200年ぶりに発見された新しい青「YInMnブルー」を芸術家はどのように受け入れているのか?
2017年、クレヨンの老舗メーカーであるクレヨラが、「200年ぶりに発見された新しい青」をクレヨンとして販売することを発表し、大きな話題となりました。芸術の世界ではかつて顔料にこだわったために破産した画家がいたほどですが、「YInMnブルー(インミンブルー)」とよばれるこの青も価格の高騰や、闇市の形成が報告されています。
The First Blue Pigment Discovered in 200 Years Is Finally Commercially Available. Here's Why It Already Has a Loyal Following
https://news.artnet.com/art-world/yinmn-blue-comes-market-1921665
2009年、オレゴン大学のマス・サブラマニアン教授らのチームによって偶然「新しい青」が発見されました。200年ぶりに発見された新しい青色は3つの元素「イットリウム(Y)」「インジウム(In)」「マンガン(Mn)」の名前をとって「YInMnブルー」と呼ばれています。
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YInMnブルーの発見はアート関係者の間でまたたく間に広がり、絵の具や塗料を製造・販売するメーカーの多くが商品化を求めたとのこと。ドイツのKremer PigmenteやアメリカのGolden Artist Colorsもその1つですが、素材を手に入れるまでには数年間も待つ必要があったと述べています。その間もアート関係者からは「YInMnブルーの塗料はないのか」という問合せがあったそうです。
事態が大きく変わりだしたのは、2016年にアメリカ・オハイオ州のShepherd Color Companyが商業的にYInMnブルーを販売するライセンスを取得したことがきっかけでした。これにより、研究室で数グラムずつ生産されていたYInMnブルーが一度に数百キロ単位で製造可能となりました。
そしてクレヨンの老舗メーカーであるクレヨラがYInMnブルーのクレヨンを登場させた2017年、YInMnブルーは世界的な脚光を浴びることになります。
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YInMnブルーが注目された理由の1つは、その不透明度の高さにあります。不透明度が高いということは、コーティングの際に大量の塗料を使ったり重ね塗りをしたりしなくてもしっかり発色するということを意味します。また、ほとんどの赤外線を反射するため素材を空冷に保つというのも特徴です。金より高価だとして歴史的に非常に重宝された顔料「ウルトラマリン」はこれとは逆に透明度が極めて高いことで知られています。
YInMnブルーは建築物用の塗料として有効活用が見込まれており、産業用の塗料を製造するShepherd Color Companyにとって、非常に大きな可能性が見込まれているわけです。
またYInMnブルーはコバルトブルーや紺青に比べて色鮮やかであり、耐久性や安定性といった意味でも顔料として大きなメリットがあるとのこと。コバルトブルーからウルトラマリンまで、さまざまな「青」の顔料が存在しますが、YInMnブルーはそれらの隙間を埋める「青」だとも言われています。また混色の際にも純度の高いYInMnブルーには「濁った色が生まれない」という利点があるとのことです。
ただし、YInMnブルーを市販の顔料として売り出すにはハードルも存在します。規制当局の承認を得るプロセスがその1つで、YInMnブルーはアメリカにおいて工業的加工やプラスチック加工の使用で認められてからも、画材としての使用は長らく認められませんでした。産業用の使用は比較的承認が簡単であるものの、消費者用の使用はさらに厳しいテストをクリアする必要があるためです。2021年時点では有害物質規制法の試験要件を満たしていますが、粉末での商品化ではなく、塗料としてのみの販売に限られています。
このような状況の中でYInMnブルーの貴重性は増し、顔料の闇市場で取引されるようにもなったとのこと。アーティストのマイケル・ロスマン氏は2019年にKremer Pigmente製のYInMnブルー顔料を手に入れ、自分で砕いてアクリル樹脂と混ぜたものでオリジナルの絵の具を作ったそうです。ロスマン氏はこの絵の具で4700万年前の鳥を想像して描きました。
しかし、画材店を営むゲイル・フィッシュバック氏によると、実際に市販されるようになったYInMnブルーの絵の具は40mlで179.40ドル(約1万9000円)にもなり、フィッシュバック氏のお店で最も高価なアクリル絵の具の6倍もするため、あまり売上げはよくないとのこと。購入者の多くは興味本位か、他の人に自慢するためにYInMnブルーの絵の具を購入しているとフィッシュバック氏は述べています。
また、「200年ぶりの青」という話題からの人気は長くは続かないとみている人も多く、日本のいくつかの企業はYInMnブルーをテストした後に製品ラインに導入しないことを決めました。新しいことに挑戦したがるアーティストにとってYInMnブルーは手に入れたい、興味をそそる色ですが、「画家にとってのメリットと比較したコストが高すぎる」という問題が大きな壁として立ちはだかっているようです。
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