判に近いものだったと思います。今になれば大友さんの気持ちも分かりますが、当時はお互いに牽制というか、「そちらが先にやって欲しいな」という感じもありましたね(笑)

G:
(笑)

湯浅:
その後に犬王役のアヴちゃんがやってきて、歌詞もアヴちゃんのワードにしていき、歌い方もアヴちゃんが先導して「ここはもっと上げて」「こっちは詰めてあっちは伸ばして」とか符割や歌い方のアイデアもどんどん出てきて……。僕と大友さんは、それがいいか悪いかだけをジャッジしていました。たいがいは「いいんじゃない?」でしたが(笑)、森山未來さんからも「最後は一緒に歌いたい」とハモリの提案があり、2人で話して歌い方とかを決めていってもらい、最後にまた大友さんがコーラスを足してまとめ上げていったという感じです。すごく特殊で大変で、大友さんも「2度と同じやり方はしたくない」と思ったと思うんですけど。


G:
そんなに(笑)

湯浅:
それでも、絵ができあがってきたら、「ここは琵琶がいるよね」とさらに大友さんが足していったりと。そういう感じで作っていきました。


G:
絵が先にあって音を合わせたのか、音に合わせて絵を作っていったのか、どっちなんだろう、まったくわからなくてすごいことになっているなと思って見ていました。

湯浅:
作っている側も何が正解か分からず混沌としながらやっていたんじゃないかと思います(笑)

G:
食い違いは細かいすり合わせを重ねて詰めていったと思うのですが、湯浅監督の中で「これはいい感じになったな」と思ったのは、どのあたりだったのでしょうか。

湯浅:
Vコンテに合わせて大友さんが曲を作っていただいたところで「これはいけたな、自分が思っているラインに入ってきた」と思いました。あとは細かい調整とうれしい足し算だけでした。

G:
湯浅監督は、自分と違う考え方の人と仕事をした方が考えの幅が広がると思ってきたけれど、『犬王』を作っていて、考えの近い人とやることで得られる爆発的な力もあるかもしれないと感じたという旨の発言をされています。本作の制作で、なにか力を得られるようなできごとがあったのでしょうか。

湯浅:
そうですね……仕事をしていると「直に通じる人」と「直には通じない人」がいて、どうしても「直には通じない人」とうまくやるにはどうするかと探る方に時間を使ってしまって。更に近年、通じてた人とも齟齬が大きくなって、その穴を埋める余裕もない感じでした。少ない時間では「通じてる人」とさらに高め合っていく仕事をする時間という時間は取りにくいんです。でも、それができたら、さらにすごいものが作れて、もっと皆さんに喜んでもらえるんじゃないだろうかと。特に録音なんかは少人数で即決で変化してゆくので、その良さが見えやすかったです。

G:
なるほど。

湯浅:
今回音楽も、最終的にいいものができあがったのですが、もっと早いうちから自分がうまくやりとりができていたら、大友さんももっとやりやすかっただろうし、さらにいい音楽もできたかもしれない……と、これは僕が思っているだけですが、そういうこともあるのかなと。

G:
本作を見て、冒頭からすごいものを見せられていると感じましたが、さらに動きをよくできたり、その他の部分もまだ上を目指せるかもしれない、ということでしょうか。


湯浅:
それは永遠にそう思うのでしょうが、最初に時間と戦力で考えた「こういうものならできるんじゃないか」という想定にたどり着かない部分が気にかかります。「それでもOK」という風に作っていますけれど、「ここをもうちょっとこうすれば良くなる」や「ここを押さえれば見栄えがする」とか、そういうところに手が届かないと、もうちょっと時間や、やりとりをうまくできればいけたのかな、という想いが残ります。

G:
ふむふむ。

湯浅:
もっと高く飛べるようにという「遊び」の部分をいつも入れてあるので、そこを突破するようななにかすごいものを、もうちょっと下準備の段階からしていければいいのかな、とかですかね。見ている人に満足していただけるものにはなっているのですが、さらに上げられる部分を上げていくことで、「満足」が「歓喜」にまでいけるかな、と。

G:
なるほど……。先ほど、「通じる人」の話で「この人は水準を超えている」というのがありましたが、水準を超えられる人というのはどのようにしてそこに到達しているのでしょうか。監督の目線からわかることというのは、何かありますか?

