「がん遺伝子」を逆手に取って不死身のがん細胞を自殺に追いやる画期的な治療法
人体では、古くなった細胞や傷ついた細胞が自ら死を選ぶことで体全体を生かすアポトーシスというプロセスにより、毎日600億個のもの細胞が新しい細胞に置き換えられていますが、がん細胞はこのアポトーシスを回避することで無限に増殖する能力を身につけています。この仕組みを逆転させることで、抗がん剤や放射線治療に頼らずに血液のがんの一種を治療する方法を提唱した論文が発表されました。
Relocalizing transcriptional kinases to activate apoptosis | Science
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl5361
Scientists glue two proteins together, driving cancer cells to self-destruct | News Center | Stanford Medicine
https://med.stanford.edu/news/all-news/2024/10/protein-cancer.html
今回の新治療発見の発端は、スタンフォード大学病理学部のがん生物学者であるジェラルド・R・ クラブツリー氏が、森を散歩している最中に思いついた「アポトーシスを利用してがん細胞を自滅するよう仕向ける」というアイデアです。
その時のことを、クラブツリー氏は「ああ、これこそ私たちが求めていたがん治療の方法なんだと気づきました。私たちは以前から、余計な細胞を巻き込まずに600億個の細胞を消し去っているのと同じ特異性を求めてきました。これが実現できれば、対象外の細胞が殺されることはなくなります」と振り返っています。
従来のがん治療で一般的な化学療法や放射線療法では、がん細胞だけでなく健康な細胞も大量に死滅してしまいます。一方、2024年10月4日に科学誌・Scienceで発表された研究では、互いに無関係な2つのタンパク質をくっつける「分子接着剤」を開発し、がん治療に応用することが提唱されています。
2つのタンパク質の1つが、「BCL6」です。このタンパク質は、免疫を担う細胞の生存を調整することで免疫応答に重要な役割を果たしていますが、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)という血液のがんでは、変異したBCL6遺伝子がアポトーシス促進遺伝子の活性化を抑制してがん細胞を不死身にしてしまうため、BCL6遺伝子はがん遺伝子と呼ばれています。
クラブツリー氏らの研究チームは、このBCL6に遺伝子の活性化を促進する酵素「CDK9」というタンパク質をくっつけることで、BCL6がオフにしているアポトーシス遺伝子をオンにする分子を設計しました。
論文の共同主任著者を務めるナサニエル・S・ グレイ氏は「このアイデアのポイントは、がん細胞が頼りにしている遺伝子でがんを殺すことができるか、というところです。がんが生存のために依存しているものを逆手に取って、がんを死滅させるものにしてしまおうというわけです」と説明しました。
研究チームがマウスのDLBCL細胞でこの分子をテストしたところ、実際にがん細胞を殺すことに成功しました。また、健康なマウスで実験を行ったところ、正常なB細胞の一種が死滅したものの、有害な副作用は起きなかったとのことです。研究チームは目下、DLBCLになったマウスで分子をテストし、生きた動物のがん細胞を殺す機能を検証しています。
この手法は、細胞が自然に備えている2種類のタンパク質を用いており、リンパ腫の細胞に対して極めて特異的、つまりリンパ腫だけを狙い撃ちにできると考えられています。また、がん細胞は弱点をすぐに克服してしまいますが、BCL6は13種類のアポトーシス促進遺伝子に作用するため、耐性も獲得されにくいと期待されています。
論文の共著者であるローマン・サロット氏は「がん遺伝子が発見されて以来、がん治療はそのような遺伝子を抑制することを念頭に置いてきました。一方、私たちはがん遺伝子を使ってシグナルをオンにし、それをがん治療に役立てることを目指しています」と話しました。
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