約1万年前に人類同士の殺し合いが行われていたことを示す痕跡を発見

人類のほとんどは、農耕を開始するまでは野生動物の狩猟や植物の採集を生活の軸とする「狩猟採集社会」を形成していて、その後、農耕が始まってから、土地や収穫物を巡って集団的な争いが起きるようになったと考えられてきました。しかし、ケンブリッジ大学を中心とした共同研究チームが、狩猟採集社会だったはずの約1万年前のケニアで人類が集団で争ったとみられる痕跡を発見し、識者の間で注目を集めています。

Inter-group violence among early Holocene hunter-gatherers of West Turkana, Kenya : Nature : Nature Publishing Group
http://www.nature.com/nature/journal/v529/n7586/full/nature16477.html

10,000-year-old mass killing is still a mystery | Ars Technica
http://arstechnica.com/science/2016/01/10000-year-old-mass-killing-is-still-a-mystery/

共同研究チームによる今回の発見について、非常にわかりやすく説明したムービーをArs Technicaが公開しています。

Hunter-gatherers weren’t as peaceful as we thought - YouTube


新石器時代までの狩猟採集社会において、人間同士の集団的な争いを示す証拠がこれまでに示されたことはありませんでした。科学者の中には「狩猟採集社会では人間同士で争う傾向が全くなかった」と考える人もいます。

しかし、イギリスのケンブリッジ大学からなる共同研究チームが、アフリカのケニアのトゥルカナ湖近くにあるナタラクという場所で、少なくとも27人分の人骨を発見。

発見された27人分の人骨のうち、10人分の人骨には致命傷の痕跡が残されていました。

10人分の人骨は、下記の図のように全てが不自然な格好で発見されており、埋葬されたとは考えにくいとのこと。

例えば、うつぶせで発見された男性の人骨は、やりの先もしくは矢に付いていたとみられる石英が頭蓋骨に刺さっていたとのこと。

実際に発見された男性の頭蓋骨がコレ。頭蓋骨の右下から鋭利な物体が飛び出しているのがわかります。

女性と思われる人骨の頭蓋骨(画像左)の前部には、刺されてできたとみられる穴が空いていて、右頬骨(画像右)には亀裂が入っています。

膝を折り曲げて前かがみのような姿勢で発見された女性の人骨。注目すべきなのは交差した腕の部分です。

研究者チームは、不自然に交差した腕の骨から、この女性が何らかの形で両腕を縛り上げられた後、殺されたと考えています。

また、人骨が発見されたエリアからは武器に使用されたとみられる鋭利な石英が発見され、これらの発見から、2つの人間の集団が争い、少なくとも7人の男性と5人の女性が殺されたことがわかったというわけです。

発見された人骨がいつの年代かを調べるのに使われたのが、炭素の放射性同位体で半減期が5730年の「炭素14」を用いた、放射性炭素年代測定という技術。

研究チームは人骨に残っていた炭素14の量から、発見された人骨が殺害されたのは9500年前から1万500年前の間であると断定したわけです。

これまでの調査から、9500年前から1万500年前のトゥルカナ湖西部には狩猟採集社会が形成されていたことがわかっています。つまり、今回の発見は、狩猟採集社会で暮らしていた人間同士が集団で争ったことを示す貴重な証拠だとのこと。

しかし、識者の中には今回の発見に異論を唱える人もいます。ある研究者がArs Technicaに語ったところによれば、1960年代にアフリカのスーダン北部で1万2000年から1万4000年前に人間同士の戦いがあったことを示す人骨が見つかっているとのこと。また、「ケンブリッジ大学からなる研究チームに発見された人骨が狩猟採取社会に属していた人間かどうかを断定するには、証拠が乏しい」とする研究者もいました。

もし、発見された人骨が、狩猟採取社会に属していた人間同士の争いによって殺されたことが証明されれば、人間同士の争いの起源をひもとく重要な発見になりますが、それにはまだ時間がかかりそうです。