インタビュー

アニメ映画「ジョゼと虎と魚たち」タムラコータロー監督インタビュー、志高くチーム一丸となった作品作りとは?


田辺聖子さんの小説を原作としたアニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』が、2020年12月25日(金)に公開となります。2003年に実写映画化されたこともある有名作品を、いかにしてアニメ化していったのか、本作の監督であるタムラコータローさんに詳しく話を聞いてきました。

アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』公式サイト
https://joseetora.jp/


GIGAZINE(以下、G):
最初からちょっと南プロデューサーにしばかれそうな話なんですけれど、ボンズさんが手がける映画作品ということで、最初は「どんなもんだろうなー」と、そこまで期待していなかったんです。

タムラコータロー監督(以下、タムラ):
ええー(笑)

G:
というのは、2007年公開の「ストレンヂア 無皇刃譚」があまりにもすさまじくて「これを超えるものは難しいだろう」と。ところが、本作を見て「こういう方向で見せてくるんだ」と大変驚きました。

タムラ:
本当ですか、ありがとうございます。いい意味で裏切れていたとは。

G:
とにかく「すごい映画を見たな」と感じました。今回、プレスシートにタムラ監督と脚本の桑村さや香さん、プロデューサーの笠原周造さんの対談が掲載されていて、監督が「『ジョゼと虎と魚たち』の最初の入口は原作小説だったんです」「笠原さんが紙袋いっぱいにいろんな小説を用意してくれて、それをかたっぱしから全部読ませてもらった中で、ピンときたのが『ジョゼと虎と魚たち』だったんです」と話していたのですが、どのあたりがピンとくる要素だったのですか?

タムラ:
まず、タイトルがすごく良かった。妙に引っかかるタイトルなんですよ。実は僕、2003年に公開された実写映画を見ていなかったんです。原作なのか映画なのかわかりませんが、ひょっとしたらどこかでタイトルを耳にして、記憶していたのかもしれません。

G:
なるほど。

タムラ:
モチーフが多いからですかね。「『ジョゼ』『虎』『魚たち』っていう3つのモチーフが良く分らないけど、これらをつなげるものは何だろう」っていう風に引っかかるので。日本を舞台にしているのに「ジョゼ」という「フランスかっ!」というとっかかりも含めて、不思議なイントネーションがあったんで、まず大きく引っかかりました。そして、作品を読み終えたとき「え、ここで終わり?」って思ったんですね。

G:
確かに、わかります。

タムラ:
原作が「この先、なんかありそう」というところで終わってしまうので、読み終えたときに「めっちゃくちゃ試されている」という感じがあったんです。これは、僕が作り手だからということも大きく関係していると思うんですけれど。

G:
「試されている」?

タムラ:
この原作は、いかようにもとれるので、「魅力的な舞台と人物は用意したから、このパズルを完成させてみろ」って言われた気になったんですよ。

G:
なるほど。

タムラ:
すごく前向きにも捉えられるし、後ろ向きにも捉えられるので、読んだ人の感想の幅はすごく広いんじゃないかなと。実写映画は、監督の犬童一心さんと脚本家の渡辺あやさんによる独自の膨らませ方がすごくて。僕はそちらを知らないまま「ここから何か面白いドラマが始まる気がする」と思ったんです。

G:
ほうほう。

タムラ:
笠原さんから渡された紙袋の中の文庫本は、ちゃんと物語として完結しているのがほとんどだったんですけど、『ジョゼと虎と魚たち』だけは、入口だけ見せられてそのあとを隠された感じでした。だから、想像力が刺激されたというか「この舞台を使って長編作品ができないかな」と思いました。

そのことを笠原さんに伝えたら、すごく食いついてきて。たぶん、笠原さんとしては本命だったんでしょうね。「これ、なんか妙に引っかかったんです」という伝え方をしたら「いいですね」という反応だったんですが、同席していたボンズのプロデューサーの鈴木さんからは「タムラさん、これをやるなら相当覚悟してください」と言われました。

G:
覚悟(笑)!

