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文字を持たないチェロキー族のために独学で文字体系を創り出した男


チェロキー語を書き表す音節文字を作ったシクウォイアは紙に奇妙な記号を書き続けていたことから黒魔術を使っているという疑惑をかけられていました。そんなシクウォイアの生涯と彼がチェロキー族の読み書きや文化の記録に与えた影響を作家・ジャーナリストのアンドリュー・ローラー氏がまとめています。

The Man Who Created a Written Language for the Cherokee Did It So Efficiently and Elegantly, His Peers Thought It Was Magic | Smithsonian Magazine
https://www.smithsonianmag.com/innovation/man-created-written-language-cherokee-did-efficiently-elegantly-peers-thought-magic-180988850/


シクウォイア - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/シクウォイア


シクウォイアはチェロキー族の銀細工師で、何年にもわたって紙に見慣れない記号を書き続けていたことから周囲の人々に不気味がられるようになり、最終的に「黒魔術を使っている」として裁きにかけられました。


シクウォイアは「自分が作っているものは魔術ではなく、チェロキー語を書き表せるようにするための発明だ」と説明しました。長老たちはその主張の真偽を確かめるため、シクウォイアの幼い娘であるアヨカを別室へ移し、シクウォイアとアヨカにそれぞれ紙へ記号を書かせ、「その記号が何を意味するのか」を監視役に伝えさせました。そして2人が書いた紙を交換したところ、シクウォイアとアヨカは互いの紙に書かれた記号を声に出して読むことができました。このことで長老たちの疑いは驚きに変わり、すぐにこの新しい文字体系を教えるようシクウォイアに求めたそうです。

その後シクウォイアの文字体系は急速に広まり、6カ月以内にチェロキー族の4人に1人が読み書きできるようになりました。さらに25年以内に、チェロキー族の識字率がアメリカの非先住民の識字率を上回るまでになります。

この文字体系を作ったシクウォイア自身は、英語の読み書きをしませんでした。1770年代に現在のアメリカ・テネシー州でチェロキー族の母と白人の父の間に生まれたシクウォイアは母方の文化の中で育ち、その後、銀細工師として白人入植者と交流する中で「書くこと」の有用性に気づき、簡単な絵や図柄を使って顧客のツケを記録する方法を生み出したとのことです。また、1812年の米英戦争においてシクウォイアはアメリカ兵とともに行動していたため、「ジョージ・ゲス」という英語名を使うことがありました。この経験を通じてシクウォイアは書き言葉に触れた可能性があり、ローラー氏によると紙に書かれた文字を「talking leaves」、つまり「話す葉」と呼んでいたとのことです。


ローラー氏は、シクウォイアの文字体系が急速に広まった理由として、単語ごとに記号を作るのではなく音節ごとに記号を割り当てた点を挙げています。シクウォイアは当初、1つの単語に1つの記号を割り当てる表意文字的な方法を試しましたが、この方法では単語の数だけ記号を覚える必要があり、記号の数が多くなりすぎて学びにくいため断念しました。

その後、シクウォイアはチェロキー語を構成する音節ごとに記号を割り当てる音節文字にたどり着きます。音節文字とはひらがなやカタカナのように1つの文字がおおむね1つの音のまとまりを表す文字体系のことで、この方法では話し言葉の音を比較的少ない数の記号で書き表すことができます。シクウォイアは一時200以上の記号を作ったものの、最終的には86文字からなる文字体系を完成させ、後に85の記号へ整理されました。また、記号の形にはラテン文字・ギリシャ文字・数字などに似たものもありますが、英語を読めなかったシクウォイアが作ったため、見た目が似ていても元の文字と同じ音を表すわけではありません。


チェロキー族にとってシクウォイアの音節文字は、自治や文化の記録を支える手段にもなったとローラー氏は説明しています。1827年にはチェロキー族が成文憲法を持ち、狩猟の手引きや聖歌などもこの文字体系を使って後世のために記録できるようになりました。さらに1828年にはアメリカ初の先住民新聞「Cherokee Phoenix」がシクウォイアの音節文字で印刷され、その後も音節文字を使った出版物が続きます。

アメリカ財務長官であり外交官・言語学者でもあったアルバート・ギャラティン氏は1836年にシクウォイアの文字体系について、「英語の読み書きは学ぶのに2年かかるが、シクウォイアの文字体系なら子どもが数週間で学べる」と評価しています。

ただしチェロキー族の間で識字が急速に広がっても、アメリカ政府によるチェロキー族の土地への圧力は止まりませんでした。アメリカ政府はノースカロライナ州・ジョージア州・アラバマ州・テネシー州にあるチェロキー族の土地を求め続け、ギャラティンがシクウォイアの文字体系を評価した後まもなく、何万人ものチェロキー族が現在のオクラホマ州にあたる地域へ強制移住させられることになります。

この強制移住の後、チェロキー族は新たな土地にもシクウォイアの音節文字を持ち込みました。ローラー氏によると、シクウォイアの音節文字は大西洋を越えて伝わった可能性もあり、リベリアではチェロキー族のオースティン・カーティスがヴァイ族の文字体系であるヴァイ文字を作る際にシクウォイアの音節文字を使ったとされています。

ローラー氏の記事公開時点で、祖先から受け継がれたチェロキー語を流ちょうに話せる人は数千人に限られていますが、シクウォイアの音節文字はチェロキー文化を守る重要な道具になっており、若者はこの文字を使ってメッセージを送り合い、児童書は伝統的な物語を伝え、公式文書や道路標識にもシクウォイアが作った文字体系が使われているとのことです。

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in メモ, Posted by log1b_ok

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