政府機関でも適切なチームと文化があれば大規模な産業技術を構築できることを示した「リッコーヴァーの教訓」とは?

20世紀のアメリカ海軍軍人であるハイマン・G・リッコーヴァーは、海軍における原子力潜水艦の開発や配備を推進した功績から「原子力海軍の父」とも呼ばれる人物です。リッコーヴァーが原子力海軍を構築した方法や、そこから得られる教訓について、中国やアメリカの政策について分析した記事を公開しているウェブメディアのChina Talkが紹介しています。
Rickover’s Lessons - by Lily Ottinger - ChinaTalk
https://www.chinatalk.media/p/rickovers-lessons-how-to-build-a

リッコーヴァーは1900年に当時ロシア帝国領だったポーランドに生まれたユダヤ人で、1906年に家族と共にアメリカへ移住しました。1918年にアメリカ合衆国海軍兵学校に入隊し、1922年に卒業した後は機関科士官として海軍軍人のキャリアをスタートしました。
潜水艦の動力に核分裂エネルギーを利用する計画が立ち上がった1946年に、リッコーヴァーは第二次世界大戦中に原子爆弾の製造に取り組んだマンハッタン計画の中心地であったオークリッジ勤務となりました。そこでの勤務や物理学者らとの関わりを通して、リッコーヴァーは核技術による変革の可能性をすぐに認識したとのこと。
潜水艦の動力として原子力を用いる利点に確信を持ったリッコーヴァーは、海軍の原子炉部門の責任者となって強力なリーダーシップを発揮し、1954年に世界初となる原子力潜水艦の進水を成功させました。多くの人々はこれほど早期に原子力潜水艦が実現するとは思っていませんでしたが、リッコーヴァーの功績によってアメリカ海軍は長きにわたり軍事的優位性を保つこととなりました。リッコーヴァーは1982年に退役するまで63年間にわたり現役として勤務し、これは記事作成時点でアメリカ軍人の史上最長記録です。
China Talkは、「アメリカが新たな戦略的競争に向けて準備を進める中で、リッコーヴァーの話はテクノクラート(技術官僚)を目指す人々にとって有益な教訓となるでしょう。多くの場合、産業政策は法律の観点から組み立てられますが、リッコーヴァーは産業政策はポリシーであると同時に、強力なリーダーシップでもあることを示しています」と述べています。

by Wikimedia Commons
リッコーヴァーのマネジメントの特徴として挙げられるのが、その徹底的な人材管理および教育です。リッコーヴァーは人事面接に膨大な時間を費やす人物で、現役中に原子力潜水艦の勤務に応募したすべての海軍士官の採用決定権を持っていました。
ある面接で、リッコーヴァーはハイキングが好きだと答えた応募者に対し、近くの「ヤギ山」という山に登ったことがあるかどうか尋ねました。応募者がないと答えると、「明日の朝までにヤギ山へ上った証拠を持ってくれば採用する」と伝えたとのこと。その後、ヤギ山が「近くの動物園にあるヤギの飼育スペースの真ん中にある構造物」であることを知った応募者は、飼育スペースに飛び込んで頂上に登り、近くの人に証拠写真を撮影してもらいました。翌日、この応募者はリッコーヴァーに採用されたとのことです。
リッコーヴァーが希望した人材は、自分の頭で考える能力がある人間でした。応募者の冷静さを試すため、応募者を以下の写真で女性が座っているような前傾姿勢の特別な椅子に座らせ、リッコーヴァーは高い場所に座って面接を行いました。

リッコーヴァーが重視したのは採用プロセスだけでなく、スタッフの継続的な技術トレーニングと才能ある労働力基盤の構築にも力を入れていました。リッコーヴァーは雇った人員に対し、冶金(やきん)学・物理学・化学の高度な内容についての自習計画を提出するよう命じ、アメリカ原子力委員会(AEC)へのフィールドトリップや、合計854時間または週16時間の学習を要求したとのこと。
また、リッコーヴァーはマサチューセッツ工科大学と協力して、原子力物理学の調査コースや原子力工学の修士号を開発したほか、オークリッジ国立研究所と共同で1年間の原子力科学技術のカリキュラムも作成しました。このカリキュラムは「Oak Ridge School of Reactor Technology(ORSORT:オークリッジ原子炉技術学校)」と名付けられ、軍用原子炉製造を請け負ったウェスティングハウスやゼネラル・エレクトリック、海軍および民間の造船所などの人材がORSORTで学びました。
さらにリッコーヴァーは現場の請負業者やすべての原子力副司令官、プロジェクトに携わる将校らとの直接的なコミュニケーションを維持し、部下の技術スタッフに対して厳しい監督を行いました。当時、リッコーヴァーはさまざまなチームからすべての報告書のカーボンコピーを集め、自宅で読み返していたそうです。