タムラ:
すでに実写の映画が名作として世に出ているものなので、世間の先入観がとても強いし、足の不自由な方を取り扱った作品として非常にセンシティブな部分もあると。

G:
確かにそうですね。

タムラ:
鈴木さんからは「これをやるんだったら徹底的にやらないとダメだ」という覚悟をうながされました。そこで一度落ち着いて考えてみたのですが、「やはり、可能性があるんだったらやりたい」という話をし、脚本の桑村さや香さんを紹介いただきました。桑村さんは実写版ジョゼのファンでもあり、作品に興味があることは事前に笠原さんの方で把握していたんです。なので、実写版をまったく知らない僕と、実写版にすごく影響を受けリスペクトしている桑村さんというのが面白い組み合わせになったんじゃないかと思います。

G:
メカデザイナーで、本作ではプロダクションデザインとして参加している片貝文洋さんが、Twitterで「手描き主体のアニメでは写実的な車椅子は2D3D共にキャラとの組み合わせの困難さ等から最も難しいモチーフの一つと思われます。『ジョゼと虎と魚たち』は車椅子がその主題の一つであるためこの難関に正面から取り組んでいます。スタッフ各位の努力の結晶です。」とツイートしていました。映画を見ると、2Dと3Dは自然になじんでいて見分けがほとんどつきませんでしたが、車椅子以外にも3D部分は多々あるのでしょうか。


タムラ:
街中を走っている車や遠くに見えるモブはCGで表現しているものがあります。また、魚の群れは大半がCGです。あとは回り込むようなカメラワークだとか、そういう複雑な部分やケレン味のあるところは、3Dでなければできなかったですね。こういったカットは建物を3Dで配置しておいて、そのオブジェクトに美術の絵を貼り付けて他のカットと違和感がないようにすりあわせています。なので、自然な流れに見えたのであればとても嬉しいです。おっしゃる通りスタッフの努力のたまものです。

G:
ボンズさんの作品だと背景ぐるっと回り込むようなカメラワークをところどころで見かけるので、そういったところと共通した演出だったりするのかななどと。

タムラ:
回しているのは、好みですね(笑)

G:
(笑)

タムラ:
膝そろえて見るような説教臭い作品には見えて欲しくないな、と。どうしても「車椅子」が題材になるような作品は、みんなでそろって公民館で見せられるような、説教調のオーラが出やすいと思うんです。そう見えてしまうのはイヤだし、暗い作品に見えるのもイヤでした。実際、車椅子ユーザーの方に取材を行った際、「車椅子ものはご覧になりますか?」と聞いたら「見ないです。自分の境遇を苦しいものとして扱われることが多いから、それをわざわざ見たいとは思わないです」と言われました。それを聞いたときに「車椅子の方にも興味を持っていただける作品を作りたい」と強く思いました。ですから複雑な題材を扱った作品ではあるものの「明るく軽やかな雰囲気を作れないだろうか」というのは、すごく意識した部分です。

G:
ジョゼのキャラクターのおかげか、確かに雰囲気は明るく保たれていました。


タムラ:
この作品は僕の中ではシリアスな作品としてカテゴライズしているんですけど、シリアスな中でも、ちゃんと楽しいシーンは楽しく作りたいし、明るいシーンは明るく作りたいというのがありました。そこを暗い雰囲気で作っちゃうと、滑っているように見えてしまいますし。それに、明るいところをしっかり作るからこそ暗いときにグッとくるというのもあるので、その差がしっかり出るように、少なくとも入口はいかにサラッとして見られる作品にするかということは考えました。

G:
YouTubeで公開されている、タムラ監督とコンセプトデザイン担当のloundrawさん、プロデューサーの石井龍さんが舞台裏を語った「SESSION 03 | loundraw ×タムラコータロー × 石井龍「監督がすべきことは? - 劇場アニメ『ジョゼと虎と魚たち』舞台裏トーク-」」の中で、監督は「コンテにちょっと色を塗ってこんなイメージで行きたいというのをやっていた」というふうに語っていましたが、コンテに色を塗るというのはどういった目的で行っているんですか?

