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ロシアの戦争に端を発するニッケル市場の大混乱により「取引の巻き戻しや値幅制限」が実施された理由とは?


2022年3月8日、ロンドン金属取引所(LME)においてニッケル価格が急騰して市場が大混乱となり、その対応としてLMEは数時間分の約定をなかったことにして巻き戻したほか、ニッケル取引の値幅制限も導入しました。こうしたLMEの対応については批判の声も上がっていますが、経済系ブロガーのマイケル・フランク・マーティン氏はLMEが異例の対応に踏み切った理由について、市場価格の決定において取引所が果たす役割を絡めて解説しています。

Decoupling in the Nickel Market
https://www.symmetrybroken.com/nickel-decoupling/

過去10年間のニッケル相場はほとんど1トンあたり1万ドル~2万ドル(約120万~240万円)の範囲であり、1営業日におけるニッケル価格の変動も1トンあたり数百ドル(約数万円)程度が一般的だったそうです。ところが、世界第3位のニッケル生産国であるロシアのウクライナ侵攻によって状況が一変し、侵攻後は供給不安からニッケル価格が上昇傾向にありました。


そして3月7日から劇的なニッケル価格の急騰が発生し、8日の午前5時42分の時点で過去最高値を更新していたにもかかわらず、その後の数分間でさらに3万ドル(約360万円)も上昇。6時過ぎには10万ドル(約1200万円)を突破しました。その結果として、逆方向に賭けていた多くのトレーダーが多額の損失を被り、LMEは約30年ぶりにニッケル取引の停止を強いられました。さらにLMEは、「取引停止までの数時間の約定をすべて取り消す」と発表した上、3月16日の取引再開後は相場安定のために15%の値幅制限を設定しています。

魔の「18分間」頭から離れず-ニッケル市場大混乱、存続懸かる各社 - Bloomberg
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-03-15/R8PZU4DWRGG101

価格急騰が発生した原因の1つに挙げられているのが、世界最大のニッケル生産会社である青山控股集団という中国企業の取引です。マーティン氏によると、青山控股集団は巨額の設備投資を行って生産能力を拡張し、2022年のニッケル生産量を2021年より40%増加する計画だったとのこと。しかし、ニッケルの消費量が増加しないまま生産量を増やせばニッケル価格の下落が引き起こされ、行った設備投資のコストを回収できなくなる可能性があります。

そこで青山控股集団はニッケル価格の下落による損失を抑えるため、将来的な値下がりによって利益を得られる「ショートポジション(空売り)」を取りました。ショートポジションとは、将来的な値下がりを見込める株や金融商品について、他から借りてきたという形式で売却し、将来のある時点で買い戻して返済するというもの。買い戻し時点で価格が値下がりしていれば差額分が利益となりますが、値上がりしていれば差額分が損失となります。

青山控股集団の場合、将来的なニッケル価格が上昇すれば生産量の増大による利益が見込める一方、ニッケル価格が値下がりしてもショートポジションによって損失を抑えることができるというわけです。メーカーが生産物の急激な値動きによる破産を防ぐためにショートポジションを組むのは一般的であり、マーティン氏は「青山控股集団がショートポジションを取ったことは間違いではありませんでした」と強調しています。ところが、今回LMEのニッケル市場で発生した暴騰は、青山控股集団にとっても想定外の規模だったとのこと。


ある商品の市場価格が急騰すると、その商品のショートポジションの保有者は「マージンコール(追加証拠金請求/追証)」と呼ばれる保証金か、ショートポジションの決済を求められます。250%という異常な急騰を見せたLMEのニッケル市場でもマージンコールが発生し、青山控股集団は突如として数十億ドル(数千億円)もの証拠金を支払うか、100億ドル(1兆円)単位のニッケルを受け渡してポジションを解消することを要求されてしまいました。

いくら青山控股集団が世界最大手のニッケル生産者とはいえ、数千億円もの現金は手元にありません。また、ニッケルは電気自動車のバッテリーやその他工業製品にとって重要な原料であり、青山控股集団の生産したニッケルもこれらのメーカーに販売する契約がすでに交わされているため、ニッケルを渡してポジションを解消することも不可能です。その結果、青山控股集団は破産の危機に陥ってしまいました。同様の状況に陥ったのは青山控股集団だけではなく、その他のニッケルメーカーやトレーダーも準備資金を超えるマージンコールに直面したとのこと。

青山控股集団をはじめとするニッケルメーカーが破産すれば、市場全体が大混乱に陥り、ニッケル価格の急騰は電気自動車やガスタービンなど数多くの分野にダメージを与え、結果として製品やサービスを購入する消費者にその負担がのしかかります。また、金融市場の関係者はこのシナリオによって短期的に利益を得られる可能性があるものの、市場そのものが大ダメージを受けるため、長期的にはデメリットがあるとマーティン氏は指摘。今回の急騰がもたらす結果は、ほとんどの関係者にとって悲劇だというわけです。

そこでLMEが取ったのが、「3月8日の約定をキャンセルし、青山控股集団が資金調達について交渉できるまで取引を停止し、取引再開後も価格の値幅制限を設ける」という対応です。一部の人々はLMEの決定について不満を表明しており、「関係者がある商品について『正当だ』と考えている価格が市場価格であり、取引所がそれに介入したり、値幅制限を設けて『正当でない価格』による取引を続けさせたりするのはおかしい」といった意見もあります。

しかしマーティン氏は、「市場は生産と消費を同期させるメカニズムである」という考えから、LMEの決定は理解できると主張しています。市場価格は投機目的や関係者のパニックなどが絡んだ場合、明らかに需要と供給からかけ離れた値動きをすることがあります。こうした状況下では取引を一時的に停止したり、取引の量を制限したりしつつ、需要と供給がマッチングする市場価格へ近づけていくことが必要だというのがマーティン氏の説明です。これに基づくと、3月8日の市場価格は明らかに需要と供給を反映したものではないため、取引所であるLMEが価格を適正なものに近づける役目を担ったというわけです。


今回の急騰はさまざまな産業にとって重要なニッケルという市場で発生しましたが、同様のことは他の市場でも発生する可能性があります。マーティン氏は、エネルギー資源や食品といった人々の生活と密接に関わる市場においても、価格があまりに流動的すぎるのは危険なため、場合によってはLMEのような措置が必要かもしれないと示唆しました。

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in メモ, Posted by log1h_ik

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