コンピューターや家電製品の「電源」はどのように進化してきたのか?
普段私たちがスマートフォンや家電製品を使う時、「電源」について意識することはあまりありません。しかし、スマートフォンやコンピューターといった電気を使う製品に搭載されている電源はこれまでに並々ならぬ技術開発が行われており、CPUやメモリと同様に大きな進歩を遂げていると、Googleの元プログラマーであるKen Shirriffさんが語っています。
A Half Century Ago, Better Transistors and Switching Regulators Revolutionized the Design of Computer Power Supplies - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/computing/hardware/a-half-century-ago-better-transistors-and-switching-regulators-revolutionized-the-design-of-computer-power-supplies
電気には流れる方向や大きさが一定の「直流」と周期的に大きさや正負が変化する「交流」があり、家電製品などを使用する際はコンセントから供給される交流電源を直流電源に変換しています。
コンピューターや家電製品などで電気を使用できるように交流電源を直流電源に変換する機器は「直流安定化電源」と呼ばれ、変換や安定化の方式によって「リニア電源」と「スイッチング電源」の2方式に分けられます。リニア電源は高電圧の交流電源を変圧器を利用して低電圧の交流電源に変圧した後、リニアレギュレータで低電圧の直流電源に変換する方式。小型化が難しく、リニアレギュレータでのエネルギーロスが激しいという難点がありますが、安価に製造でき構造もシンプルな、古くから存在する方式です。
対してスイッチング電源は、高速でオンオフを繰り返すトランジスタを通して、交流電源を高周波数に変換し、さらに直流電源へ変換します。スイッチング電源は高周波の電気を生み出すことで電圧を柔軟に操作することを可能にし、リニアレギュレータも不要なエネルギー効率がいい方式。最初にスイッチング電源の構想が生まれたのは1930年代のことですが、スイッチング電源はリニア電源に比べて構造が複雑であり、高品質な部品が求められるため、設計が難しいという難点がありました。
最初期のスイッチング電源はテレタイプ端末のREC-30やIBM 704に採用されていましたが、真空管が使われていた時代でさえ非常に限定的な使い方しかできないほど、スイッチング電源は技術的にリニア電源に劣っていました。1960年代に入ると、スイッチング電源の小型で高エネルギー効率という特性に注目し、その高コストをいとわなかったNASAなどの航空宇宙産業がスイッチング電源を採用し始めます。初めてテレビ映像の送信に成功した人工衛星であるテルスター衛星やミニットマンミサイルにも採用されるほど、スイッチング電源は小型化、省電力化に成功していました。
航空宇宙産業によるスイッチング電源の研究開発が進んだ結果、1960年代後半には一般の商用電源にもスイッチング電源が採用され始めます。Tektronixはオシロスコープを搭載した主電源とバッテリーの動作切り替えが可能な電源を開発し、RO Associatesによって、初めて20kHzのスイッチング電源が開発され、商業的にもスイッチング電源は成功を収めていきます。日本国内でも、1970年に現TDKの日本電子メモリ工業がスイッチング電源を開発しています。
1970年代に入ると、スイッチング電源の採用がコンピューター業界でも進み始めます。DECのPDP-11/20をはじめ、IBMやHPといったコンピューター業界の巨頭もスイッチング電源を採用し、カラーテレビにも採用されるほどスイッチング電源は普及し始めました。
そのスイッチング電源に革命を起こしたのはRobert Boschertという人物。Boschert氏はスイッチング電源の構造を簡略化することに成功し、コスト面でもスイッチング電源がリニア電源と張り合えるようになりました。また、当時はトランジスタの性能が飛躍的に向上しており、1年半前のトランジスタが完全に時代遅れになってしまうケースもあったとのこと。そうした設計の簡略化とトランジスタの高性能化、価格の低下もあいまって、スイッチング電源はF-14戦闘機にも採用されるほど、電源としての地位を築くことになりました。
コンピューター用のスイッチング電源が現在の形まで完成したのは1981年にIBM PCが登場した時だとされています。IBM PCの電源にはICチップのコントローラが搭載されており、IBM PCの4年前に発表されたApple IIが持つ電源の部品点数のおよそ2倍の部品が組み込まれており、はるかに高性能だったとのこと。
by Laura Blankenship
現在、コンピューター用の電源はIntelが策定したATX規格に準拠したものが一般的であり、VRMと呼ばれるCPU用の電源安定化回路を搭載しています。また、コンピューターのエネルギー消費の増加を懸念する声の高まりから、アメリカ政府はEnergy Starプログラムや80 PLUS認証の普及を推進しています。また、現在の電源の多くはデジタル回路を使用してシステムと通信が可能なものも登場しており、電源分野でもソフトウェアの知識が重要になっていると、Shirriffさんは語っています。
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