タムラ:
そもそもアニメーションって分業で作るので、背景を描く人とキャラクターに色を塗る人、さらに光を入れたりぼかしたりという撮影処理をかける人もまた別なんです。そうすると、「ここは見せ場だから、変わった雰囲気でいきたい」と考えたシーンでも、そのことが共有されずに、なんとなく目標がないままにフィルムが完成する、みたいな形になってしまうんです。だから、キャラクターも背景も、撮影処理も含めて、一個の「完成画面の見本」というのが欲しくて。でも、詳細に作るとシーンの数が多くて大変なので、コンテの小さなコマにざっくりと色塗りをしてもらって、大ざっぱでも、光の入れ方とかそういうのがわかるようにすることで、各セクションに「この完成像に向かって調整して欲しい」ということを伝えるようにしています。

G:
なるほど、それでコンテに着色する役職があったんですね。日本のアニメでは、コンテに着色するというのはそんなに多用されている手法ではないのではないかと思いますが……。

タムラ:
本作ではイメージボードをloundraw君に描き起こしてもらいました。発注は「シナリオがある程度完成しそうな段階」で、イメージボード内のキャラクターや背景はloundraw君が「なんとなくこんな感じ」みたいに雰囲気で描いたものだったりするんですね。キャラクターデザインの原案は絵本奈央さんと同時並行で進めていたので、まったく存在しないわけではなかったものの、ジョゼや恒夫の雰囲気はまだ固まりきっていない状態でした。一方で、ジョゼの部屋のデザインはデザイナーの中村章子さんに、家のデザインは平澤晃弘さんに担当いただいて、それをもとに絵コンテを描いているんです。そうなると、loundraw君の描いた最初のイメージボードの雰囲気とはちょっと差が出てくることになります。

G:
ええ。ええ。

タムラ:
同時並行で取材を重ねてもいて。大阪にロケハンに行ったことで「実在の場所はこうだ」みたいに、ものの配置が変わったりもしました。海のシーンも、loundraw君のイメージボードでは浜辺は波打ち際に近くて平らな感じでしたが、参考にした須磨海浜公園は海岸がスロープのようになっていて、ちょっとした坂の下に波打ち際が見えるような感じなんです。そうなると見え方が変わるので、実際の場所とすりあわせてコンテを描き直すことになり、またloundraw君のイメージボードの再現ができなくなってくる。でも、彼の色の雰囲気はとてもよかったのでなるべく近づけたい。そこでloundraw君のスタジオのメンバーに、主要シーンのコンテにイメージボードを参考にしながら色を塗って欲しいとお願いして、色をつけてもらった感じです。


G:
なるほど、そういうことだったんですね。同じ映像の中で、監督は本作の絵コンテを自分で全部切ったという話をしていました。作業としては、どれぐらいかかりましたか?

タムラ:
正確に記憶しているわけじゃないですが、ざっくり10カ月くらいだったと思います。

G:
10カ月!

タムラ:
映画の尺は長いんですよ。テレビシリーズでいうとだいたい5本分の長さなんですが、それをまとめて切らなければいけなかったので、いったん本編の初稿を完成させるところまでが10カ月くらいでした。その後もオープニングを足したり、いろんな方の意見を聞きながらちょくちょく本編コンテに直しを入れていき、実制作に入っていきました。ちなみにエンディングの絵コンテを描いたのは、結構完成がギリギリというところになってからでしたね。

G:
そうなんですか?

タムラ:
最後まで、絵を入れるか入れないか、プロデューサーと結論が出なかったんです。エピローグがあるので、エンディングに絵を入れるのは蛇足なんじゃないだろうかという意見もあって……。ギリギリまで悩んだんですが、主題歌を歌うEve君の曲を聴いていたらイマジネーションが刺激されて、曲がフィックスとなった時に「ああ、これはもう、絵を入れるしかないわ」と。

G:
(笑) 曲の力で決まることもあるんですね。

タムラ:
プロデューサーからは「まだやるんですか?」と言われもしましたが(笑)

G:
実際に作品を見て、エンディングで「ここもしっかりやるんだ。なるほど、これで終わりというわけか」と思ったら、さらにエピローグで「ああ、トドメが!」と(笑)。「徹頭徹尾、やりきってるな」と感じました。

タムラ:
やっぱり、ジョゼの自立を描きたかったので、「その後どうしたのか」というのは大事だと思ったんです。

G:
再び「舞台裏トーク」動画の話で、監督は「自分は絵描きではない」と繰り返しています。キャリアの中では絵コンテを数多く手がけていますが、何か、絵を描くのは本職ではないからこそやっているコツとか、そういうものはあるのですか?

