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半導体製造はもはやテクノロジーや経済を超えて「政治的な問題」になっているとの指摘


現代社会において半導体の重要性はますます強まっており、PCやスマートフォン、自動車、家電製品など生活のありとあらゆる場面に半導体が存在しています。そんな半導体製造を取り巻く状況について、テクノロジーが社会に及ぼす影響について分析するアナリストのベン・トンプソン氏が、「半導体製造はテクノロジーや経済を超えて政治的な時代に突入した」という考察を発表しました。

Political Chips – Stratechery by Ben Thompson
https://stratechery.com/2022/political-chips/

2022年7月、アメリカの大手半導体メーカーであるIntelの株価が下落し、大手半導体企業のAMDIntelの時価総額を抜く事態が発生しました。半導体産業において共に重要なポジションを占める両社ですが、Intelは自社工場で半導体を製造している一方で、AMDは半導体の設計のみをおこなうファブレス企業であり、製造は外部の半導体メーカー(ファウンドリ)が行っているという点が大きく異なります。

アメリカの実業家だったクレイトン・クリステンセン氏は2004年の著作「Seeing What’s Next」の中で、Intelは厳格な製造プロセスを有しているが故に、顧客に対してカスタマイズされた製品を柔軟に提供する能力がさまたげられ、将来的な販売サイクルの変化に適応しづらいという問題点を挙げました。トンプソン氏はこの指摘を取り上げ、実際に指摘通りの問題がその後のIntelで発生したと述べています。反対に自社工場を持たないAMDなどのファブレス企業では、より柔軟な製品プロセスの変更を行ったおかげで躍進を遂げたとのこと。

また、IntelはPCやサーバーに関して正しい知見を有していたものの、スマートフォンの登場と普及は想定外だったとのこと。電源から供給される電力で動くPCやサーバーとは違い、バッテリーで動作するスマートフォンはパフォーマンス以上に効率性が重視されるという点が、Intelのチップ製造の見通しにないものだったため、製造体制をスマートフォン向けのチップ設計に適応させるのが遅れてしまいました。


一方、台湾に本拠を置くTSMCや韓国に本拠を置くSamsungなどのファウンドリは、より柔軟にパフォーマンスより効率性を重視する新たなチップ設計に対応可能でした。こうした点から、近年では半導体産業に占めるファウンドリの存在感が強まっています。

特に重要な転換点だったとトンプソン氏が指摘しているのは、Intelがまだ高価で実装が困難だと考えていた2014年に、TSMCが極端紫外線リソグラフィ(EUVリソグラフィ)導入したことです。EUVリソグラフェイはさまざまな光線を使って超小型の回路をチップ上に形成する装置であり、唯一の製造企業であるオランダのメーカー・ASMLの時価総額はすでにIntelを上回っています。

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トンプソン氏は、インターネットの第1段階が「テクノロジー」によって定義され、「何が技術的に可能なのか」を考え出すことが重要な鍵を握っていたと指摘。そして、21世紀に入って数年後に突入したインターネットの第2段階は「経済」によって定義されていると主張しています。

インターネットは当初の想定とは違い、経済力を分散させるのではなくむしろ集中させる方向に働いています。経済によって定義されるインターネットでは、地理的な制約や経済的な限界なしに競争が生じ、大量の投資を正当化できる規模の経済性を備えた企業が勝者となって膨大な利益を得るとのこと。この経済規模の拡大が、設計から製造までを統合したIntelのアプローチが行き詰まり、TSMCのようなファウンドリが台頭する要因になりました。

ところがトンプソン氏は、インターネットは第2段階にとどまらず、その後の第3段階に突入するだろうと予想しています。第3段階でインターネットを定義するのは「政治」であり、すでに半導体産業は政治によって左右される時代に突入しつつあるとトンプソン氏は述べています。

2022年8月、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長らがアジア歴訪の中で台湾を訪問し、中国が強く反発する事態となりました。この際、ペロシ氏はTSMCの劉徳音会長と会談しているほか、台湾の蔡英文総統は「台湾とアメリカは民主主義・自由・人権の価値観を共有するだけでなく、経済発展と民主的なサプライチェーンで引き続き協力していきます」とコメントを出しています。

ペロシ氏「台湾の民主主義、守る決心」 蔡英文氏は歓迎「団結する」:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASQ834VHVQ83UHBI01S.html

ペロシ米下院議長、台湾TSMC会長と会談へ=WP | ロイター
https://jp.reuters.com/article/usa-chna-pelosi-tsmc-idJPKBN2P81ZR

こうした政界とTSMCの近接について、トンプソン氏は「アメリカは民主主義・自由・人権を理由に台湾を支援しています。その支援に空母が加わるかもしれない最大の理由は、チップとTSMCにあります」と指摘。世界で最も先進的なチップを製造する能力を有しているのはTSMCであり、それが中国の手が届く台湾にあるということは、アメリカにとって非常に頭が痛い問題だと述べています。

なお、TSMCの劉会長も経済分野における自社の重要性を認識しており、「もし中国による台湾侵攻が起きた場合、TSMCの工場は停止し、台湾だけではなく中国にも経済的な混乱が生じることになります」と警告を発しています。

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by Fritzchens Fritz

中国は半導体製造の技術を向上させようと多額の投資を行っていますが、アメリカの圧力でEUVリソグラフィの販売が差し止められているほか、販売禁止の範囲を深紫外線リソグラフィ(DUVリソグラフィ)にも広げようという動きがあります。このように、すでに半導体産業には政治の思惑が深く絡み合っており、単なる企業活動の枠を超えた力学が働いています。

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それでも、中国最大手の半導体メーカー・SMICは、14nmプロセス以上の半導体製造に必要な高性能機器の輸入を禁じられていながらも、7nmプロセスの製造を開始していたことが2022年7月に報じられました。

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そんな中、アメリカ上院議会はアジアのメーカーと競争するIntelやGlobalFoundriesなどの半導体メーカーに、5年間で527億ドル(約7兆700億円)の資金提供を行う「CHIPS法(半導体補助金法案)」を可決しました。近く下院でも可決される見込みであるこの法案では、支援を受ける企業は中国などの国々で28nmプロセスよりも高度な半導体製造能力を拡大することが禁じられており、アメリカ本土の半導体製造能力を高めようとする強い意向があります。

US to Stop TSMC, Intel From More Advanced Chip Production in China - Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-08-02/us-to-stop-tsmc-intel-from-adding-advanced-chip-fabs-in-china

トンプソン氏は、「CHIPS法が半導体市場をゆがめているということが重要です。テクノロジーの構造が経済的に最も効率的な結果へと向かわせることは避けられませんが、究極の最終形態はますます政治の問題になっていくことでしょう」と述べました。

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in ハードウェア, Posted by log1h_ik

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