がん細胞の遺伝子に「自滅スイッチ」を組み込んで抗がん剤耐性の獲得を防ぎつつ治療する試み
抗がん剤はがん細胞の増殖を抑えるための薬剤ですが、使用しているうちにがん細胞が薬剤への耐性を獲得してしまい、それまで効いていた抗がん剤が効かなくなってしまうことがあります。科学誌のNature Biotechnologyに掲載された新たな研究では、がん細胞の遺伝子に「自滅スイッチ」を組み込むことで、抗がん剤耐性に対抗する実証実験に成功したと報告されました。
Programming tumor evolution with selection gene drives to proactively combat drug resistance | Nature Biotechnology
https://www.nature.com/articles/s41587-024-02271-7
'I've never seen anything like this': Scientists hijack cancer genes to turn tumors against themselves | Live Science
https://www.livescience.com/health/lung-cancer/ive-never-seen-anything-like-this-scientists-hijack-cancer-genes-to-turn-tumors-against-themselves
がん細胞は薬剤を分子的に不活性化したり、アポトーシス(細胞死)を回避したりと、さまざまな形で抗がん剤への薬剤耐性を獲得する可能性があります。効かなくなった抗がん剤で治療しても意味はないので、抗がん剤耐性が確認されたら次の有効な薬を探すか、別の治療法を模索しなくてはなりません。
ペンシルベニア州立大学のスコット・レイホー氏は、「次のバージョンの腫瘍に有効な薬を見つけるために多大な時間と労力、エネルギー、お金、そして悲痛な思いが費やされています。どれだけ優れた薬であっても、長期的には効果がありません」と述べています。
そこでレイホー氏らの研究チームは、がん細胞の進化をハッキングして抗がん剤耐性を克服する「dual switch selection gene drive(デュアルスイッチ選択遺伝子ドライブ)」という新たな治療法を開発しました。
デュアルスイッチ選択遺伝子ドライブは、がん細胞の遺伝子に「他のがん細胞集団よりも大きく成長するスイッチ」と「がん細胞にとって有害な毒物を放出するスイッチ」をそれぞれ組み込むというものです。遺伝子編集されたがん細胞の「自滅スイッチ」のオン/オフを適切なタイミングで切り替えることで、本来のがん細胞が薬剤耐性を獲得するのを防ぎつつ殺すことができるとのこと。
このアイデアを実証するため、研究チームは実験室内で非小細胞肺がん細胞に2つのスイッチとなる遺伝子を挿入しました。1つ目の遺伝子は、エルロチニブという抗がん剤の助けを借り、細胞の増殖や成長を制御する上皮成長因子受容体(EGFR)の活性化をコントロールするものです。
通常、エルロチニブはEGFRタンパク質の活性化を止めてがん細胞が制御不能に増殖することを防ぎますが、1つ目の遺伝子をオンにすることで改変がん細胞へエルロチニブへの耐性を獲得させることができます。研究チームは、がん細胞に自滅スイッチを組み込むと共にエルロチニブを投与することで、本来のがん細胞を上回る勢いで改変がん細胞を成長させ、改変がん細胞が優勢になったタイミングでスイッチをオフにして増殖をストップさせました。
優勢になった改変がん細胞の増殖をストップさせたら、今度は2つ目の自滅スイッチをオンにします。この遺伝子は、フルシトシン(5-FC)という無害な分子をフルオロウラシル(5-FU)という抗がん剤に変換する酵素を作り出します。2つ目のスイッチをオンにしてフルシトシンを投与すれば、フルオロウラシルが放出されて改変がん細胞と通常のがん細胞を一網打尽にできるというわけです。
実際に研究チームは、このデュアルスイッチ選択遺伝子ドライブを実験用マウスでテストしました。すると、治療開始から約20日後に改変がん細胞が通常のがん細胞を追い越すほど成長し、80日後には腫瘍の体積がゼロになったと報告されています。
レイホー氏らは、デュアルスイッチ選択遺伝子ドライブの研究開発を行うRed Ace Bioというスタートアップを立ち上げ、肺がん以外のがんやその他の抗がん剤にも応用する方法を模索しています。
レイホー氏は、「私たちはデュアルスイッチ選択遺伝子ドライブを、肺がん治療を超えて応用できると考えています。これはがんに治療遺伝子を送り込み、それを使って治療の機会を作り出すための、一般化可能なプラットフォームだと見なしています。これは将来の治療につながる可能性があります」とコメントしました。
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