タムラ:
コツですか。そうですね……実際に絵を描くにあたって、頭の中に「これとこれを組み合わせればこういうふうな絵になる」っていうプランがないと、絵コンテは描いちゃダメかなと思っています。「このパーツとこのパーツを組み合わせたら、このカットができあがる」というのが見えていれば、多少絵がヘタクソでも成立はするだろうと思うんですが、逆に「どんなに絵が上手でも、絵コンテとしての止めの絵が成立していても、動いたときにうまくいかないよ」というのは作ってはダメだろうと。

G:
ああー、なるほど。

タムラ:
そこには気をつけています。あと、「現状の技術で実現不可能な絵は作らない」ことは意識してやっているところです。

G:
動画の中ではloundrawさんから「監督として各ジャンルのプロであるスタッフたちにどう指示を伝えればいいのか」という質問が出ていて、タムラ監督は「全部言えばいいんじゃない」と、身も蓋もないもないアドバイスをしていました。この「全部言う」というのは「全部言語化する」ということなのでしょうか。それとも、「思い浮かんだことや思いついたことは、整理されていなくても、とにかくまずは伝える」ということなのでしょうか。監督は、どのように「全部言う」を実践しているのですか?

タムラ:
「整理されていなくても、とりあえず言ってみる」というのが大事かなと思っています。アニメを見ているお客さんに対しては、分かって欲しくない部分、想像の余地を残したい部分だったとしても、作る側としては明確な意図を持って製作しないといけない部分というのがあります。だから、「ジョゼは実はこんな気持ちなんだ」とか「恒夫は実はこんな気持ちなんだ」ということを、劇中では言わないけれど、僕の中では決めていて、それを表現するためにはどうしたらいいのかということをスタッフに相談するのが一番かなと思っています。

G:
ふむふむ。

タムラ:
本作だと、独り言っぽいセリフはあるんですが、基本的にモノローグは使っていなくて、「心の声」みたいなものが出てきません。そうすると、登場人物たちの気持ちを理解してもらうためには、声のトーンであったり、仕草であったり、そのシーンの空気感、暗いとか明るいとかであったり、音楽であったり、効果音であったり、色んな手法でそのシーンの感情を表現しないといけません。そのためには「ここは悲しい気持ちを表現したいんだけど、そのためにはどうしたらいい?」というのをスタッフと話した方がいいと思っていて。「ここは暗くした方がいいんだよ」だけでは話が進まないんですよね。

G:
確かに。

タムラ:
自分がどういう意図を持ってこのシーンを作りたいと思っているのかは、スタッフには包み隠さず言ったほうがいいと思っています。お客さんに対しては、やっぱり間接的に理解してもらったほうが正しいと思っているのでダイレクトに伝えはしないんですけど、スタッフに対しては非常にダイレクトに「いや、この時は怒りを表現したいんだよ」「このときは、泣いているんだ」「表面上は泣いてないけど、気持ちは泣いているんだ」というのは伝えなければいけない。そして、それを表現するために「じゃあ、どんな色にする?」「どんなポーズにする?」「どんな表情にする?」ということを、みんなに考えてもらう。そのために、言葉が整理されていなかったとしても、自分なりにスタッフに伝えた方がいいんじゃないかなと。情報を受け取ったら、スタッフから「そういう意図があるなら、こうしてみるのはどうですか?」と提案が出てくるかもしれませんから。それが「言うだけ言ってみる」というやつですね。それで伝わらないなら……それはもう、どうしようもない(笑)

G:
(笑)

タムラ:
それは相性が悪かったということですから。でも、本作のスタッフは皆さん、言いたいことをくみ取ってくれたので、セッションがうまくいったというか、ありがたかったです。本当に、一人では映画は作れないので、みんな志高く寄り添ってくれたなと思います。

G:
監督は「制作進行からスタートして監督になった」ということなんですが、そもそもアニメの監督を目指して業界に入ったのですか?それとも、仕事をやっているうちに、気がついたら監督にまでなっていたという感じですか?

