サイエンス

「乾燥状態を好むカビ」の広がりが博物館や美術館の脅威になっている


カビは美術館や博物館にとって悩みの種であり、多くの機関では湿度を抑えて乾燥状態を保つプロトコルによりカビの繁殖を防いでいます。ところが近年は、通常の対応策では防げない「乾燥状態を好むカビ」が広がっているとのことで、デンマークのフリーランスジャーナリストであるエリザベス・アン・ブラウン氏がその実体や学芸員らの対応についてまとめています。

How extremophile molds are destroying museum artifacts | Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/how-extremophile-molds-are-destroying-museum-artifacts/


一般にカビは湿気が高い環境でよく繁殖すると考えられており、美術館や博物館は湿気を抑える設備などに投資しています。博物館や美術館の業界においてカビは大きなスキャンダルであり、「あの美術館ではカビが蔓延(まんえん)している」といううわさが立つだけでも打撃となり、巡回展から締め出されてしまう場合があるとのこと。そのため、実際にカビが蔓延しても外部には秘密にされることが多く、カビの除去を依頼する保存チームは被害状況の確認前に守秘義務を結ぶそうです。

しかし近年では、館内の保存修復士や大学の研究者といった一部の関係者らが、博物館の収蔵庫や修道院の文書館、大聖堂などで蔓延しているカビについての議論を交わすようになっています。その過程で、長らくカビから守られていると考えられてきた「乾燥した場所」を好んで繁殖するカビの存在が浮き彫りになったと、ブラウン氏は述べています。


乾燥した状態を好むことから「好乾性」と呼ばれるこれらのカビは、火山のカルデラや砂漠といった乾燥した過酷な環境で生存でき、布製のキャンバスや木製の工芸品といった文化遺産の表面でも繁殖します。イタリア国立研究評議会の菌類学者であるフラビア・ピンザリ氏は、博物館などがカビから収蔵品を守ろうとした結果、たまたま好乾性のカビが好む環境が作り出されてしまったと指摘。「保存に関するあらゆる規則は、これらのカビを考慮していなかったのです」と述べました。

たとえば、イタリア・トリノの王立図書館に所蔵されているレオナルド・ダ・ヴィンチの「自画像」にはあざのようなシミがあり、エジプト・ルクソールにあるツタンカーメンの埋葬室も壁に茶色いシミが見られます。これらは、好乾性のカビが繁殖したことによるものだとのこと。

by Wikimedia Commons

デンマークのロスキレ博物館で主任保存管理者を務めるカミーラ・ユール・バスホルム氏は2012年、温度や湿度を集中管理できる空調設備が整った倉庫を巡回している時に、帽子やマントといった収蔵品に肉眼で見つけるのが難しいほどの白い光沢のある斑点があるのを発見しました。

これらの斑点は、かつて虫やカビを防ぐために散布された薬剤が浮き出たものにも思われましたが、バスホルム氏はかつて別の収蔵庫で請け負いの修復家として働いていた際にも似たものを見たことを思い出しました。また、この時に8時間にわたって一緒に収蔵庫の中にいた同僚がインフルエンザのような初期症状を示し、目から涙を流したり頭痛になったりしたそうで、バスホルム氏は「これらの症状はカビによるものだったのではないか」と疑いを抱いたとのこと。

詳細な調査を行った結果、ロスキレ博物館の倉庫に保管されていた収蔵品の約半数に、同様の白い斑点が見つかりました。さらに博物館職員のうち2人にも、以前バスホルム氏の同僚がなったようなインフルエンザ様の症状が出ていたことで、職員らはカビが発生していることを確信しました。そして2017年、ついに収蔵品に見られた白い斑点が、Aspergillus restrictusという種類の好乾性のカビの近縁種であることが判明しました。

バスホルム氏がデンマークの博物館で好乾性のカビを発見したのとほぼ同じ時期に、イタリアのピンザリ氏もローマやジェノバの図書館や文書館で発生した白いカビの問題を調査していました。これらの被害が発生した施設はいずれも適切な空調設備を持っていましたが、「コンパクトユニット」と呼ばれる移動式の棚を採用しているという共通点がありました。コンパクトユニットは冷蔵庫サイズの棚がレール上をスライドする仕組みで、各ユニットは省スペースで気密性が高い点が特徴です。ピンザリ氏はどんな真菌培地を使っても白いカビを生育させることができませんでしたが、高性能顕微鏡を使って調べたところ、Aspergillus restrictusに特有の無数の繊維状の巻きひげが確認できました。

