生理の血で検査する新型医療システム開発の裏側
by Lo&
針を使って採血することなく、月に一度、女性から採れる経血によって痛みなくして血液や細胞を採取し、分析して病気の早期発見に役立てる技術が開発されています。これまで科学や特許は男性によって支えられてきましたが、女性の目から見たとき、まだ未開拓の可能性がある、として女性エンジニアの取り組みがThe New York Timesでまとめられています。
The Tampon of the Future - The New York Times
http://www.nytimes.com/2016/04/03/opinion/sunday/the-tampon-of-the-future.html
2014年、ハーバード大学のエンジニアRidhi Tariyalさんが「痛みなくして採血する方法は何か?」という問いに画期的な答えを導き出しました。通常、女性が妊娠・出産について調べようとすると多くの血を必要とします。この採血を自宅でも簡単に行える方法としてTariyalさんが提案したのは、月に一度、針を使わずに女性から採れる血、つまり「月経」を利用した方法です。Tariyalさんと同僚のStephen Gireさんは月経による経血を医療サンプルに変えるための技術を開発し、特許を取得しました。
最初、TariyalさんとGireさんはタンポンの内部にチップを入れ、女性の体をリアルタイムで解析できる「スマートタンポン」を作ろうと考えていたのですが、Tariyalさん自身が体の中に「チップ入りタンポン」を入れることに抵抗があったことから、多くの女性も抵抗があるだろう、と推測。そこで、タンポンは血液の採取のみに利用され、解析は体の外で行われるという仕組みが採用されました。
生理用品は古くから使われていましたが、現在利用されている生理用品は1920年頃、女性エンジニアのLillian Gilbrethさんによって再開発されたものです。ジョンソン・エンド・ジョンソンで働いていたGilbrethさんは1000人以上の女性に対してアンケートを行い、理想の生理用ナプキンがどんなものなのか、既製品の生理用ナプキンで改良して欲しい点は何か、などを調査して開発にあたりました。その結果、当時はおむつのような分厚い生理用ナプキンが主流でしたが、体にぴったりあった形や、人前でも恥ずかしくないような製品名が求められていることが判明し、女性のニーズに合った製品が作られるようになったわけです。なお、この調査は会社から命令されたことでなく、Gilbrethさんが独自の判断で行ったものであるとのこと。なぜなら、当時、ナプキンを製造する会社で働く男性の多くは、女性たちが自社の生理用ナプキンを嫌っていることに気づいていなかったからです。
by feral godmother
1976年から現在にかけて取得されたタンポンに関する特許200個のうち、男性が開発したものは4分の3にも上ります。Tariyalさんは、長きにわたって女性がアイデアを発表する立場になかったことで、未開拓の可能性が多く残されていることを指摘しています。これは健康に関することはもとより、そのほかの分野でも同じ事が言えます。
特許という分野でもジェンダーギャップが存在し、「可能性が見過ごされている」と指摘しているのはTariyalさんだけではありません。例えば、1700年代初頭にトウモロコシ粉砕器を発明した女性エンジニアのSybilla Mastersさんは特許を取ろうとしたものの、当時は女性が財産を所有することが法律で禁じられていたため、「Sybilla氏とその妻」という形でしか特許を取れませんでした。
現在でも性別によるギャップは存在し、2012年の調査では特許取得者のうち92%が男性であることがわかっています。これは、男性がアイデアを得たり商業活動を行うための社会的ネットワークを女性よりも持っているためだとハース・スクール・オブ・ビジネスのToby Stuartさんは指摘しました。
Tariyalさんの場合は、Tariyalさんが新たなツールを発明するだろうと踏んだハーバード大学が研究員奨学金を用意し、化学教授との協力やテクノロジーを商品化するための協力を惜しまなかったそうですが、「私の場合は例外的でした」とTariyalさんは語っています。
しかし、大学からのサポートがあっても、経血を使った診断ツールが特許取得に至る道のりは険しいものでした。例えば、最初Tariyalさんらは診断ツールを「クラミジアなど感染症の診断に使える」という点で売りだそうと考えていました。現在ではクリニックに行けばクラミジアの診断テストを無料で受けることは可能ですが、「家で1人で行える」という点が、プライバシーの観点から見ても多くの女性に望まれるだろうと考えたためです。しかし、青い液体を経血に見立ててデモを行うと、ベンチャーキャピタルの社員の90%以上が男性であることもあり、不快を示したりジョークだと感じたりする投資家も多かったとのこと。
Tariyalさんは当時を振り返り、「『このプロダクトは女性だけにとって役立つものだ。女性は地球上の人口の半分しかない』と言う人もいました。だから何だった言うんですか?」と落胆を隠せない様子。「男性向けに再考してほしい」と言う人や、「女性に気づかれずこっそりとテストできるツールを開発してほしい。女性は嘘つきだから」という提案をする人もいたそうです。
by c.matthias kügler
2015年の夏、全く打開できない状況にTariyalさんやGireさんは絶望し始めつつも、「もっと投資家のテイストに合う切り口を見つけなければ」と考えだします。
経血には血液だけでなく卵巣や子宮の細胞も多く含まれており、これらの細胞を診断ツールで分析するとことで、女性の体の状態をチェックしたり早期にがんを発見したり、生殖器の病気を発見することが可能です。2人が感染症の診断から細胞の分析に主眼を切り替えると、アイデアは投資家たちに受け入れられ、Illuminaというベンチャー企業がラボや技術的な補助を提供することを決めました。2人は病気に関連する遺伝子の変化や、子宮内膜症などを女性がいち早く自分で発見できるように、子宮内の細胞を採取するタンポンを開発・改良しています。
Tariyalさんが科学の道を選んだのはSF的なものを愛しているためで、「ハイパーループが実現してほしいし、火星に住みたい」と語っています。イーロン・マスクCEOを心から尊敬しているものの、一方で、男性といった一部のコミュニティだけが未来の形を決めてしまうことを危惧しています。「発明家や投資家が均質的だと、未来もまた均質的なものになってしまいます」とTariyalさんは語りました。
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