サイエンス

量子論の父として著名な物理学者マックス・プランクが80年以上前に発表した論文がなぜか撤回されていたと判明


量子論の創始者として知られる物理学者マックス・プランクの1940年と1942年の論文2本が、学術出版社の電子アーカイブ上で「撤回」扱いになっていることがわかりました。科学史家の調査により、その経緯と原因が判明しました。

[2605.17534] The Curious Case of Max Planck retracted papers. When past scientific practices meet contemporary publishing norms
https://arxiv.org/abs/2605.17534

Why did this journal retract two 1940s papers by Max Planck? [UPDATED] - Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2026/06/why-did-this-journal-retract-two-1940s-papers-by-max-planck/

発端はケベック大学モントリオール校の科学史家イヴ・ジンガス氏が、ウェブサイト「リトラクション・ウォッチ」でノーベル賞受賞者の論文撤回一覧を眺めていたことでした。そこにプランクの名前を見つけて驚いたジンガス氏は、ケベック大学トロワリヴィエール校のマディ・ケルファウィ氏と共同で調査に乗り出しました。

問題の論文は、1940年発表の『Naturwissenschaft und reale Außenwelt(自然科学と現実の外界)』と、1942年発表の『Sinn und Grenzen der exakten Wissenschaft(厳密科学の意味と限界』です。両方とも、当時のドイツを代表する科学誌・Naturwissenschaften(現:The Science of Nature)に掲載されました。この雑誌は1913年の創刊以来、Springer Nature社が発行を続けています。


通常、撤回された論文はオンライン上に「RETRACTED」の大きな表示とともに本文が残されます。しかしプランクの2論文に限っては本文ページが完全に白紙にされ、「記事違反のため撤回」という不可解な一文だけが記されていました。


ジンガス氏らが調べたところ、両論文のDOI(デジタルオブジェクト識別子)は2005年4月に作成されており、ちょうど各出版社が過去の紙媒体をデジタル化してオンラインアーカイブに統合していた時期と重なっていました。

ジンガス氏とケルファウィ氏の推測では、著作権侵害という現代的な基準を機械的に適用したことが原因だとのこと。1942年発表の『Sinn und Grenzen der exakten Wissenschaft』はもともとプランクが1941年にベルリンで行った講演が基になっており、その後小冊子や別の雑誌、さらにプランクの著作集にも収録されています。同じ講演内容が複数の媒体で繰り返し発表された事実が現代の「二重出版」や「自己剽窃」の判定基準に引っかかってしまった可能性が高いといいます。

一方、1940年の論文にはそうした複数出版の記録がありません。ただし同じ年にアロイス・ミュラーという研究者がプランクの過去の論説を批判する論文をNaturwissenschaftenで発表しており、プランクは数か月後にほぼ同じタイトルで反論を寄稿していました。異なる著者による同名論文が同じ雑誌に存在したことが、カタログ管理システムの混乱を招いた可能性があるとされています。


ジンガス氏とケルファウィ氏は「当時の科学出版文化ではこうした重複掲載がまったく問題視されていなかった」と強調しています。20世紀前半、研究者たちは言語や国境で分断された読者層にできるだけ広く知識を届けることを重視しており、同じ講演内容を複数の雑誌や書籍で発表するのは一般的な慣行でした。ニールス・ボーアやアンリ・ポアンカレなど、他の著名な物理学者も1つの講演内容を複数の媒体で発表しています。

「自己剽窃」という概念自体、1990年代以降に研究業績を数値で評価する仕組みが広がる中で生まれた比較的新しい発想といえます。研究論文が採用や昇進、研究費配分の判断材料として「数える単位」に変わったことで、同一内容の繰り返し発表が問題視されるようになりました。ジンガス氏らは、この現代的な基準を過去の出版物にさかのぼって適用することは歴史の記録をゆがめる行為だと指摘しています。

The Science of Natureの現編集長であるスザンヌ・スカーラタ氏は、撤回の事実自体を今回の取材で初めて知らされたと述べました。論文に違反フラグが立てられた原因は理解できないとした上で、おそらく自動化システムによるものだろうという見方を示しています。


しかしその後、出版元のSpringer Natureは海外メディアのArs Technicaに対して「撤回は2011年に人為的な判断で行われたものであり、ソフトウェアや自動処理は関与していなかった」という公式声明を発表しました。当時の担当者はすでに退社しており、詳しい経緯は記録に残っていないとのこと。同社は論文の再公開に向けて対応を進めていると述べています。

プランクは1947年に死去しており、著作権保護期間はすでに多くの国で終了し、両論文は事実上パブリックドメインとなっています。つまり著作権侵害という撤回理由自体、記事作成時点で意味を持ちません。それでも、Springer Natureのオンライン版では今も本文が読めない状態が続いています。

幸い、両論文は非営利のデジタル図書館インターネットアーカイブに保存された旧版のスキャンを通じて閲覧可能。皮肉なことに、営利出版社よりも非営利団体の方が科学史上の資料を安定して保存してきたことになります。ジンガス氏は、誰の判断であっても構わないので論文をデータベースに戻すべきだと訴えており、この状態を知的に見て受け入れがたいものだと表現しています。

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in サイエンス, Posted by log1i_yk

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