デンマークとイタリアで確認されたAspergillus restrictusの一種であるAspergillus halophilicusは、胞子が水がない場所に付着した際に「塩」の結晶を利用します。塩は空気中の水分を非常にうまく吸収するため、Aspergillus halophilicusは塩分を豊富に含む菌体外ポリマーを形成し、組織の乾燥を防ぐ湿った層を形成するとのこと。コンパクトユニットの内部は空気の乱れがない安定した環境であるため、Aspergillus halophilicusはポリマーを形成することで安定して繁殖できたと考えられています。


保存修復家の観点からすると、Aspergillus halophilicusなどの好乾性カビはフレスコ画の卵ベースのテンペラや絵画の綿製キャンバス、ミイラの肉といった収蔵品を直接食べてしまうことがあります。また、たとえ金属やガラスのように直接食べられない収蔵品でも、その上でチリなどに含まれる微量の栄養分で生き続けることにより、カビの消化活動や死滅による付随的なダメージが収蔵品に加わってしまいます。

好乾性カビの存在は以前から知られており、1980年代には東京国立文化財研究所の名誉研究員である新井英夫氏が、文化財から好乾性カビを分離するために低水分の活性培地を使用し始めました。新井氏は1984年に京都・宇治の平等院の壁画から好乾性カビを発見したほか、1993年にはツタンカーメン王の墓に発生したカビを特定することに成功しました。

しかし、長らく専門家らは好乾性カビによる汚染はまれだと信じていました。その理由としてブラウン氏は、好乾性カビを検出するために使われる低水分の活性培地が入手困難である点を挙げています。バスホルム氏も、「低水分の活性培地を工業的に購入することはできません。誰も製造していないのです。これらの好乾性カビを検出したいのであれば、研究機関と協力する必要があります」と述べています。

加えてブラウン氏は、「博物館の職員らがカビの発生に気付いた時には、すでに好乾性カビが死んでいる場合がある」という点も、好乾性カビの存在が気付かれにくい理由ではないかと主張しています。たとえばAspergillus halophilicusが過酷な環境で増殖すると、死んだAspergillus halophilicusの組織を利用して別のカビが繁殖する場合があるとのこと。つまり、一部の好乾性カビは繁殖の「パイオニア」として機能し、他のカビを呼び寄せる場合があるというわけです。

こうして専門家らの検出を逃れ続けた好乾性カビは増殖を続け、美術品や工芸品の甚大な被害をもたらし続けています。ピンザリ氏は、「好乾性カビの被害は私たちが考えるよりもはるかに広範囲に及んでいます」と断言しました。


博物館が収蔵品への被害を確認した場合、かつては大規模な抗生物質の散布や薬剤をたきしめる薫蒸などが行われてきましたが、これらの方法はかえって新たな微生物の繁殖を促したり、収蔵品そのものにダメージを与えたりするリスクがあります。そのため、専門家らがカビの繁殖を抑えるためにはカビが生えた作品を隔離し、最もひどいカビを掃除機で除去した上で、可能であればエタノールで処理するといった基本的な方法がほぼ唯一だとのこと。

結局、バスホルム氏はロスキレ博物館でこの処理を行うことを実施し、2025年には少数の保存修復専門家グループが防護服を着用し、収蔵品の手入れを始めました。グループはカキの殻から絵画、馬車に至るまで10万点以上の収蔵物をチェックし、カビの有無を検査して汚れやホコリを落とす作業を進めています。石器時代やバイキングの遺物など、ロスキレ博物館が収蔵する重要な考古学的宝物のほとんどは汚染を免れていましたが、その箱にカビが生えているケースもあったほか、中には「カビまみれの魚の皮」といった対処に困る収蔵品もあったそうです。

好乾性カビの蔓延を予防するには、まずは博物館側がカビに対する偏見を捨て去って情報共有と調査を進め、カビの基本的な生物学特性を深く理解する必要があります。バスホルム氏はロスキレ博物館で好乾性カビが発生したことを公表した後、ヨーロッパ・アメリカ・パキスタン・イスラエル・アジアなどの世界中の施設から、好乾性カビの疑いがあるカビの蔓延があったものの公表されていないというメッセージを受け取っています。

なお、ブラウン氏はこの記事を書くにあたり、ヨーロッパの大手美術館を対象に「最近、収蔵品にカビが発生した経験はありますか?」とアンケートを実施しましたが、多くの美術館は返答しなかったとのことです。

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in サイエンス,   生き物, Posted by log1h_ik

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