タムラ:
「気がついたら」でなれるほど甘くはないので、「なろうと思ってなった」ですかね(笑)。小学校高学年くらいの時から「アニメ」という表現が非常に面白く感じていて、よくパラパラ漫画を描いたりしていました。高校に行った時には、もう大学とかどうでもよくて、少しでも早くアニメ業界に就職するにはどうしたらいいかなということばかり考えていましたね。

G:
かなり早い段階で、「監督になるためには」と考えて突き進んだようなイメージですか?

タムラ:
監督になるのがゴールというよりは、作品を作るのがゴールですから、監督も「手段の一つ」ですね。それが、脚本家という場合もあるだろうし、プロデューサーという場合もあると思います。僕の場合は、脚本を読んだときにイメージが映像として浮かぶことが多かったので、演出や監督のほうが向いているなと思って、そちらのキャリアを選びましたが、監督は「作品を作るにあたっていっぱいある手段のうちの一つ」だと思います。

G:
「監督になった瞬間『シナリオ打ち合わせ』という謎の打ち合わせに行かなければならない」とタムラ監督が舞台裏トークで話していたのですが、本作の打ち合わせは順調でしたか?

タムラ:
『ジョゼと虎と魚たち』の場合は非常に時間がかかった方で、脚本は多分、1年以上揉んでたんじゃないかと思います。

G:
1年!

タムラ:
まず、原作の手がかりが非常に少なくて、そして、現代劇にしなければいけないということで、どうアレンジしたらいいのか、非常に時間がかかりました。また、脚本の桑村さんがアニメ未経験だったことや、僕が桑村さんに伝える言葉をまだ持ち合わせていなかったということもあって、足並みがそろうのに時間を要したという部分はあるかなと思います。そして、プロデューサーの「世に出したい作品」という思いもありますから、それを、みんなで納得できるものにしていくのに1年くらいかかったという感じです。

G:
脚本について、タムラ監督は「ノラガミ」第1期のときに行われたインタビューで、「原作でハッキリと描かれていない心情部分や設定に関して分からないことがあると、すぐにあだちとか先生に電話で確認してくださっていましたし、脚本や絵コンテは毎回お渡ししているので、ここは外したくないという部分に関してはご指摘いただいています」と答えていました。本作の場合はどうでしたか?

タムラ:
本作においては、シナリオ開発チームの志が非常に高かったんだと思います。笠原プロデューサーもボンズの鈴木プロデューサーも桑村さんも、誰かのアイデアに対して「ダメ出し」するときは「代わりにどうしたらいいか」というのを出すべく努力しました。それぞれが少しずつアイデアを出し合ったところに勝機が見えたのかなと思います。シナリオ開発の時点では、原作者の田辺聖子さんはご存命だったんです。ただ「こういう脚色がやりたい」というのが決まらないと、まず田辺先生のところに持っていけませんし、そもそも僕らの間でコンセンサスが生まれなければ先生に確認してもらっても、というところで。

G:
確かに。

タムラ:
田辺先生が『ジョゼと虎と魚たち』を書いたのは36年前のことです。先生はご高齢ですし、数ある作品の中の1短編ですから「ここはどういう気持ちで」と1つ1つ確認をして答えをもらうというのは大変ですから、まずは「僕たちの中でひとつの答えを出して、それについてお伺いを立てるのが一番だろう」と思って作っていった感じです。

G:
そうだったんですね。ちょっと質問が「ジョゼ」からは離れるんですが、タムラ監督は過去のインタビューで、子どものころはNHKくらいしか見せてもらえなかったと語っておられます。どういった作品を見ていたんですか?

