200年ぶりの新しい青「YInMnブルー」はどのようにして研究室から生まれたのか?そして新しい「赤」は見つかるのか?
2017年にクレヨンメーカーの「クレヨラ」が「まったく新しい青」を新色に入れるとして名前を募集し話題になりました。200年ぶりに発見された新しい青「YInMnブルー(インミンブルー)」は偶然の産物でありながら、既存の青を上回る安全性・耐久性・鮮やかさを持っていたことで大きな注目を浴びていますが、一体この青がどのようにして研究室から生まれたのかが研究者によって明かされています。
Mas Subramanian's Quest for a Billion-Dollar Red
https://www.bloomberg.com/features/2018-quest-for-billion-dollar-red/
2009年、オレゴン大学のマス・サブラマニアン教授らのチームによって偶然「新しい青」が発見されました。200年ぶりに発見された新しい青色は、2017年に老舗クレヨンメーカー「クレヨラ」の新色として登場しています。
研究室で生まれた新しい「青色」が老舗クレヨンメーカーの新色として登場することになって名前を募集中 - GIGAZINE
新しい青色は素材に含まれる3つの元素「イットリウム(Y)」「インジウム(In)」「マンガン(Mn)」の名前をとって「YInMnブルー(インミンブルー)」と呼ばれています。この新しい色合いが産業的に大きな注目を浴びているのは、エキゾチックな色合いという点だけではなく、他の鉱物を混ぜることで新しい緑や紫も作れると考えられているため。具体的にいうと、銅を混ぜると緑になり、鉄を混ぜるとオレンジになり、亜鉛・チタンを混ぜると紫色が作れるとのこと。
しかし、サブラマニアン教授によると、「新しい赤」の作り方が見つかっていないそうです。
歴史的に「赤」は作るのが難しく、色を生み出すために毒性のある物質が用いられることも多々ありました。グラディエーターたちは水銀をベースにした赤を顔に塗り、画家のティツィアーノ・ヴェチェッリオはヒ素の硫化鉱物である鶏冠石を絵画に用いました。また何十年もの間、赤いレゴブロックには発がん性物質としてしられるカドミウムが含まれていました。
現存する赤色は、安全性に問題があるものもあれば、安定性・色度・不透明度に問題があるものもあります。フェラーリに使われているRed 254は安全であり人気の高い赤色ですが、炭素をベースにしており雨や熱の影響を受けやすいもの。酸化鉄や代赭などは毒性がなく安定しており耐久製がありますが、人々が望むような明るい色合いではないという欠点があります。
新しい色の誕生は、化粧品産業から自動車産業、建設産業にまで広く影響を及ぼし、年間何百万ドル(数億円)の価値が生まれると考えられています。インミンブルーの発見は、化粧品や電車にも使われているフタロシアニンに次いで産業的に成功するものと見られていますが、一方で一般社会で新しい青が市場に出るまでには多くの壁が存在しました。そのため、例え新しい赤が発見されたとしても、それが市場に出るまでには長い月日を要します。
写真の男性が64歳になるサブラマニアン教授。サブラマニアン教授はインド東部チェンナイの生まれ。ベンガル湾に面する都市で育ったサブラマニアン教授は沿岸で美しい貝殻を見て「どうして自然がこのようなものを作れるのだろう?」と思うなど、物の組成に魅せられて育ちました。
物体の色は、物体を構成する原子が太陽の光を反射した色です。そのため、コンピューター上では1680万色を表現できますが、実際に物体で色を再現するには化学合成物が必要になり、現実世界ではコンピューターほど多様な色が表現できないとのこと。
インミンブルーが発見された時、サブラマニアン教授は特定の色を新たに作り出すべく素材を混ぜ合わせていたわけではありませんでした。サブラマニアン教授の研究チームは強磁性・強誘電性・強弾性を併せ持ったマルチフェロイック物質を探し求めていました。その中で博士研究員のアンドリュー・スミス氏がペールホワイトのイットリウムと黒い酸化インジウム、そして黄色いマンガンを混ぜた灰色の物質を小さなお皿に入れ、約1200度もある釜戸の中に置くと、12時間後にお皿の中の化合物が熟れたブルーベリーのような、美しい青い色彩に変わっていたとのこと。