この徹底的なマネジメントは関連する民間企業にも及び、技術専門家を「プロジェクトオフィサー」として現場に常駐させ、問題があればすぐにリッコーヴァーの耳に入る体制を整えました。この際、リッコーヴァーはプロジェクトオフィサーに対し、くれぐれも請負業者の人間やその家族と親密にならないよう警告していました。これは、もし監督する立場の人間と監督される側に親交が生まれた場合、報告に信頼が置けなくなってしまうという懸念からでした。
こうしたリッコーヴァーによる厳しい監督は、原子炉の燃料棒の被覆材料として利用されるジルコニウムの量産化につながりました。1949年当時、世界中で生産されたジルコニウムは靴箱1個分ほどに過ぎず、同年にAECが契約を結んだ請負業者も量産化に苦戦していました。1年にわたる遅延の後、リッコーヴァーはウェスティングハウスの施設でジルコニウムを製造する許可を得て、鉱山局と協力してジルコニウムの精製に取り組んだとのこと。
その結果、ウェスティングハウスは新しいジルコニウムの精製プロセスをスケールアップし、数千トンの生産能力を持つことができました。こうして量産化のノウハウが確立した後、AECは再度ジルコニウム製造の入札を行いました。後に海軍長官が、どのようにしてジルコニウム生産をスケールアップしたのかウェスティングハウスに尋ねると、「リッコーヴァーが私たちにやらせた」という回答が返ってきたそうです。
リッコーヴァーは1982年にコロンビア大学で行ったスピーチの中で、「責任者は細部にこだわらなくてはなりません。もし彼がそれを重要視しないのであれば、部下も重要視しないでしょう。悪魔は細部に宿るものです。一見ささいなことに注意を払うのは大変で単調ですが、私は仕事のおそらく99%の時間を、他人がささいだと呼ぶようなことに費やしています。大抵のマネージャーは、むしろ高尚な政策事項に集中するでしょう。しかし、細部を無視するとプロジェクトは失敗します。政策や気高い理想を注入しても、状況を修正することはできません」と話しています。

リッコーヴァーは優れた人材マネージャーであり、技術的な知識にも優れていましたが、さらに大規模な官僚機構をうまく操縦する方法についてもよく知っていました。無駄なルールと重要なルールの違いを見分ける能力もあり、ある面接の際に「基地のモーターボートのガソリン使用量に関する逐次報告は無駄だ」という考えを海軍士官から聞いた際は、上司が持っているガソリン使用量についてのファイルを捨てるよう伝えたこともあるそうです。
原子力潜水艦の開発プロジェクトについては、AECを含めた多くの人々が「本当にできるのか」と疑念を抱いていました。これに対しリッコーヴァーは、「海軍」と「AEC」という2つの指揮系統に身を置く独自の官僚的革新を実現することで、抵抗を回避する方法を編み出しました。
実際にリッコーヴァーが作り出した以下の組織図を見ると、左側のAECと右側の海軍それぞれの下部組織に、「Naval Reactors Branch(海軍原子炉部門)」と「Nuclear Power Branch(原子力部門)」が位置しているのがわかります。2つの官僚機構の下部組織となることで、ある指示に海軍が難色を示した場合は「これはAECの優先事項です」と答えることができ、逆にAECが抵抗した場合は「これは海軍の優先事項です」と言って押し通すことができるというわけです。

リッコーヴァーは、民間企業ではない政府内の機関であっても、適切なチームと適切な文化があれば、信じられないほどの産業技術を大規模に構築できると信じていました。China Talkは、「ワシントンD.C.での議論はしばしば規制やお金に焦点を当てますが、リッコーヴァーの人生は、産業政策に対する独自の人間中心の見方をもたらしています。それは、国家の能力、技術者、そして最も重要なこととして、技術を構築するためのビジョンと意欲を持つ公共のリーダーの重要性を認識するものです」と述べています。
リッコーヴァーは引退前に行われた議会でのスピーチで、以下のようなコメントを残しました。
「損益計算書というボトムラインへの執着と拡大欲が相まって、伝統的な価値観を重んじるビジネスマンが減少しています。責任の所在と権力の行使がますます切り離され、事業における実際の知識や経験よりも、財務操作の手腕が評価されています。長期的な結果にかかわらず、注意と努力のほとんどが短期的な検討に向けられる環境が生み出されているのです」
「社会や政府、個人に対して行使できる政治的・経済的権力は、少数の大企業とその役員にますます集中しています。これらの大企業は膨大な資源を支配することで、事実上政府のもうひとつの部門となっています。彼らはしばしば政府の権力を行使しますが、民主主義制度特有のチェック・アンド・バランスはありません」
「資金を分配する能力を持つ大企業の幹部は、しばしば選挙で選ばれたり任命されたりした政府高官よりも大きな権力を行使し、社会に影響を与えることができますが、いかなる責任も負わず、国民の監視の目にさらされることもありません。第28代アメリカ大統領のウッドロウ・ウィルソンは、経済的集中が「国の経済生活を支配する力を少数の人間に与え、それを悪用して数百万人を破滅に追いやるかもしれません」と警告しました。彼の言葉の意図は、「私たちの国民生活のあらゆる過程を、私たちが最初に誇りを持って設定し、常に心に抱いてきた基準に再び戻すこと」でした。この発言は、今日にも当てはまります」
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