タムラ:
うちはテレビを見るとき、時間制限があったんです。だから、自分が新しく、たとえば「『ドラゴンボール』を見たい」となったら、なにか別の番組を諦めなきゃいけなかったんです。「時間制限の中なら、好きなものを見てもいいよ」という感じですね。

G:
ああー、なるほど。

タムラ:
だから、ドラマとかは全然見られなくて、学校でも流行っているドラマの話題にはついていけなかったりしました。ただ、うちは6歳下に妹がいて「NHK教育」だけはつけっぱなしでも大丈夫だったんです。わりと子ども向け番組としてアニメも放送されていたので、そこは好き放題見られました。

G:
(笑)

タムラ:
結構説教っぽい作品もある中で気になったのが『ヤダモン』でした。10分枠の作品でしたが、すごくフォーマットを大きくはみ出た作品だったんです。当時見ていた方は分かると思いますが、今見ても相当に野心的な作品で、最初は5歳の主人公の魔女っ子ものとして始まるんですがり、後半は地球規模で話が進んでいくんです。しかも、魔女っ子ものなのに未来が舞台でSF要素が強く、登場人物が誰も魔女、魔法の力を信じていないんです。そのまま話が進んでいくのが面白かった。最後は月を地球にぶつけるような話にまでなって(笑)

G:
いやー、確かに(笑)

タムラ:
「何やってんだ!」って(笑)。NHKの10分枠アニメですよ。今でいうと『忍たま乱太郎』とか『おじゃる丸』とかの枠で、世界が滅びるような話を普通にやっていたという。これを小学校高学年でうっかり見ちゃったものだから、すごくイマジネーションを刺激されて「この作品は子どもをなめてない」と思ったんです。「これ、多分NHKの制作者の思惑すらはみ出る作品だな」と思って、すごくハマっちゃったんですよ。「これ誰も止めなかったのか」って。

G:
わかります(笑)

タムラ:
複雑な展開がありながら一応子どもがついていける範囲で話が進んでいくんですが、どんどんヘビーな方向に行って。『ヤダモン』を見ていて「アニメってすごい。音楽と動きとキャラクターの芝居が相まって、ものすごくエモーショナルな作品を作れるんだ」と思いました。僕は絵が好きだったので、絵を描いて、友だちとテレビの話が合わないなりにコミュニケーションをとっていたんです。それで、絵で将来食ってこうって思っているなら将来の夢といえば「マンガ家」と書くのが当時は普通だったので、僕も「マンガ家」と書いていたんですが、『ヤダモン』を見たことで「アニメーションってすごく面白い」と思うようになって。しかも、アニメは手で描いているらしいと聞いて「これを1枚1枚描いてるの!?」と衝撃を受けました。

G:
(笑)

タムラ:
アニメをまさか、誰かが一生懸命1枚1枚描いているとは考えなくて「そういうもの」だと。絵が勝手に動くものだと思っていたんです。小学生ですから(笑)、「こういう世界があるものだ」となんとなく思っていたというか。だから、アニメーションを深く理解しようとは思っていなかったんですが、『ヤダモン』をきっかけにアニメ雑誌を買ってみたら人が作っていたということに気付いて、そこで「これを作っている人がいるということは、自分もなれる可能性があるということか」と思ったんですね。そして中学生くらいのときに、『新世紀エヴァンゲリオン』が世の中に出てしまいました。

G:
出てしまった(笑)

タムラ:
ちょうどKADOKAWAさんが少年エースを始めたところで、3号目だったと思いますが、貞本義行さんの『新世紀エヴァンゲリオン』のマンガが始まったんです。ちょうど『ヤダモン』のキャラクターデザインをしていたSUEZENさんの『マリンカラー』の連載も始まったところで、僕はSUEZENさん目当てで少年エースを買ったら出会ったという感じで。『ふしぎの海のナディア』はNHKなので自由に見られましたから(笑)、「あっ、『ふしぎの海のナディア』のスタッフの新しい作品か」と思っていたら、世間が大騒ぎになっていき。

G:
(笑)