インミンブルーは、マンガンの量を調整すると色の淡さが変化します。
インド工科大学で博士課程を修了したサブラマニアン教授は、その後の30年間を科学系複合企業・デュポンで固体物質科学について研究して過ごしました。サブラマニアン教授の名で取得された特許は超伝導物質や熱電物質についてのものを含めて54個も存在します。しかし、サブラマニアン教授が目にした青い物質は、これまでに見たことがないものであったとのこと。サブラマニアン教授は「これは現実なのだろうか?夢でも見ているのでは?」と常に不安に思っていたそうです。
青は自然界にはあふれている色ですが、人間の手では作るのが難しい色とされてきました。宝石の1種であるラピスラズリを材料とした「ウルトラマリン」はあまりにも高価だったため、ウルトラマリンの顔料をふんだんに使った画家のフェルメールは家族を借金の泥沼に陥れたといわれています。
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プルシアンブルーと呼ばれる最初の合成色素が見つかったのは18世紀のこと。その後、一般的に使われるようになった青色は多くがコバルトを用いています。
サブラマニアン教授とスミス氏は、新たに生まれた化合物を酸の中に浸すなどしてテストを行いました。その結果、インミンブルーは不活性物質であり、色あせることなく、毒性もないことが判明。耐久性はウルトラマリンやプルシアンブルーよりも高いことがわかりました。コバルトブルーよりも安全で、フタロシアニンブルーよりは明るく、ビクトリアブルーよりは暗い色合い。熱反射率が高く、酸化クロムとコバルトブルーで屋根を塗った鶏小屋と酸化クロムを混ぜたインミンブルーで塗った鶏小屋をランプの下に置いたところ、インミンブルーで塗った鶏小屋はコバルトブルーのものに比べて12度も温度が低かったとのこと。
サブラマニアン教授はインミンブルーの性質について書いた論文を米国化学会誌で発表し、2012年には特許を取得しました。
その後、ランクセス・BASF・Venator Materials、デュポンから独立したケマーズなど、数多くの会社が出資者として名乗りをあげ、調査会社の調べによるとインミンブルーの価値は300億ドル(約3兆2000億円)にも上ったとのこと。美しい色彩でありながら安全性が高く、耐久性があり、安定していて、環境にも優しいということで、大きな産業価値が見込まれました。「青」という人気のある色であったことも、価値を高める1つの要因となったとみられています。
特許はサブラマニアン教授の名で取得されていましたが、インミンブルーは大学施設で発見されたためロイヤリティはオレゴン州と分割されていました。そのため顔料を扱うシェファードがインミンブルーを販売しようとした際に、ライセンスの問題が立ちはだかったといいます。シェファードはインミンブルーの環境回復力、規制適合性、コストなどについて調べ、その後2015年に独占的なライセンスを取得。シェファードは工業用塗料としてインミンブルーを利用すると決断し、2017年9月、インミンブルーの発見から9年経過して初めて、アメリカ合衆国環境保護庁が商業的な工業塗料としてインミンブルーを使うことを承認しました。
ShepherdColorJapan
http://www.shepherdjapan.com/
シェファードがアメリカ環境保護庁の有害物質規制法(Toxic Substances Control Act/TSCA)をクリアすれば、より多くの使用用途でインミンブルーが用いられるようになりますが、記事作成時点では承認までいたっておらず、インミンブルーはクレヨンのクレヨラに「Bluetiful」として採用されるなど、限られた範囲で使用されています。また、インミンブルーの材料であるインジウムはスマートフォンなどの液晶に使われることもあり需要が高く、高価格で取引されるため、インミンブルー1kgで1000ドル(約11万円)にも上ってしまう点がネックとなっています。ただし、研究者はインジウムを他の物質に置き換える方法について研究を続けており、また、一度塗装を行えば50年は持つという耐久性から、高層ビルなどの塗装材としての需要があると見られています。