湯浅:
作品のスタイルや、演出の意図への理解力が高く、水準に至る技術力を持っているというのもあるし……流れの中で自分がやるべき事を理解するには、幅広く柔軟に同じチームでしているスタッフとそれに準じたシステムがあって、そういう人達がチームになって続けて仕事をしていればあるだろうと思います。

G:
実写映画でよく聞く「○○組」みたいな感じですね。

湯浅:
アニメ業界全体で、そういった現場を作るのは難しくなっているようにも感じるのですが、ちゃんとしたものを作っているところはありますから、どうやっているんだろうと僕も気になっています。環境としてベストのものがあるとして、「ベストへのたどり着き方とは?」という。

G:
本作で、湯浅監督が意図したとおり、あるいは意図以上によくできていたシーンはありますか?また、どういった部分でしょうか?

湯浅:
作画で言えば、総作画監督の亀田祥倫さんが描いた、犬王がガンガン踊っているところ。村上さんのバレエのシーンの原画を見たときには「僕はもうやることがない」とうれしくなりました。村を駆け回る犬王の作画や、仮面のゆっくりとした撮影によるゆがみ、時代の早回しから落ち着く所や、最後に犬王がやって来る所の音響変化。冒頭の謡から語りになる所、鯨が登ると共に飛翔するボーカル。……でもいいシーンは1人の手柄ではなくて、ちゃんとその後の工程でそれぞれがシーンの意図を汲み最後まで目減りせず、あるいは増幅できたからです。

本編映像の一部はこんな感じ

劇場アニメーション『犬王』本編映像-京の街を駆ける犬王-5月28日(土)全国ロードショー! - YouTube


劇場アニメーション『犬王』劇中歌「腕塚」歌詞付き映像 5月28日(土)全国ロードショー! - YouTube


G:
動きを表現できているというのが1つのポイントになってくるのでしょうか。

湯浅:
アニメの場合絵が重要だと、特に近年思うんですが、以前テレビで、すごいミニチュアを作るジオラマ作家の人を見て、そういう作り込みがレイアウト時に欲しいなと思いました。自分のセクションで「シーンを作る」という意志ですね。大変なので今は誰もやらなくなりましたけど、それを演出、作画監督、美術、撮影だけでやるのも無理がありますね。やり方を考えなければいけないところです。

G:
もっと個性を出してくれてもいいのに、というところでしょうか。

湯浅:
やる気が空回りすることもありますけれど(笑)、作品スタイルへの理解があれば。もしくはこちらが分かっていて、その方の使いどころを考えるか。作品に貢献できる事を最低限以上にやっている人がいれば評価しなければいけないと思います。でも、こちらの意図への勘違いも多いので、まず理解してもらえる事が先決ですね。

G:
最後に、本作を見に行こうかどうしようかと思っている人に向けて、メッセージをいただければと思います。

湯浅:
時代劇ではありますが、難しい話じゃありません。ぜひ成り上がっていく2人の若者の生き様とライブを見届けてください。歌詞に注目してもらえれば、より演じている内容が伝わってきます。普通にじっと座ってみるのではなく、のれる映画になっていると思うので、ぜひ大きな音と画面の劇場へ来て下さい。

G:
ありがとうございました。

映画『犬王』は2022年5月28日(土)公開。湯浅監督の言葉にもあるように、まさにライブを体感するかのような作品なので、配信を待つのではなく、音響設備の整った映画館で鑑賞すると受ける印象が大きく変わるはずです。

劇場アニメーション『犬王』本予告(60秒) 5月28日(土)全国ロードショー![代表作入りver.] - YouTube

©2021 “INU-OH” Film Partners
配給:アニプレックス、アスミック・エース

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