タムラ:
『新世紀エヴァンゲリオン』ではクリエイターの特集もたくさん組まれたじゃないですか。それで「作り手というのはこういうことを考えていたんだ」ということが世の中に出て、絵コンテ集とかも発売されて、そういうところから「映像を作る職業があるんだ。自分もちょっとやってみたいな」と思った、という流れですね。

G:
『ヤダモン』との出会いがそこまで影響するとは(笑) 再び過去のインタビューに戻るのですが、タムラ監督は『ノラガミ』をアニメ化するにあたってのオリジナル要素について質問されて「僕がファンだったら、絶対にダイジェストで見たくないですね。感情移入するのに必要な尺ってあるので、キャラクターを好きになる前に次々と展開が起こってしまうと、キャラクターが何を考えているのか想像する時間がない」と答えていました。本作は長さが2時間ない中で、たくさんの展開と要素が詰め込まれつつも、無理なく展開されている感じでしたが、タムラ監督の考える「感情移入するのに必要な尺」というのは、どれぐらいのバランスなのでしょうか。

タムラ:
これは非常に感覚的な問題なので言語化するのがすごく難しいですね……。登場人物を好きになるためのイベントをシナリオ上でいくつか起こさないといけないといけなくて、そのイベントを起こすために時間をどんどん飛ばしていかなければいけないわけですが、その時間を飛ばすにあたり「いかに無理がないか」を逆算していく、という感じです。まずは、登場人物のイベントのキーポイントになるところを決めていって、ワンシーンワンシーンはなるべく急がなくてゆったりさせるんだけど、シーンとシーンの間はものすごく飛ばす……みたいな感じですかね。


G:
おおお、なるほど。

タムラ:
それで「なるべく100分に収める」と宣言して、今回、100分の中になんとか入れた感じです。

G:
ノラガミ ARAGOTO』の時にアニメイトタイムズに掲載されたインタビューでは、「画面の中でキャラが暴れまわってるんだけど、気持ちが今ひとつついていかないっていうのだけは避けたかったんですよ。だから『最終的にお客さんにこういう気持ちになってもらいたい』『じゃあ、そこに行くまでに登場人物はどう動かそうか』と。そういうふうに逆算して作ってますね」という話がありました。逆算して作るというのは、概念としては分かるのですが、それでも失敗している作品はたくさんあります。本作では成功を収めていますが、逆算するときに失敗する要因というのは、どういったものが考えられますか?

タムラ:
要因が何かというのは難しいですが、逆算は、シナリオからやっていくしかないです。絵コンテは描くのにとても時間がかかるので、後から大幅に描き直すのは難しいんですね。でも、シナリオなら書き直しが比較的やりやすい。文字なので、一部分を切り取ってシーンごと前半のほうにずらしたり、いろんな人の話を聞いてすぐにフィードバックしたりということができます。だから、シナリオの時点で流れを決めて、その上でコンテを描く、というように進めていて、見切り発車は絶対にしないようにしています。「何となくこうだろう」ではなく、尺の感覚も含めてシナリオで「このシーンはこれぐらいの尺をとるから、その中に収める」ように作るという。

G:
なるほど、そういう考え方で進めると失敗しにくい。

タムラ:
ドラマとアニメでは尺の長さの感覚がちょっと違うので、その点が本作ですりあわせに時間がかかった部分の1つでしたね。

G:
なるほど。同じインタビューで「ずっと大切にしてきたのは、主人公たちの動機なんです。一見ドタバタギャグをやっているように見せつつ、彼らの行動原理はすべて検証しています。無意味に思いつきでキャラクターが行動しているように見えるかもしれないけど、すべて考えて描いていることなんです」という答えがありました。「行動原理はすべて検証する」というのは、本作ではどのように行われたのですか?

