「新型コロナウイルスの変異種」がイギリスで流行の兆し、新たな変異種について専門家が解説
2020年12月14日にイギリスの一部で新型コロナウイルスの変異種が流行していることが報告され、19日にはボリス・ジョンソン首相がロンドンを含む一部地域でクリスマス期間の外出制限を実施すると明らかにしました。イギリスで規制強化を引き起こした新型コロナウイルスの変異種について、病原体の進化に詳しいユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのLucy van Dorp博士が解説しています。
Coronavirus new variant – genomics researcher answers key questions
https://theconversation.com/coronavirus-new-variant-genomics-researcher-answers-key-questions-152381
イギリスのイングランドでは、12月23日からの5日間は新型コロナウイルス対策の規制を緩和して、3世帯までであれば集まってクリスマスを過ごすことを認める予定でした。しかし、イングランド南東部で感染の拡大が広がっていることを受けて、ロンドンなどでは20日から他の世帯の人々と屋内で会うことが禁じられ、他の地域でも規制緩和は25日の1日のみに限定されることとなりました。イギリス当局は感染の急速な拡大について、変異したウイルスによるものだとの見解を示しています。
イギリス政府に保健関連政策に助言を行う諮問機関の新型呼吸器系ウイルス脅威諮問グループ(NERVTAG)によると、イギリス国内で確認された新たな変異種はこれまで主流だった新型コロナウイルスよりも70%感染しやすく、1人の感染者が免疫を持たない集団に感染を広げる値を示す基本再生産数(R0)を0.4押し上げる可能性があるとのこと。
イギリス以外のオランダ・デンマーク・イタリア・オーストラリアといった国々でもこの変異種は見つかっており、欧州各国はイギリスからの入国規制を強化するといった対策に追われています。
イタリアでもコロナ変異種強い感染力、欧州警戒:時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020122100123
こうした状況を受けて、van Dorp博士は「イギリスで見つかった新型コロナウイルスの変異種に関する疑問」について、学術系メディアのThe Conversation上で解説しています。
◆新たな変異種についてわかっていることは?
イギリスで発見された変異種は「VUI–202012/01」または「B.1.1.7」と名付けられており、2020年9月20日にイングランドのケント州で初めて特定されたとのこと。一方、イギリスのマット・ハンコック保健大臣がB.1.1.7について発表したのは、12月14日のことでした。
B.1.1.7は大本のウイルスから14箇所の変異が生じているとされており、そのうち7箇所はヒト細胞への侵入に関わるスパイクタンパク質の変異です。記事作成時点では、B.1.1.7の遺伝子プロファイルは主にイギリスで発見されたウイルスに基づいていますが、デンマークやオーストラリアなどイギリス以外の国々でも症例が確認されており、これ以外の国々でもB.1.1.7の感染が広がっている可能性があります。
新型コロナウイルス陽性者が急増しているイングランド南東部では、従来のタイプを上回る勢いでB.1.1.7が広まっていると推測されていますが、これによって「B.1.1.7の感染力は従来のウイルスよりも強力」と断定はできないとのこと。たとえば、「B.1.1.7が登場した地域は人間の移動や環境といった条件により、たまたま感染が広がりやすい地域だった」という可能性もあるため、今後も注意深く状況を観察する必要があるとvan Dorp博士は指摘しました。
◆新たな変異種は危険なのか?
記事作成時点でも、研究者らはB.1.1.7の危険度について確認作業を進めていますが、イギリス政府のクリス・ホウィッティ首席医務官は、「B.1.1.7が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の死亡率や重症度を変化させる証拠はない」と述べています。
◆なぜウイルスは突然変異を起こすのか?
ウイルスが突然変異を起こすこと自体は自然なことであり、新型コロナウイルスの場合はウイルス複製中のエラーや、感染者の抗ウイルスタンパク質によって突然変異が引き起こされる可能性があります。
ほとんどの変異は大きな影響を及ぼさないそうで、van Dorp博士の研究チームが5万個近い新型コロナウイルスの変異種を調査した研究でも、ウイルスの繁殖力を大幅に変える変異種は検出されなかったとのこと。しかし、時には特定の変異種が幸運に恵まれ、ウイルスに新たな利点をもたらすこともあり、突然変異によってこれまでになかった特徴を取得したウイルスの変異種が、偶然にも周囲の環境に適合して感染力を伸ばすこともあるそうです。
◆どこから新しいSARS-CoV-2の変異種がもたらされたのか?
記事作成時点ではB.1.1.7がどこからもたらされたのかは不明ですが、突然変異のパターンを研究した結果は、B.1.1.7がイギリス国内で長期的に進化した可能性が高いことを示しています。また、B.1.1.7と同様の突然変異パターンが免疫系の弱い患者の体内で観察されたことから、単一の患者が長期的に新型コロナウイルスを保有した結果、B.1.1.7につながる変異を起こした可能性があるとのこと。
◆SARS-CoV-2の変異種はどれほどの数が確認されているのか?
すでに新型コロナウイルスには数千もの変異種の系統が確認されており、イギリス国内には少なくとも1000の変異種が存在することが特定されています。特定の時間や地域で流行している変異種の系統を調べることは、感染のパターンを調査する上で役に立つそうです。
◆なぜ今回見つかった変異種が話題になっているのか?
B.1.1.7に存在する変異の多くはこれまでに発見された新型コロナウイルスの変異種でも確認されていましたが、多くの変異が重なり合ったことによりB.1.1.7は特徴的だとのこと。たとえば、B.1.1.7に存在する「N501Y」という変異は細胞の受容体への結合を増加させることが示されており、南アフリカで感染が拡大するB.1.1.7とは別の変異種にも見られるそうです。
また、B.1.1.7に見られるスパイクタンパク質の変異はウイルスの抗原性を変化させる可能性があるほか、重症度の低下に関連する「ORF8」という遺伝子変異も存在します。B.1.1.7に存在する突然変異の組み合わせがどのような機能的効果をもたらすのかは、記事作成時点ではわかっておらず、さらなる研究が必要だとのこと。
◆ワクチンへの影響はあるのか?
記事作成時点ではB.1.1.7がワクチンにどう影響するのかは不明ですが、ワクチンの有効性が今回の変異種によって大幅に妨げられることはないと見られているそうです。すでにイギリスではB.1.1.7に対するワクチンの効き目を調査しており、これまでに問題は確認されていないとのこと。
しかし、一部のヒトコロナウイルスは季節性インフルエンザのように抗原が進化するとの研究結果もあることから、新型コロナウイルスのワクチンもインフルエンザと同様に更新し続ける必要があるかもしれません。実際にそうなるかを判断するのは時期尚早ですが、今後もゲノム配列の調査やデータ共有、変異種の報告といった取り組みが必要だとvan Dorp博士は主張しました。
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