乗り物

「信号無視」はどのようにして犯罪だと見なされるようになったのか?

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日本では歩行者が信号無視をすると2万円以下の罰金または科料に処せられると道路交通法に定められています。「事故を起こさないように歩行者が車を避ける」という行動は今でこそ当たり前のように義務化されていますが、実は1920年代のアメリカで自動車ディーラーやメーカーが積極的な活動を行うまで、歩行者側に義務はなく「車側が歩行者が避けなけばならない」とされていました。この転換点となったのが、「信号無視の犯罪化」という出来事です。

The forgotten history of how automakers invented the crime of "jaywalking" - Vox
https://www.vox.com/2015/1/15/7551873/jaywalking-history

1920年に入るまで、アメリカの「道路」は、今とは全く様相が異なりました。自動車が増加する前、道路は歩行者のものであり、屋台であふれ、馬車や路面電車が走り、子どもの遊び場としても機能していました。「右を見て左を見て、もう一度右を見て道を渡る」という概念は存在せず、歩行者は好きな時に道を渡ることが可能で、横断歩道はほとんど存在せず、あったとしても歩行者からは無視されていました。


上記のような状態だったため、自動車が増加しだした1920年代、当然のように交通事故は増加。1901年から1923年までの約20年間で、交通事故での死者数は1000人以下から1万5000人以上にまで急増しました。


自動車増加による交通事故の被害者は、多くが子どもと高齢者。もともと自動車は「軽薄な遊具」と見なされる傾向があったのに加え、死者数が増加することで一般市民たちの怒りは膨れあがっていきました。市は亡くなった子どもたちの記念碑を建て、新聞は死亡事故の詳細について運転手を責める形で記述し、風刺画において運転手は死に神に見立てられました。


交通法が制定されるまでは、裁判において責任があるのは「より大きな乗り物」に乗っていた方とされるのが一般的でした。つまり、車と人の衝突事故の場合、その時の状況に関わらず、運転手が責めれるのが常だったわけです。

また活動家らは「市が制定する制限速度の規定に関わらず、車はスピードを抑えるためのデバイスを取り付けるべきである」という主張を行いました。実際に、1923年には「車が速度を時速40kmに制限する調速機を取り付けること」を求める嘆願書に4万2000人のシンシナティ住民がサインしたとのこと。

このような状況を恐れた、市の自動車ディーラーは全自動車オーナーに手紙を送り、広告を打ち出しました。


ディーラー側の行動が功を奏し、活動家らの運動は失敗。そして、自動車ディーラーたちの活動は全国的に広まっていき、ついには自動車メーカー、ディーラー、自動車を支援する活動グループが、道路交通の法に関して車ではなく歩行者側を規制する形で再定義していこうと働きかけるようになります。

道路交通に関して歩行者側を規制する法律は1912年、カンザスで制定されていましたが、上記のような自動車販売側の活動によって1920年代中頃には全国的なものとなりました。特に商務長官であり後の第31代大統領となるハーバート・フーヴァーは熱心で、全国的に使える道路交通法のモデルとして、ロサンゼルスの法に基づき歩行者の行動について規定した「1928 Model Municipal Traffic Ordinance」を作り上げました。これによって、好きな時に好きな場所を歩けていた歩行者は、「横断歩道のある場所」のみを歩くように規制されたわけです。

しかし、法が制定されても「誰もルールに従わない」という状況が続きました。しかも、ルールを守らなくとも警察に捕まったり裁判沙汰になることはまれだったのです。


そこで、アメリカ自動車商工会議所は新聞社のための無料の通信社を設立。記者が交通事故について詳細を記述し、翌日には記事として発行される仕組みを作り出しました。それ以前まで新聞は交通事故の責任は車にあると伝えていたところ、新たな通信社は事故の責任は歩行者にあること、そして新しいルールに従うことが重要であることを広く伝えました。

同時期に、アメリカ自動車協会も学校に対する安全キャンペーンや交通安全ポスターのコンテストを支援。1925年には安全に道路を渡らなかった12歳の子どもが裁判にかけられ、裁判官役の仲間に「1週間の黒板掃除の刑」を言い渡されるというキャンペーンが行われました。

これらは「危険」ということだけではなく、人々の「恥」の感覚に訴えかけるもの。交通法の違反者を取り締まる時も、静かにしかって罰金に処すのではなく、ホイッスルを使ったり大声をあげることで通行人が「恥ずかしい」と思うように働きかけていったのです。英語で信号無視は「jaywalking」といいますが、当時「jay」という言葉は「田舎者」という意味合いを持ちました。これも「都会での歩き方を知らない人」という印象を与えることで、当事者の恥の感覚をあおる意図で付けられたものです。

いまや「jaywalk」という言葉の由来を知っている人は少数ですが、キャンペーンは成功し、2018年現在においては「信号無視はいけないこと」という考え方が浸透したわけです。

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in 乗り物, Posted by darkhorse_log

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