タムラ:
絵コンテの段階で「この時に、この人物は、こういう風に考えている」というのが全部僕の中では決まっているので、その決まったところからはみ出ないように芝居をつけている、という感じですね。だから、自分で想定した感情のラインから登場人物がはみ出ていなければOKにするけど、はみ出ていたらリテイクにするような形です。音についても同じような感じです。

G:
絵だけではなく、音も監督の中に想定ラインがある。

タムラ:
そうですね。自由度はある程度あるんですが「ここからはみ出しているので直しで」というようにしています。

G:
タムラ監督が手がけた「ノラガミ」は原作が漫画ということもあって、「読者それぞれのペースで読むマンガと違って映像ではテンポが強要されてしまいます。だから衝撃的なシーン、つまり物語のピークは情報を分散させず時間軸を整理して一ヶ所にまとめる必要が出てきます」という話が出ています。本作の場合、話を現代にしてボリュームも膨らませているので原作小説とは異なる部分も多々ありますが、シーンの整理みたいなものはどのように行ったのですか?

タムラ:
感情の転換点、ピークポイントみたいなものは物語の要所要所に存在します。そのときに情報を集約するというか、エモーショナルなシーンは感情を整理した方がよくて、悲しいシーンなら悲しいシーン、楽しいシーンなら楽しいシーンでまとめたほうがいいんです。あまり分散するとよくなくて、特にエモーショナルにしたいシーンはあまり複雑にせずに、音楽でわかりやすくブーストさせています。一方で、それ以外のシーンは、意外と複雑な情報を扱ってたりとかもします。だから、悲しいシーンであれば悲しい気持ちをブーストさせるにはどういう絵を作るのか、どういうプロットを立てるのか、どういう色使いをするのか、そういうのを全部、感情ラインから逆算して決めていきます。だから「シナリオをもとにして逆算していく」、ということなんです。


G:
おおー、なるほど。そういうところも一切合切含めての「逆算して作っていく」なんですね。本作を見て驚いたという感想を冒頭でお伝えしましたが、作り手として、これは思っていたよりもうまいこといったな、いい感じにできたなという部分はありますか?

タムラ:
ジョゼと二ノ宮舞が初めて会うダイビングショップのシーンです。あのシーンは店内音楽が鳴っているだけなので、別途音楽の力を借りるわけにはいかず、モノローグも使えない。だけど恒夫は恒夫の、ジョゼはジョゼの、舞は舞の、それぞれに表裏があるシーンなんです。ただし、見ている人にだけは全員の気持ちが分かる状態に持っていかなければいけなくて、本当に難しかったです。あのシーンが成立しないと後半のシーンがすべて成立しなくなるので……「なぜジョゼは怒ったのか」「なぜ舞はイライラしたのか、にこやかに対応したのか」とか、全部あそこで分かるんです。でも、普通のシーンに見えなければダメで、すべてサラッとやらなければいけない。場所がダイビングショップなので、変わった色使いにすることもできないし、光の当て方も変わったことはできないし、誰も心情はしゃべらない。大した芝居が入るところでもなく、ただただ、それまでのフックアップがすべてキーになって、積み重ねがうまくいっていないと、あのシーン自体がうまくいかないんです。

G:
うーん、なるほど。

タムラ:
舞が恒夫のことを好きだというのは情報としてジョゼが出てくるより前に見せているのですが、そういうのがちゃんと伝わっていないと成立しないですし、ジョゼが内気だということ、世間の同世代の女の子たちにコンプレックスを抱いていること、そういうのも伝わっていなければいけなくて。自分としては、あのシーンがうまくいけば後半は全部ちゃんとうまくいくと思いました。

G:
いやー、すごいですね。長時間にわたり、いろいろ変なことまで聞いてしまいましたが、お答えいただきありがとうございました。

タムラ:
ありがとうございました!

映画『ジョゼと虎と魚たち』は2020年12月25日(金)全国ロードショーです。

アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』ロングPV - YouTube


【12月25日公開】アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』冒頭シーン大公開!! - YouTube

©2020 Seiko Tanabe/ KADOKAWA/ Josee Project
配給:松竹/KADOKAWA

なお、この『ジョゼと虎と魚たち』公開に合わせて、タムラ監督に続いて、アニメーション制作を担当したボンズの代表である南雅彦さんにもインタビューを実施しました。

・つづき
アニメ制作会社ボンズ・南雅彦代表インタビュー、「ジョゼと虎と魚たち」をアニメ化する意味や生み出した作品への思いを語ってもらった - GIGAZINE

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