数々のテストや規制のクリアに時間がかかったこと、加えてライセンス関連の出資や弁護士への費用が発生したことから、サブラマニアン教授は発見から9年たった時点でもロイヤリティを得ることができていないとのこと。しかし、インミンブルーの存在はサブラマニアン教授に研究への活力と方向性を与えており、サブラマニアン教授は「私たちが赤い色素を作り出すことができれば、大きな成功につながるでしょう」と次なる色作りに情熱を燃やしています。
特許No.8,282,728にはシンプルに「強烈な青い色」と書かれていますが、サブラマニアン教授の真の発明は合成物の結晶構造あるいは「trigonal bipyramidal coordination(三方晶と両錐のコーディネーション)」と呼ばれる原子配列にあります。この構造は他の色を反射したり吸収したりできるので、インミンブルーを元にして緑や紫などが作成可能になるわけです。
サブラマニアン教授の研究室に在籍するジュン・リー研究員は当初、「インジウムの量を減らせば赤が作れる」と考えていました。しかし、これは言葉で表現するほど簡単ではありません。赤色色素の多くは半導体であり、導電性を維持するには工夫が必要になります。合成物に含まれる原子の距離を調整するアプローチがその1つで、これによって光が当たった時に電子の吸収エネルギーで合成物に青を吸収させ、赤を反射するというアイデアを研究者らは思いつきました。しかし、実験してみたところ赤ではなくグレーになってしまったといいます。「予測はできますが、やってみるまでわからないのです」とリー研究員は語っています。
インジウムの量を減らしたり、あるいは別の物質をインジウムに置き換えたりすることが可能になれば、新しい「赤色」もより安価に作成することができるようになります。長年赤色色素に使われていたカドミウムは、近年の研究によって人体に有害であることがわかりました。ドイツの研究者らはカドミウムに置き換わる赤色色素の材料として灰チタン石を2000年に発表していますが、あまりにも高額すぎて灰チタン石から作られた色素が市場に出回ることはありませんでした。
EUはカドミウム色素の販売を禁じることを考えていますが、芸術家グループの圧力から実現には至っていません。このような状況の中でサブラマニアン教授が新しい赤の開発に成功すれば、カドミウムの代わりに新しい赤が使われるようになるはずです。また、ナチュラルレッド4として知られるコチニール色素はアメリカ食品医薬品局(FDA)によって食品への使用が認められていますが、新しい赤はこのような染料に置き換わるものとなる可能性もあります。赤は自動車全体の8%しかありませんが、高価なスポーツカーでは人気色であることから、市場で大きな経済価値を生み出す可能性があると見られています。
by Matese Fields
インミンブルーの存在は、サブラマニアン教授の人生を別の意味でも変えました。サブラマニアン教授はアーティストである妻とニューヨークを旅行した際に、美術館に誘われたそうです。美術館嫌いなサブラマニアン教授は、いつも誘いを断るのですが、今回の旅ではたまたまワシリー・カンディンスキーの「Blue Mountain」という作品の前で足を止めたとのこと。ウルトラマリンで描かれた鮮やかな青に目を奪われたのです。サブラマニアン教授はバーの壁の色に対し「これは絶対に酸化鉄」と答えるなど、インミンブルーを通して「色」の魅力にとりつかれています。
インミンブルーの発見によってサブラマニアン教授が裕福になることはありませんでしたが、この57番目の特許を誇りに思っているとのこと。
新しい色素についての研究は注意深い計画や用意周到な戦略を立てても、実際にやってみるまでには何が生まれるかはわかりません。サブラマニアン教授は「新しい赤を探しているうちに、新しい電子を見つけてしまうかもしれません」と冗談を語るほど。「新しい赤が見つかると確信していますか?」と尋ねられたサブラマニアン教授は、笑いながら「いいえ。私たちはただ前に進むだけです」と答えたとのことです。
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